日本人のワーカホリズムがもたらす大きな弊害

日本人社員が長時間働くことは周知の事実である。これは日本のビジネスをほんの少しでも知っている人なら、誰もが疑わない事実である。
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日本人社員が長時間働くことは周知の事実である。これは日本のビジネスをほんの少しでも知っている人なら、誰もが疑わない事実である。日本労働組合総連合会(連合)が実施した最近の調査によると、1ヶ月の残業は平均35.2時間で、労働者の39.1%が残業をしてその報酬を受け取っている。また、男性正社員は1ヶ月平均40時間の残業を行い、残業はしないはずのパートタイムと非正規社員も男性の場合1ヶ月平均32時間、女性は20.9時間の残業を行っている。調査回答者のうち38%が、残業を強制されたと答えており、約三分の一が残業は自分の仕事において不可欠であるとしている。総務省の統計によると、20代後半から40代前半の労働人口の約20%が1週間に60時間以上働いている。公式に認定された過労死(働きすぎにより死亡すること)に関する報告書によると、残業が1ヶ月に80~100時間に達している例もある。もちろん、これは極端な例であるが、有名な大企業でも長時間勤務が当たり前とされている環境を垣間見ることができる。ある世論調査によると、東京で働く会社員の5人に1人(男性の場合は4人に1人)が自分も過労死になるのではないかと心配している

社員に長時間働いてもらうということは、短期的に見れば企業にとって得だと思えるかも知れないが、長期的に考えると損だ。なぜならば、社員の創造性、変化への対応能力、エンゲージメントとモチベーションなど、企業にとって欠かせない要素が過労によって低下してしまうからだ(私の著書『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』を参照)。さらに、社員の身体的および精神的健康だけではなく、私生活や国家全体にも数多くの計り知れないネガティブな影響をもたらす 。

日本文化は我慢を賞賛する伝統があり、過酷なスケジュールでも文句を言わずに働くことが美徳であるとされている。しかし日本人と日本企業は、長時間勤務という慣習について考え直す必要があるのではないか。

長時間勤務の一番顕著な影響はバーンアウト(燃え尽き症候群)である。1ヶ月に休日が7日しかなく、連続して取れる有給休暇は年間で3日しか行使していないある日本人のフルタイム社員が、次のように語っている。「休みを取らずにこれだけ一生懸命に働くことで、ストレスがたまり仕事への志気が低下する。もっと悪いことに、体調が悪くなり、仕事を処理する能力が低下する。それがさらにストレスにつながる。まさに悪循環そのものである。」これは過労に加えて長期にわたる精神的な疲労、仕事の達成感の欠如、仕事への関与の低下、慢性の身体的疲労といった、ストレスによる典型的なバーンアウトの症状である。日本社員の多くが、このバーンアウトの状態にあり、それに付随する問題に苦しんでいる。バーンアウトは、常習欠勤、離職者率、モラルの低下などに大きく関与し、アルコール消費の増加やその他の社会秩序を乱す行為に相関性があると考えられている。さらにバーンアウトによって硬直性が増加し、それがあきらめの態度につながり、精神的能力とプロフェッショナルなパフォーマンスが低下し、結果としてネガティブな自己イメージが形成される。それだけではなく、バーンアウトの状態にある人々は、創造性に欠け、体制順応的で、依存的で、用心深く、自分自身を疑い、社会的プレッシャーや権力に弱い傾向がある、と研究家たちに指摘されている。これらすべての要因が、組織が革新的となる能力を低下させている。

健康への長時間勤務の悪影響は明確である。長時間勤務を続けることで、健康の回復のための充分な休養が不足し、結果として身体的負担が大きくなるからである。さらに長時間勤務により運動と気晴らしが減少し、また栄養のバランスの取れた食事を定期的にとることも妨害される。学術研究の統計でも、長時間勤務がうつ病や不安神経症、睡眠障害(特に睡眠不足)、冠状動脈性心臓病などの原因となっていることが証明されている。これは日本の社会的問題として確実に増加の一途をたどっている。厚生労働省に認定された労働者災害補償についてまとめたデータによると、仕事に起因する循環器疾患、脳血管疾患、および精神障害は過去10年間に約3倍となっている。仕事に関連する精神的ストレスの指標も増加の傾向にある。尚、OECDの他の国々と比較して、日本人の平日の睡眠時間は、平均7時間14分と最も短い

起きている時間の大部分を職場で過ごすことは、社員の生活の様々な側面に大きな影響を与える。多大な時間とエネルギーを仕事に費やすことで、家族や友人と過ごす時間やコミュニティーに参加する時間が限られてくる。家にいる時間がほとんどない状況で家族との絆を築き深めることは難しい。若者の暴力という社会現象に、父親不在との相関性が指摘されている。(実際ドイツで実施された調査によると、週に55時間以上働いている父親を持つ5歳から10歳の少年は、それより少ない勤務時間の父親を持つ少年より、攻撃的な態度を示すことが明らかとなっている。)さらに、長時間勤務は日本人妻たちの結婚に対する満足度にも悪影響を与えている。尚、長時間勤務の影響は家庭だけに留まらない。アメリカで見られるような ボランティア活動の文化が日本では発達しない理由の一つに、仕事以外の活動に費やす時間が少ないことが挙げられる。

OECDの調査によると、日本人のワークライフバランスはOECD加盟国の中でも最下位に近く、これも低出生率の原因の一つではないかと考えられている。確かに、平日はその大部分を職場で過ごし、休日は疲れを取るためにのみ使うため、パートナーに出会えるような社交行事や趣味に参加する時間がない。たとえそのような出会いがあったとしても、仕事での過酷なスケジュールが、相手との関係を進展させる妨げとなる。デートの時間もないし、やっとデートしても、疲れがたまって相手を楽しませることができない。これでは婚姻率も下がり、婚姻暦のないシングル族が増えるのも当然である。

多くの日本人女性は、結婚して子供を持つことにそれほど魅力を感じていない。たとえ共働きであっても、夫が職場で長い時間を過ごし、家事や子育てにほとんど協力しないことがわかっているからだ。OECDの調査によると、日本人女性は無俸給の家事の80%以上を行っている。父親が家で子供と時間を過ごすのは週末だけなので、ほとんど自分ひとりで子育てを行わなければならないことも、子供を持つことを躊躇させている理由のひとつかもしれない。その結果、子供は要らない、または1人でよいと考える女性が増えている 。日本の人口減少問題について研究したシカゴ大学教授山口一男氏によると、第一子出産後、夫からの精神的支援の欠如を経験した多くの日本人女性が、それ以上子供を持つことを断念しているという

長時間勤務は上記の様々な健康上の問題に加えて、女性と男性の両方の生殖能力にもネガティブな影響を与えているはずだ。実際、睡眠不足は男性女性の生殖能力に直接悪影響を与えている。おそらく一番重要なことは、長時間勤務が子供を作るための一番基本的な行為、つまりセックスにも悪影響を与えていることである。コンドームメーカーのデュレックスが実施したグローバル調査によると、日本人で週1回のセックスがあるとした回答者は34%に留まっている。これは調査参加国のうちで最低の割合である。日本総合社会動向調査の報告によると、長時間勤務が性交渉の頻度を抑制することにつながっているという。さらに最近の調査によると、結婚している日本人カップルの半数以上が「セックスレス」だと答えている。 別の調査によると、既婚男性の21.3%と女性の17.8%は、「仕事で疲れている」をセックスレスの理由に挙げている

長時間勤務がもたらす悪影響はこれほど明確なのだから、日本企業はこの状況を変えていくことを最優先に考えるべきである。

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