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2015年04月06日 21時51分 JST | 更新 2015年06月05日 18時12分 JST

"Play to learn" 楽しむ中で、学ぶ体験を子どもたちに提供したい - ニーハイメディア・ジャパン クリエイティブ・ディレクター ルーカスB.B.

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ルーカス・B.B.

1971年、米国生まれ。カルチャー誌「TOKION」の発行、クリエイティブディレクターとして「Metro min.」(スターツ出版)「Planted」(毎日新聞社)等の創刊プロデュースを経て、現在は「PAPERSKY」や親子向けフリーマガジン「mammoth」を発行中。雑誌に限らず、ファミリー向け野外フェスティバル「mammoth pow-wow」や日本各地を自転車で巡る「ツール・ド・ニッポン」などイベント企画やプロデュースなど様々なフィールドで活躍中。1996年から、ニーハイメディア・ジャパン代表。 http://www.khmj.com/

mammoth pow-wow (マンモスパウワウ)という、親子で参加できる野外フェスティバルがあります。毎年発売と同時にソールドアウトしてしまうこの人気イベントの主催者、トラベルライフスタイル誌「PAPERSKY」の編集長であり、発行しているニーハイメディア・ジャパンの代表取締役でもあるルーカスB.B.さんなんです。親子向けフリーマガジン「mammoth(マンモス)」の発行と、野外イベント「mammoth pow-wow」を主催するに至った経緯をうかがってきました。

OYAZINE(以下Oと略記):mammoth pow-wowという野外イベントがスタートした経緯をまずうかがわせてください。

ルーカスB.B. (以下ルーカスと略記):もともとはmammoth という雑誌の発行が先でした。2000年にスタートした雑誌です。当時「TOKION」という雑誌を発行していたのですが、当時の雑誌づくりに携わっていたクリエイターが、次々に親になるという世代に突入したんです。その時に、「自分たちの子どもが生きる、未来の世界への希望を表現したバイリンガルの雑誌を作ろう」という想いでスタートしたんです。

O:発行当時からフリーマガジンだったんですか?

ルーカス:2000年から、2009年までは有料で発行していました。書店販売や定期購読で読者を増やしていたんですが、ちょうど雑誌業界全体の売上が伸びない時代に突入してしまいました。その時に、これからはフリーマガジンとWEBコンテンツのほうが、多くの人に情報を届けられると感じて2010年からは現在のような、フリーマガジンとWEBサイトの運用をスタートしました。

O:フリーマガジンと雑誌は読者層も収益モデルも異なる媒体ですね。

ルーカス:当時、僕がメトロミニッツというフリーマガジンの創刊から発行までを手がけていたので、そこでのノウハウを活かしたいと思っていました。フリーマガジンの難点は、街中でそのまま捨てられてしまうというところなんです。せっかく作る雑誌をちょっと読んで捨てられてしまったら悲しいので、捨てずに長く使ってもらえるような仕組みづくりなどを工夫して、今に至っています。

O:捨てられないフリーマガジンというのは具体的にどういうことでしょうか?

ルーカス:まず、発行部数を限定しました。配布したら、すぐになくなる程度の部数を維持することでmammothの価値をわかっている人が長く読み続けてくれることを目指しました。それから、特製バインダーを作って長く保管できるようにフリーマガジンにパンチで穴を開けられる箇所を作ったり、広告は取り外してワークシートとして親子で使えるものにしたりもしています。

O:部数が多いことで広告モデルや広告販売につなげていこうということではなく、あくまで長く愛されて、親子で使えるフリーマガジンを目指したということですね。

ルーカス:結果的に、今でも、いつどこで配布されるのか、わざわざmammothのWEBサイトの配布リストを調べて取りに行っている読者の方が多く、配布しても、すぐに無くなってしまう状況です。行き過ぎたコンスーマーリズム(商業主義)に飲み込まれるようなフリーマガジンにはしたくないという想いがあります。日本の大企業でもそうですが、何か伝えたいことがあって、初めて事業が成立するのであって、利益を追求するために事業をするような広告の入れ方はしたくないんです。

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▲現在はフリーマガジンの「mammoth」。

O:なるほど。そのフリーマガジンと、野外フェスティバルmammoth pow-wowはどちらが先にスタートしたのでしょうか。

ルーカス:フリーマガジンを発行することにしたタイミングで、イベントも開催しようと考えたので、同時です。雑誌と、WEBと、イベントをあわせて、mammoth schoolというコンセプトを掲げました。本当はどこかに学校を持つことができたら最高ですが、まずはできることからということで、mammoth pow-wowという親子のための野外フェスティバルを企画しました。学校が作れたらいいよね、という想いからスタートしたので、mammoth pow-wowではたくさんのワークショップが体験できるブースを出すことにして、そこに企業がスポンサーとなるような仕組みを考えました。

O:イベントの良さは、やはり体験することですよね。

ルーカス:mammothというフリーマガジンに挟み込まれているワークシートの内容は、やはり実際に体験して肌で感じることでより深まるものばかりです。なので、mammothに入っているワークシートと関連したワークショップが体験できるようにとイベントブースも考えて展開しています。ただ、mammoth pow-wowは1500人しか参加できないので、野外フェスティバルとは別のイベントも開催したり、WEBサイトからワークシートを無料ダウンロードできるようにしたり、映像でワークシートの実践を見ることができるコンテンツなども展開しています。

O:利益を追い求めるような事業ではないと思うのですが、すでに5年以上継続しているそのパッションはどこから来るのでしょうか?

