孤独は肥満より健康に悪い(大西睦子)

孤独が高齢者の健康を脅かす主要なリスクであることを明らかにする研究が多く報告され、メディアを通じて多くの反響を呼んでいます。
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米国では最近、次なる公衆衛生上の課題として、「孤独」や「社会的孤立」が重要視されてきています。孤独が高齢者の健康を脅かす主要なリスクであることを明らかにする研究が多く報告され、メディアを通じて多くの反響を呼んでいます。米ブリガム・ヤング大学のホルト・ランスタッド教授たちはこのほど、そうした研究を網羅的に解析し、「孤独感」「社会的孤立」「一人暮らし」が高齢者の死亡リスクを高める可能性を明らかにしました。

■「おひとり様」は幸せでも有害

肥満やがんなどの健康問題へのリスク要因として、これまでは喫煙や食事、運動などのライフスタイル、あるいは大気汚染などの環境因子が注目され、感情や心理学要素の影響はそれほど議論されてきませんでした。ところが近年、米国では孤独と高齢者の死亡率の関係が関心を集めています。

2015年3月15日の「Perspectives on Psychological Science(心理科学誌)」は、「孤独」に関する特集を組みました。中でも米国ユタ州のブリガム・ヤング大学(Brigham Young University)のジュリアン・ホルト・ランスタッド教授たちは、「死」や「生存」といった言葉と「社会的孤立」「孤独」「一人暮らし」といった言葉の両者を含む研究を検索し、両者の関係を明らかにしました。

Julianne Holt-Lunstad, Timothy B. Smith, Mark Baker, Tyler Harris, David Stephenson

Perspectives on Psychological Science, March 2015 vol. 10 no. 2 227-237

doi: 10.1177/1745691614568352

ランスタッド博士たちは電子媒体を対象に、1980年1月から2014年2月までに行われた研究の中から、上記に該当する1384報を抽出。さらに内容を吟味し、信頼性が高く事故や自殺による死亡を含まない70報を選出しました。研究の対象となった人は合計で340万7134人に上り、平均年齢は66歳、経過観察期間は平均で約7年間でした。63%は健常者を対象とした研究でしたが、37%は心臓病などの基礎疾患を抱えた患者も対象としていました。

分析の結果、人々との繋がりが欠如した「社会的孤立」によって29%、「孤独感」により26%、「一人暮らし」では32%、それぞれ死亡リスクが高まることが示されました。教授たちは興味深い点として、社会的孤立状態はその主観に関わらず、孤独感と同じく有害であることを挙げています。つまり、「一人でいても幸せを感じている」と回答した人でも、「多くの社会的繋がり持っているけれど孤独」という人と同様に死亡リスクが高かったのです。性別や経過観察の期間、地域の差による違いは見られませんでした。一方、調査開始時の健康状態は結果に関与していました。

なお今回は、65歳未満の場合に社会的孤立や孤独が早期死亡のリスクになるとの結果も出ました。これは従来の「高齢者では社会的な隔離が早死のリスクになる」という見解(後述します)に反するものですが、そもそも今回の解析に用いた研究のほとんど高齢者が対象(平均年齢が59歳以下の研究は24%、50歳未満を含む研究は9%以下)だったため、今後さらに若い成人を対象とした調査が必要とされます。

ランスタッド博士はタイムズ紙に対して、「社会的孤立状態にある人に『たくさんの人と関わりなさい』と促せば『孤立』は解決できるだろうが『孤独』は解決できない」と指摘しています。仕事上の付き合いや、単に多くの人数との接触を増やすだけでなく、家族や趣味仲間、地域コミュニティなど意味のある密接な人間関係を築き、社会と様々な関わりを持つことが鍵だと言います。

■孤独が死期を早める

今回の報告に先立つこと約1年、「孤独が高齢者の健康を脅かす主要なリスクである」と指摘し、米国で今も続く反響を呼んだのが、シカゴ大学の心理学者ジョン・カシオポ博士たちが2014年2月に行ったアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science:AAAS)の学会での報告です。

カシオポ博士は、極度の孤独は高齢者の早期死亡を14%増加させる可能性があり、恵まれない社会経済状況が19%増加させるのと同じく、強い影響があるとしています。また、2010年のメタ分析では、孤独による早死は肥満の2倍の影響を与えるという結果が出たということです。

