伝えるだけでは社会は変わらない―奥田浩美

ICTによる真の地域活性化のため、「モノ」であるICTを使いこなす「ヒト」への投資を提言する「ネットと地域活性化を考える会」。連載第4弾は、株式会社ウィズグループ代表取締役の奥田浩美さんが、ネットメディアを活用しながら各地のプロジェクトを推進している視点から寄稿しています。

ICTによる真の地域活性化のため、「モノ」であるICTを使いこなす「ヒト」への投資を提言する「ネットと地域活性化を考える会」。連載第4弾は、株式会社ウィズグループ代表取締役の奥田浩美さんが、ネットメディアを活用しながら各地のプロジェクトを推進している視点から寄稿しています。

IT業界での2度の起業を経て、いま私は3度目の起業として地方活性化に取り組んでいます。その取り組みの軸となるのが、2012年の秋に始めたウェブメディア「finder」(http://fin.der.jp/)。高齢化、過疎化、産業衰退による構造的な不景気――。しかし、そんな地方の厳しい中にあっても、ユニークなアイデアで今後のポテンシャルを感じさせるプロジェクトの卵が各地に点在しています。「finder」は、そうした各地の取り組みとその担い手を、ビジュアルを主体に発信しています。撮影の担当者は報道機関のカメラマン経験者もいて、人々の生き生きとした表情や実においしそうな食材を、プロの高い技術で表現しています。

■発信だけでなく自らもプレイヤーになるメディア

一方で、リアルの地域おこしにつなげるため具体的にプロジェクトを推進することが私たちの特徴です。発信にとどまるのではなく、私たち自身もプレイヤーとして継続的に関わっています。というのもメディアで発信するのは「瞬間」のことであり、「表層」にしか過ぎません。たとえば「都会帰りの若者がECサイトで特産物を売って、過疎が深刻なふるさとの村に光を与えている」といった取り組みがあったとしましょう。テレビや新聞などマスコミの取材が入ると、消費者への強烈なリーチ力で、ぐっと注目を集め売り上げも急増するかもしれません。しかし本当に地域に根付いて、足腰の強いプロジェクトになれるかは別問題です。マスコミ報道後に気運がしぼむこともありがちです。

発信者に徹しているだけではインサイダーの実態は分かりません。そこで私たちはプロセスを伝えていくことも重要だと思っています。どんなに成功した事例でも、小さな失敗を積み重ねた上で成り立っているもの。素晴らしいと思う事例はもちろんのことですが、どういう苦労や失敗をしているのかについても横に展開していくことで他の地域にも応用できるからです。

■人の役割~現場目線に立つ

限界集落率が4割という徳島県美波町に、株式会社たからのやまを2013年7月に創業しました。ICTの地方振興で失敗するのが現場の実情にカスタマイズしきれていないことです。弊社が関わったプロジェクトでお年寄りにタブレットを使ってもらう講習会がありました。

パソコンよりも便利なはずのタブレットが当初はなかなか普及しません。その理由を探ってみると、お年寄りがタブレットを入手する際に「4ケタの端末用暗証番号を作ってください」「メール設定用のパスワードを作ってください」などと言われたことにハードルを感じていたようでした。ITツールの未経験者には、IDやパスワードの概念すらありません。限界集落には教えてくれる若い人もいません。おばあちゃんが「タブレットは高齢者に優しいっていわれて買わされたけど使えないの」とため息をついたことに集約されます。お年寄り向けの講座を始め、基礎から丁寧に教えることで変わっていきました。この事例から言えるのは、現場目線に立ち、汲み取る「人」の存在が欠かせないことです。

■ハッカソンで人材をつなげる

ICTによる地域活性化を軌道に乗せるには、スキルやバックボーンの違う人たちをうまくつなげられるかがカギだと思います。たとえば行政が持つデータのオープン化には、自治体職員が持つ情報と、エンジニアの知識を掛け合わせることが必要です。行政側には、浸水予想や地滑りの危険個所といった防災情報、農業センサス、観光資源に関する県内のデータなどコンテンツは豊富にありますが、オープンデータ化されていない。しかしエンジニアとつながりがあれば、行政側に提案することで住民に有益なデータがどんどん可視化されていく可能性があるわけです。

ところが、地方では、東京のように会社や業種を超えた交流の機会が少ないので横のつながりがなかなかできない。徳島県のエンジニア育成事業に携わった当初、印象的だったのは「10年間でたった5

としか名刺交換しませんでした」と語る人がいるように、エンジニア同士での人脈すら無い人が多いことに気付きました。自治体職員のほうもエンジニア側と接点を持っていることが少ないのです。

私たちは、エンジニアが技術を競い合うイベントである「ハッカソン」を徳島で企画し、日本最大のイベント「マッシュアップアワード」を誘致しました。県のオープンデータ担当者や産業支援担当、地元の位置情報を扱う企業やエンジニアコミュニティを巻き込み、横のつながりを増やすのが狙いです。

■「人が人を呼ぶ」

人と人をつなげるには、やはりハブとなる人材が必要です。ICTコーディネーターと言われる人材はまさにそれにあたります。先端的で面白い人を見付ける嗅覚に優れていること。ただ、地方でイノベーションを起こすことは生易しいことではありません。東京のIT業界での成功よりも難しくて複雑な課題に向き合うような気もします。地域に溶け込みつつ、東京などの外部から人や知恵を集められるかどうか。地域を経営視点でみることができ、自分で行動を起こしていけることが出来ねばなりません。

面白いもので情熱をもっていると呼応する方が集まってくるもの。「人が人を呼ぶ」という言葉を、私はいつも思い浮かべています。

注目記事