「つまらない大人」になる方法

人は誰でも、若いころは「つまらない大人になりたくない」と考える。くたびれたスーツを身にまとい、うつろな目で通勤電車に揺られ、安月給にため息を落とし、娯楽といえば野球のナイター中継とパチンコだけ。そんな灰色の人生を送るなんて、まっぴらごめんだ。では、どうすれば「つまらない大人」にならずに済むのだろう。

人は誰でも、若いころは「つまらない大人になりたくない」と考える。

くたびれたスーツを身にまとい、うつろな目で通勤電車に揺られ、安月給にため息を落とし、娯楽といえば野球のナイター中継とパチンコだけ。そんな灰色の人生を送るなんて、まっぴらごめんだ。

では、どうすれば「つまらない大人」にならずに済むのだろう。「おもしろい人生」の秘訣はなんだろう。それを知るためには、「つまらない大人」になる方法を考えてみればいい。

結論から言えば、つまらない大人とは減点方式でしか評価されない人の成れの果てだ。つまらない大人になりたくないのなら、なによりもまず加点方式で評価される人にならなければいけない。

先日、ジャーナリストのSさんと飲む機会があった。Sさんはセミナーや講演会でも人気を集める売れっ子だ。酔いが回ってきた勢いで、「大企業のおじさまはつまらない」という話になった。

たとえば若手の起業家を相手にセミナーを行えば、参加者はわれ先にと手を上げて、するどい質問を飛ばしてくる。しかし大企業の中年社員を相手にすると、会場は冷え切ってしまうという。校長先生の訓示を聞く中学生のように、みんな机に目を落としているらしい。当然、質疑応答の時間も盛り上がらない。では、講師のSさんに興味がないのかと言えば、そうでもないようだ。講演の終了後には、演台の前に長い列を作るという。名刺を渡すためだ。

「大企業」「典型的日本企業」「昭和体質の会社」......呼び方はともかく、こういう会社のおっさんたちが「つまらない」のはなぜだろう。若い世代の規範となるどころか、「ああいう人にはなりたくない」と言われてしまう。そんな大人になってしまったのは、なぜだろう。

おそらく、彼らが減点方式で評価されてきたからだ。それ以外の方式では評価されてこなかったからだ。

なぜセミナーで熱心な態度を見せないかといえば、悪目立ちしたくないからだ。質疑応答の時間に手を上げないのは、おかしな質問をして恥をかきたくないからだ。また、「大企業」の中年社員は往々にしてビジネスマナーにうるさい。エレベーターに乗る順番から、宴席でのお酌のタイミングに至るまで、細かなマナーを死守することに血道を上げている。なぜなら彼らは、わずかなマナー違反が将来の収入に大きく影を落とすような人生を送っているからだ。

悪目立ちしたくない、恥をかきたくない、マナーを死守する。これらはいずれも、自身に対するマイナスの評価を恐れている態度だ。「減点」を恐れる態度なのだ。

現在の学校教育は、定期試験から大学受験に至るまで「減点方式」が採られている。百点満点から何点ミスをするかを試されるばかりで、二百点や三百点に加点されることはない。そして「大企業」に入社するのは、高学歴な――減点方式の評価をうまくくぐり抜けてきた人々だ。四十代、五十代まで大企業にしがみついているのは、社内で大きなミスをしなかった人々だ。減点方式で高評価を得てきた人々だ。だからこそ、ミスを恐れる習慣が骨の髄まで染みこんでいるのだ。

個人的な経験からいえば、失敗を恐れている人ほど、若い世代には「失敗を恐れるな」と説教する。自分がもはや失敗の許されない立場になってしまったがゆえに、自分にはできないことを他人に求める。ありし日の自分の姿を重ねて、はかない夢を仮託する。

重要なのは、「加点方式で評価される世界がある」ということだ。

というか人間は本来、加点方式でしか評価できない。ヒトは群れを作る社会性の動物であり、一人では生きられない。自分一人ではできないことがたくさんある。したがって、ある人物を「なにができないか」で評価するのは愚の骨頂だ。できないことがあって当たり前だからだ。着目すべきは「なにができるか」であり、加点方式でなければ評価できないのだ。

加点方式で評価される世界として、たとえばクリエイター業界は顕著な例だろう。

個性的なイラストレーターは、往々にしてビジネスマナーにうとい。宴席の上座・下座に気を配る人はあまり見かけないし、その場にいる参加者の「序列」を瞬時に判断してお酌して回る......なんて、絵描きには(たぶん)不可能だ。あれは「大企業」のおっさんたちだけが持つ特殊スキルである。

イラストレーターは描いたイラストで評価されるのであって、お酌のうまさでは評価されない。だからビジネスマナーが多少行き届かなくても食いっぱぐれない。シナリオライターは書いたテキストで評価される。プログラマは作ったシステムで評価される。ミュージシャンは生みだした音楽で評価される。いずれも加点方式で評価される人間たちだ。

こうやって考えてみると、ビジネスマナーを死守するのはマナーを守る以外にできることがない人たちなのではないか......と、思えてくる。加点方式で評価される人間は、多少の減点なら後から取り戻せる。だから、あまり減点を恐れない。

ここではクリエイター業界を取りあげたが、あくまでもわかりやすい例だからだ。実際にはクリエイター業界に限らない。この世界のあらゆる業界、あらゆる階層で、私たちは「なにができるか」を問われる。加点方式で評価される。減点方式で評価されるのは、学生と「大企業」の社員ぐらいのものだ。組織で生きる人間の知らない世界が、組織の外には広がっている。

大雑把にいって、「大企業」に務めるおっさんはつまらない。しかし腰をすえて話してみると、そういうおっさんにもおもしろい趣味や特技があったりする。頭のてっぺんからつま先までつまらないおっさんは珍しくて、どこかにおもしろい一面がある。つまらないおっさんたちは、おもしろい部分を表に出せないだけなのだ。表に出せないからこそ、彼らはつまらないおっさんなのである。失敗を恐れるなと言いたい。

また、クリエイター業界ではビジネスマナーがあまり厳しくないと書いたが、限度はある。仕事ができればマナーなど守らなくていいが、電話やメールが通じなければそもそも仕事にならない。売れているクリエイターほど連絡や契約、事務処理がきちんとしているらしい。そのあたりがしっかりしているからこそ信用されて、仕事が集まってくる。すると、人目に触れる機会が増えて、ブレイクするチャンスも増える......というわけだろう。常識レベルのマナーは必須だ。

この四月から職業人生をスタートさせた人も多いはずだ。

一週間働いてみて、どうだったろうか。「この人のようになりたい」と思える人が周囲にいただろうか。もしもそういう人がいるなら、あなたはかなり運がいい。もしかしたら、まだ研修期間が続いている人もいるかもしれない。

いずれにせよ、私たちは学校教育を通じて「減点方式の評価」をたたき込まれる。「加点方式の評価」を受けた経験に乏しいまま、この世界に放り出される。減点方式で身につけた習性をできるだけ早く捨てないと、あなたは「つまらない大人」へ一直線だ。名刺の渡し方を練習してる場合じゃない。一刻も早く、加点方式で評価される人間を目指してほしい。

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