孤独感は空腹や痛みと同じように、人間や動物にとっての警告信号だと言います。孤立状態は生存や生殖に影響する可能性があり、孤独感は社会との繋がりを再構築する強い動機付けになると言うのです。他の人々から隔離されているという感覚は、睡眠不足や血圧上昇を招き、ストレスホルモンであるコルチゾールの上昇が午前中に見られたり、免疫細胞の遺伝子発現を変化させたりして、幸福感を自覚しにくい状態を引き起こすとしています。

カシオポ博士は、社会的孤立や孤独感を「公衆衛生上の次なる課題」と警告し、人生において孤独を乗り越えるための3つの「繋がり」を挙げています。

  • 自分を思ってくれる人との繋がり

  • お互いに対面して同感できる人との繋がり

  • グループや集団との繋がり

高齢者は、以前の同僚と連絡を取り合ったり家族や友人と楽しい時間を過ごしたりすることで、孤独を回避し、自分が気にかけている人や自分を気にかけてくれる人とつながる機会を増やすよう薦めます。一方、退職後に暖かい地域に移住することに憧れを抱く人もいますが、自分のことを一番よく知る人と離れることになり、必ずしもよくないとしています。

■日本でも都市部で深刻

日本でも、団塊世代が高齢期に入ったこともあり、一人暮らしの高齢者は男女ともにますます増加していくと見込まれています。厚労省によれば、65歳以上の高齢者のうち一人暮らしをしている割合は2010年には男性11.0%、女性20.1%に達しています。75歳以上でも、それぞれ10.7%、22.9%を超えています。一人暮らし高齢者数の増加は、高齢者人口の増加率を上回っているのです。

また2008年の報告書では、自ら社会的支援を望まない孤立した中高年の孤独死の増加が指摘されています。戦後、核家族型に家族構成が大きく変化し、そこに平均寿命の伸びが加わって一人暮らしの高齢者が増加しました。特に借家やマンション住まいの割合が高い大都市部では、近隣意識が薄い中、高齢者は社会的にも身体的にも活動性が低く、地域や社会から孤立している人々が増えています。そうした単身高齢者の中には、病気や障害、認知症などで支援が必要と思われる状態であっても、地域との繋がりを断ち、ケアを拒否している人もいるというのです。

同報告書では、「孤立」のきっかけとして、大切な人との離別や定年退職、リストラ、病気、引っ越し等による心身のストレスがもたらす「寂しさ」を挙げています。それが解消されないままにいると、うつの原因になり、さらには認知症の引き金や症状悪化の要因となると言うのです。また、「寂しさ」が脳卒中による死亡リスクを高めるという研究結果にも言及しています。

■ネットより現実の繋がりを

社会科学者たちは、テクノロジーと最近の住宅環境が孤独のリスクを高めていると指摘します。一人暮らしをしている米国人の多くは、Eメールやソーシャルメディア(ユーザー間の情報交換を主要価値とするインターネットサービス)で人々とコミュニケーションをとっています。

ヒューストン大学の研究者らは、「Journal of Social and Clinical Psycholo誌」に、Facebookを長時間利用している人は、他人と自分を比較した結果、自分に対する主観的評価が下がり、抑うつを感じていることを報告しました。Facebookでは、友達の活躍や楽しそうな写真を見て、嫉妬を覚えたり自信を失ったりして、自尊心が傷つき、抑うつ状態に陥るリスクがあると言うのです。

多少なりともそんな覚えがある人もいるのではないでしょうか。Facebookの情報は、都合のよい部分だけ切り取って載せてあったり、しばしば誇張されたりしていますので、それだけを元に他人と自分と比較することはやめましょう。

やはり楽しく長生きする秘訣は、日々の悲しみも喜びも共有できる家族や仲間を持つことのようです。心が通じ合う仲間をもつためには、相手を信頼して、心を開くことも大切だと思います。できればソーシャルメディアではなく、直接会って時間と空間を共にしながら本音で付き合う中で、実体と実感を伴う安定した関係を築きたいですね。

大西睦子 内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。

(2015年4月23日「ロバスト・ヘルス」より転載)

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