ルーカス:mammoth のキーワードが"play to learn"なんですが、せっかく生きているなら、みんな楽しく生きようよ、ということを子どもたちにも伝えたいです。歴史を覚えたり、テストの点数を競ったりする学びも大切だけど、やっぱり遊んでいる時に学んだことが、一番勉強になると思う。たとえば恐竜が好きだという子は、自分で恐竜について調べます。遊んでいる感覚で勉強になっている、という状況を子どもたちに感じてもらえたらというのが、継続してきている理由です。

O:ルーカスさんが"体験や経験が大事だ"と思う理由はありますか?

ルーカス:僕自身、やってみないとわからないタイプなんです。行動を起こす前にある程度のことがわかるという人もいると思いますが、やはり行動なしでは完全に知ることはできない。天才というのは、学問的な知識と、肌で体験したことをミックスさせて、さらに自分の心もコントロールできる人のことだと僕は思っていて、その全てがバランスよくできる人はなかなかいない。ただ、できるだけその手伝いができればという気持ちから、mammoth pow-wowで体験を大事にしているところがあります。それから、子どもだけじゃなく、親のためにも役に立てたらという気持ちがあります。例えば、お父さんが釣りが好きだったら、子どもに釣りを教えることができるかもしれませんが、教えられる子どもが釣りが好きかどうかはまた別の話です。いろいろな体験のきっかけになるような場所を提供したいというのがmammoth pow-wowのコンセプトになっていて、それは雑誌づくりから続いているものだと感じています。

O:ルーカスさん自身も体験から学ぶ子どもでしたか?

ルーカス:そうですね。僕の母親は20歳の時に僕を生んで、それからまた大学に通ったり、社会に出たりしたんです。なので、おばあちゃんと過ごす時間が多くて、買い物はいつもおばあちゃんと一緒だったし、おばあちゃんと2人でキャンプに行ったりもしていました。それから、おばあちゃんが印刷所を経営していたんだけど、そこで感じたインクの匂いはなにか惹かれるものがあって、今でもインクの匂いや、紙の匂いを好きだと感じるのは、おばあちゃんの印刷所での体験がもとになっているんじゃないかな。小学校に入ったら、雑誌を作るようになって、友達に記事を依頼したりするようになって、そのうちに雑誌づくりが大好きになってました。

O:小学生の時から雑誌を作っていたんですね。

ルーカス:僕はすごい寂しがり屋だから、いろんな人がかかわって一つのものができるというのはすごく面白いなと思っていました。中学にあがると、新聞を作るようになったんだけど、カリフォルニア州の中でも表彰されるような新聞を作っていて、その時には「大人になってもこんな仕事がしたい!」と思うようになっていました。編集という仕事に携わるまでの過程はいろいろだと思うけど、そんなふうに僕はとにかく小さい時から自分の手を動かして、現地に行って、実際に見て作る中で、いつのまにか自分の編集スタイルができたので、体験、経験、プロセスが大事だと思うのかもしれないです。

O:おばあちゃんの印刷所で感じたインクの匂い、まさに原体験と呼べるようなエピソードだなと思いました。

ルーカス:そうですね。幼いころはまさか、雑誌を作りたいと思ったりしたことはなかったけど、今質問をもらってふと考えてみると、そういう記憶はありますね。それでまた、面白いのが、大学時代までは雑誌を作っていたのに、大学を卒業して日本に旅をしに来た時は、なぜかわからないけど、雑誌を作ろうという気持ちがなかったんです。不思議なことに、自分が雑誌づくりが好きだということもすっかり忘れていました。1年くらい日本に滞在していて、ある時、大学時代からの日本人の友人から「ルーカスはなんで雑誌を作らないの?」と聞かれて、「あぁ、そうだ、僕は雑誌を作るのが好きだった!」と(笑)。それから日本のことを海外の視点で紹介していこうというコンセプトで、「TOKION」という雑誌をつくる自分のキャリアがスタートしたんです。

O:まさに子供の頃の体験の延長線上に今のキャリア、しごとがあるということをルーカスさんが体現してますね。今後はmammothとmammoth pow-wowを含む、mammoth Schoolをどのようにしたいという希望や展望がありますか?

ルーカス:現状をキープすることは、どんなことでも大変だと思うし、mammoth Schoolでやっていることは間違っていないと感じられるので、まず仕組みについては、時代に合わせながら、今やっているフリーマガジン、イベント、WEBの展開をキープしていきたいです。そして、その上で、ちゃんと意味があることを、子どもたちに伝え続けたいです。

O:意味があるというのは、例えばどういうことですか?

ルーカス:たとえば、流行の服を特集するようなプラクティカルなテーマではなくて、未来のこと、宇宙のこと、家のあり方など、コンセプチュアルなことを考えるきっかけを提供する存在でいたいと思っています。商売が下手というところもあると思いますが、利益追求に陥らずに、地球に存在する1人の人間として、少しでも地球の役に立てるようなことを発信していけたらと考えています。

O:ルーカスさんの想いが詰まったmammoth とmammoth pow-wow、多くの親子に広がるといいなと思っています。mammoth pow-wowのチケットは売り切れてしまったんですよね。

ルーカス:2015年5月開催のものはソールドアウトしてしまいました。ただ、mammoth pow-wow以外にもいろんな企画をしているので、ぜひWEBサイトをチェックして下さい。

O:わかりました。今日は貴重なお時間をありがとうございました。

ルーカス:ありがとうございました。

(この記事は、2015年3月都内某所でのインタビューをもとに構成しています。)