映画『終戦のエンペラー』―ハリウッド的ラブストーリーながらも終戦直後の日本の再現力は圧巻!

歴史好きの人であれば、これだけ忠実に再現された終戦後の日本、そしてマッカーサーと昭和天皇の歴史的な会見(この記事の冒頭の写真)が見られるチャンス逃すわけにいきません!当時の日本を完全に再現しようとするこだわりが随所に見られるという点で、この映画は見る価値が十分にあるでしょう。

アメリカ大使館での昭和天皇(ウィキメディア・コモンズより)

この映画と私の出会いは、週刊ベイスポ(米国ベイエリアの日本人向け雑誌)の一面広告でした。

旅行、おみやげ・・・など通常の広告に混じって、突如、巨大なマッカーサーの写真!いったい日本人読者はこれを見てどう感じるのだろうか、と驚くとともに、私はその映画のことがとても気になりだしました。その後ボストン日本協会会長のピーター・グリルの熱心な映画評を読み、日本に関わる者としてこの映画を見ないわけにはいかない!と思ったのです。

『終戦のエンペラー』(7月27日日本公開)は、第二次世界大戦敗戦直後の日本が舞台となるハリウッド映画です。GHQ最高司令官のマッカーサーは、昭和天皇を戦争犯罪人として処分するべきか否かについて決めかね、彼の部下、ボナー・フェラーズ准将にある調査を極秘で依頼します。それは、戦争中の政府の重要人物を調べ、真の戦争責任者は誰かを突きとめるという特命だった・・・というストーリーです。

敗戦後の日本を描くということで、ハリウッドにとっては挑戦作だったと言えますが、残念だったのは、脚本家が映画をフェラーズ准将と日本人の恋人アヤの「ハリウッド風ロマンス仕立て」にしてしまったことです。確かに、フェラーズ准将がアメリカの大学に在学中、日本人留学生の女性と「special friendship」にあったことは事実のようですが、当時彼は既に結婚しており、40代後半でした。ニューヨークタイムズ紙もこのロマンスについては 「映画でありがちな西洋人と東洋人のロマンスの伝統通り、フェラーズ准将とアヤはお互いあまり話すことはない。叶わぬ恋の痛みを噛みしめ、涙と絶望的な抱擁----これらは登場人物の展開や相関関係を作る上で十分ではない」とあまり良い顔をしていません。

アヤを演じる初音映莉子が、当時の髪型や服装で好演していたことを除けば、この「special friendship」は、はたして映画の軸にするほどのものだったのだろうか?と私は思いました。このロマンスのおかげで、アヤの叔父である重要人物の鹿島大将が映画にスムーズに登場することができたのも事実なのですが・・・。

もうひとつ難癖を付けたくなってしまうのは、フェラーズ准将が「日本のエキスパート」として描かれているところです。実際のフェラーズ准将は、日本について専門的知識があったわけではありませんでしたし、実は映画の中でも「エキスパートにしては」彼の行動にはおかしなところがいくつかありました。

例えば、お茶屋さんに靴を履いたまま入ったり、短歌が日本の重要な文化だったことを理解していなかったり、親衛隊に失礼なことを言うのが効果的だと思っていたり・・・。

日本人の彼女がいて、「ドウゾヨロシク」と言えるだけでは日本のエキスパートとは言えません!(ちょっと感情的になってしまいましたが、「日本のエキスパート」を目指す私にとって重要なポイントなのでしっかり指摘しておきたかったのです 。)

私にとってこの映画のなかで一番面白かったのは、昭和天皇を題材としたストーリーが斬新だったことと、フェラーズ准将以外のキャラクターが生き生きと描かれていたことです。トミー・リー・ジョーンズの演技は、まるでマッカーサーが生き返ったかのようで、私が以前本で読んだマッカーサーについての事実とも完全にマッチしていました。歌舞伎役者の片岡孝太郎演じる昭和天皇も素晴らしかった(映画『ラストサムライ』の、歌舞伎役者中村七之助が演じる明治天皇が思い出されました)。フェラーズ准将の日本人通訳者の高橋も、興味深い役柄でした。彼は、ただ言われた言葉を訳すのではなく、日本の文化に合うように通訳することによってトラブルを回避しました。

また、当時の日本の雰囲気や外観がとてもリアルに再現されていたことに感動しました(私はまだ生まれていなかったので、終戦直後をリアルタイムで経験したわけではありませんが)。マッカーサーが乗った日本行きの銀色の飛行機から、フェラーズ准将が天皇の関係者に会った部屋の金色の天井など、細かいところまでビジュアルには徹底したこだわりが見られました。特に空襲後の東京の様子は、私が写真や本で見たものにそっくりで、映画という映像で再現されるとかなりインパクトがありました。また、日本人の官僚達を演じた俳優の演技は、振る舞い、話し方、そして服装まで信ぴょう性があると感じました。

歴史好きの人であれば、これだけ忠実に再現された終戦後の日本、そしてマッカーサーと昭和天皇の歴史的な会見(この記事の冒頭の写真)が見られるチャンス逃すわけにいきません!当時の日本を完全に再現しようとするこだわりが随所に見られるという点で、この映画は見る価値が十分にあるでしょう。

しかし残念ながら、私のようにこの映画の退屈なロマンスを見過ごしながら良い部分を楽しめたアメリカ人は少なかったようです。映画レビューサイトでの評価は大方低く、アメリカ国内ではほとんど話題になりませんでした。

『終戦のエンペラー』は7月27日から日本で公開されます。日本の皆様はこれをご覧になって、どのように感じられるでしょうか?映画の感想等を是非教えてください。

そして最後にもうひとつ。

丹念に作り上げられた終戦直後の日本の映像を見ているうちに、当時の日本に実在したあまり知られていない、しかしとても重要なある人物を思い出したのです。それは、ベアテ・シロタ・ゴードンという、戦後日本の憲法草案のアメリカチームに唯一女性として参画し、最近亡くなった女性です。彼女は、父が日本で教師をしていたことから日本で育った、本物の「日本のエキスパート」でした。彼女については、『The Only Woman in the Room』(日本語版は『1945年のクリスマス』)という本に詳しく書かれています。とても面白いので、是非一読をお勧めします。

どのようにして日本の憲法が出来上がったのか、そして男女平等の権利を憲法に盛り込むために彼女がどのように日本の官僚を説得したのか、というのは一読に値する素晴らしい話だと思います。また、フェラーズ准将が行方不明のアヤを探したというフィクションとは違って、ベアテ・シロタ・ゴードンには、日本で生き別れた両親を探したという実話が残っています。彼女は美しい女性だったので(個人的には、レイチェル・ワイズかマリー・コティヤールが彼女の役にピッタリだと思います)、まさにハリウッド映画にぴったりです。極めつけは、彼女は占領軍の通訳者で憲法作成の交渉で活躍したジョセフ・ゴードンと恋に落ちて結婚した、ということ。どうでしょう。ハリウッドが好きそうなロマンスとドラマチックな要素が詰まっていませんか?

せっかく素晴らしい実話があるのに、なぜハリウッドはフィクションをつくりたがるのか、たまに私は不思議に思います。個人的には、『終戦のエンペラー』の素晴らしいプロダクションチームが手がけたベアテ・シロタ・ゴードンについての映画を是非見てみたいのですが・・・。

ハリウッド関係者の皆様、いかがでしょうか?

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