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2018年02月09日 15時34分 JST | 更新 2018年02月09日 15時34分 JST

私もテレビを観て笑いたい

テレビから若者を追放しないで欲しい。

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私はたぶん同性愛者だ。

そして、同性愛者を馬鹿にしたり気持ち悪いモノと見なしたりする言動をする人が大っ嫌いだ。

同性愛者かもしれないという自分の存在をとても馬鹿にして侮辱しているように感じるからだ。

可愛らしい顔をした男性俳優に対して、顔の横に手を添えながら「そっち系なの?」と言って笑ったり、スイーツが好きな男性や化粧をしない女性に対して「本当はこっち系ってカミングアウトしちゃえよ-!」と言って笑ったりする。

そんなホモネタに出会って自分が傷つく可能性に怯えて、気軽にテレビを観ることが出来なくなってどれくらいの日が経っただろうか。

気づいたら、私はテレビ番組を観る度に「この番組では私が傷つくような、誰かを差別して侮辱するような表現がありませんように」と願うようになっていた。

そして願うことに気疲れして、気軽にテレビを観ることが出来なくなっていた。

私は、テレビが観たい。

気楽に観ることが出来て、たくさん笑えるバラエティ番組が欲しい。

異性愛以外も結婚しない恋愛しない生き方も受容して、観終わった後に幸せになれるようなテレビドラマが欲しい。

要するに私は、安心してテレビを観たい。

テレビを見て、無邪気に笑っていたまだ幼かったあの頃に戻りたい。

あの頃の私は、テレビが教えてくれた通りに、オネエとかホモとか「キモい人」が登場したらすぐに笑った。

デブ、とか、ブス、とか、チビ、とか、とにかく馬鹿にして笑った。

結婚しない人は変な人だし、子どもを持たない人も変な人。

周りとは違う「変な人」はみんな笑った。

だって、それは笑うべきものだってテレビと、そして一緒にテレビを観る人たちが教えてくれたから。

でも、もう私は戻れない。

何も考えずに、「テレビでみんなが笑うから」笑っていた幼いあの頃には、もう絶対に戻れない。

私は大人になる中で、私が無邪気に笑うことで傷つく人をたくさん知ってしまった。

そして、私自身も自分がマイノリティの立場であることに気づいてしまった。

だからもう、あの頃のようになんて決して笑えない。

「周りとは違う人」をみんな「変な人!」と笑うだけの文化に私はもう迎合できない。

デブで何が悪い。

ブスで何が悪い。

チビで何が悪い。

結婚しなくて何が悪い。

子供がいなくて何が悪い。

女々しい男で何が悪い。

ガサツな女で何が悪い。

ゲイで何が悪い。

トランスジェンダーで何が悪い。

私たちは何も悪いことなんてしていない。

だから、私たちは一概に馬鹿にして笑われる筋合いなんてないし、そのことに抗議する理由がある。

私だってテレビが観たい。

疲れて帰ってきた時に、気軽に観て笑えて元気になれる、そんなテレビ番組が観たい。

どんなに動画サイトやインターネット番組に慣れても、やっぱり大画面で家族や友人たちと集まって観るのは、テレビだ。

それに私たち若者だって、テレビで育った世代だ。

テレビで流行った言葉や歌は今でも、周りの人たちとの共通の話題となり、良い会話のきっかけとなってくれている。

若者のテレビ離れ、とよく言われている。

でも若者はテレビから離れているのだろうか?

若者がテレビよりも動画サイトやインターネット番組を視聴するようになったのは、テレビから離れたいからなのだろうか?

私は違うと思う。

動画サイトやインターネット番組なら、自分たちの価値観を否定されないものを自分で探して選ぶことができるからだ。

個性的なファッションも、個性的な恋愛観も、個性的な価値観も、個性的な生き様だって、テレビだったら一概に「変な人!」と馬鹿にされるものでも、受け入れてくれる環境がインターネットならある。

デブでも、チビでも、ブスでも、オシャレしてメイクして生き生きと楽しく生きて馬鹿にされない環境がそこにはある。

結婚しない大人も子供がいない大人も、彼らが責められない環境がそこにはある。

女々しい男だって、ガサツな女だって、「男だから~」「女だから~」と言われずに、それぞれの個性として受け止めてくれる環境がそこにはある。

ゲイが「オネエキャラ」を無理に演じる必要なく恋愛を赤裸々に語れる環境も、トランスジェンダーが以前の性別での名前を呼ばれて嫌がる必要がない環境も、そこにはある。

要するに、若者はテレビから離れたのではなく、テレビから追放されてしまったんだ。

色んな意見が世の中にあると思うし、私1人の意見が日本の若者の総意だなんて消して思わない。

でも、20歳のいま私はこう思う。

多様性を個性として受け止める若い世代は、他者と違うことに対する拒絶感が低くなっているのではないか、と私は感じている。

だからこそ、若者が作り出す多様性を気にしない(拒絶しない)空気感があるのにも関わらず、テレビには受け入れてもらえない今が、とてもテレビから追放されているように感じている。

そして、私はこうも思う。

テレビから若者を追放しないで欲しい。

私はもう一度テレビを観て心から笑いたい。