セクシャルハラスメント防止は必要不可欠なビジネススキル
昨年10月、大物プロデューサーのセクシャルハラスメントについて書かれたニューヨークタイムズの記事を皮切りに、アメリカの映画界はもとより、全米、全世界に衝撃の事実がもたらされた。
大物プロデューサーと被害女優という構図に留まらず、大物俳優と若手といった性別にかかわらず、エンターテインメント界にセクシャルハラスメントが横行していたことが明らかとなり、次々と著名な俳優陣がニュースに名を連ねた。
現在、被害者となった女優等などがクラスアクションを提起し、大物プロデューサーの率いていたカンパニーは破産に追い込まれたと報道が伝えている。
さて、セクシャルハラスメントはエンターテインメント界に限ったことかというと、そうではないことは既知の事実であろう。
アメリカにおいて、一人の社員に対するセクシャルハラスメントが大規模な労使紛争にまで発展し、約3500万ドルで和解に至ったケースも過去にはある。
企業の規模にもよるが、これだけの巨額が動いたという事実や、被害者となった女性たちの告発内容をみても、セクシャルハラスメントは単に企業の問題ではなく、社会的問題だ。
昨今では、セクシャルハラスメントは昨年の事件以来、この混乱期において、より一層その扱いは難しくなっている。
では、米国弁護士の立場から、セクシャルハラスメントとは何を指すか。企業活動においてセクシャルハラスメントの防止対策として臨めることについて、米国弁護士の立場からアメリカを例に考えてみよう。
セクシャルハラスメントのおきやすい職場には特徴がある
セクシャルハラスメントが発生したと明るみになった瞬間に、当該企業が真摯に築いてきた信用や評判は失墜し、存続さえも危ぶまれる。
被害者を増やさないことは社会全体の安心安全や健全な経済活動を阻害しないことにつながるといってもよいだろう。
だからと言って、不適切な行為を容認せず、トップをはじめ、社員全員にセクハラを容認しない文化や指針を企業は責任を持って示さなければならない。
ただし、アメリカと言えども、セクシャルハラスメントを容認しない文化や考え方の表現方法やコンプライアンスは組織によって様々である。私の経験に限ったことで言えば、ある宗教的な大学は異性の同僚との出張や交際をする際に大学側に申請書を出すことが義務付けられていたり、社内結婚や交際を禁止する事例もあった。こうしてハラスメントについて書いているうちに若い頃に所属する法律事務所で受けたセクシャルハラスメントのレクチャーで言われた一言を思い出した。
講師は上司が務めていた。「異性を誘うときに、完璧なイエスという返答を得られなければ二度と誘ってはいけない」つまり、「たぶん、考えておく、行きたいのだけれど今回は忙しいから・・・」という曖昧な返答だった場合はノーと同等に扱うようにという訓示だった。
今でも事務所内で交際を禁止することはないが、上司と部下などの立場的なバランス等には注意を払うよう促されている。
一般的に、セクハラの起きやすい職場とはどんな職場か。私の在籍する弁護士事務所はセクシャルハラスメント訴訟の代理を務め、法的問題や訴訟リスクの軽減、防止のためのアドバイスなどを手掛けている。こうした経験から報告すると、事件の起きやすい企業には「セクシャルハラスメントを容認する文化が存在する」ケースが多く見受けられる。例えば、伝統的(古くさいといってもよいだろう)な性別役割を求める考え方が根付いているなどといった風潮や、職場に女性が少ない場合もセクシャルハラスメント被害が発生しやすいように感じている。そして、そのパターンは大きく分けて5つのパターンがあるといわれている。
- 露骨な性的表現や不愉快なジョーク
- 飲み会やデートなどに誘う
- 昇進や昇給といった相手の欲しいものの代償として性的な行為などを迫る
- 懲罰として性的な行為を迫る
- 力づくで、体に接触する
ハラスメントの種類や特徴について書いているだけでも不快だが、残念ながら法的な罰則の対象になっているということは、現在も発生しているかもしれないのだ。
一連のハリウッドにおける事件報道をみていると、3や5に類似した告発が被害者から相次いでいる。報道や職場でのセクハラについての会話を受けて「相手の感じ方じゃないのか?」と訝った読者へ、私は繰り返し伝えたい。セクシャルハラスメントは単なる相手を不快にさせたかどうかの話ではないのだ。企業を失墜させるだけの威力を持った行為であると認識してほしい。
セクシャルハラスメントを許さない企業文化の醸成と法律の存在
セクシャルハラスメント事件への対応責任を回避する唯一の最善策は発生を防止することにある。むろん、セクシャルハラスメント行為が日常的に企業内で行われていないかに目を光らせることは重要である。セクハラ行為に限らず、ハラスメント行為全般の防止には、職場の不和を解消し、企業側がハラスメント行為を許さない企業文化を築くことがカギとなる。
こうした活動の後押しにもなるのが法律の存在だ。企業側の立場からセクシャルハラスメントを防止するための法律は、州によって異なるがカリフォルニア州ではハラスメント防止のために適正な措置をとることを義務付けている。
一方の被害者側の立場では、連邦の期間であるEEOC(米国雇用機会均等委員会)が差別の救済を目的として、米国各地に事務所を設け、個人からの申し立てに対処している。EEOCへ救済を求めた場合、費用は一切かからない等、弱者を支える制度が確立されている。
ちなみに、アメリカにおいてもっともよく知られているのは、連邦の雇用者差別禁止法だろう。セクシャルハラスメントについて明記されていないものの、性的差別の関する保護が含まれており、セクシャルハラスメントは起訴対象となりうる性的差別の一種であるとこれまでの判例から確立されている。
また、今回のような社会問題となった事件等を受けてできる新しい法律も把握しておきたい。さらに、一般的な概念として、男性から女性に対してセクハラが行われると思われがちであるが、多様性を容認する現代においては考え方や視野も広げておく必要がある。
例えば、私の属する法律事務所の本拠地であるカリフォルニア州の50人以上の従業員を抱える経営者は、2018年1月1日付で発効した新法において、上司を対象にしたセクシャルハラスメント防止訓練の必須プログラムを実施するにあたり、ジェンダー・アイデンティティ、ジェンダー表現、性的嗜好に基づいた差別やハラスメントの訓練を盛り込むことが義務付けられた。こうしたトランスジェンダーの権利を保護する法律はカリフォルニア州をはじめ、19の州で掲げられている(本稿執筆時点)。
約6000の日本企業がアメリカに進出しているという。アメリカ市場で活動する日本企業にはこれらの法律が適用され、企業文化も求められる。決して他人ごとではないのだ。
また、私は弁護士の立場から、セクシャルハラスメントが発生した場合、社内の弁護士や関連機関と連動して、社外弁護士を起用することを推奨する。なぜならば、社内弁護士や社内の関連機関に全委託することは、調査によって浮上した訴訟や情報が企業を指示した(企業側に偏った)という先入観を持たれてしまうことがあるからだ。公平かつ中立的な調査や監督、そして、偏見の発生防止に努めてほしい。
社会全体がこうした問題に繊細になりすぎるあまり、純粋に好意を寄せる存在にアプローチできずに切ない思いをしている人が、どこかにいるかもしれない。セクシャルハラスメント対策も純粋な好意も成就するよう、適切な対策でこの過渡期を乗り切れるように願う。