トランプ大統領の交渉術を読み解く

不動産王・トランプ大統領には、ビジネスパーソンとして業績に見合うそれなりの手腕がある。

トランプ大統領は5月、就任後初の外遊へ赴いた。中東、ヨーロッパ5カ国を訪れて、20カ国あまりの各国首脳との会談に臨んだ。

注目を集めたのは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教に関わる土地を訪ねたことだ。まずサウジアラビアの首都を訪ねてイスラム諸国の国際的な会合で演説。続けてイスラエルを訪問し、続いてイスラエルへ。

「反テロ」「中東和平の実現」を印象付けた。さらに、バチカンではローマ法王と面会するなど、各宗教との融和を訴えるとは最初の外遊にしてはとても難しいテーマに挑んだと感じている。

なぜならば、ブッシュ元大統領はメキシコへ、そしてオバマ前大統領はカナダを最初の訪問先に選んだ。そこには確固たる友好関係が築き上げられていたからだ。ところが、トランプ大統領は、友好関係が存在しないどころか敵視しているイスラム圏を選択した。

大統領選挙へ立候補した時点から「イスラム教徒入国全面禁止」などとイスラム圏を敵視する発言を繰り返し、大統領就任後も難民、イスラム7カ国からの入国禁止を主旨とした大統領令を発令している彼にとって中東を訪問するのはとてもリスキーだったに違いない。

しかし、予想に反して彼は国際的に強い(影響力がある)と見せることができた。

人々が予想していた以上の成果を上げることができたのではないかと私は思っている。また、保守派にとってはサウジアラビアとの結びつきが強くなり、ムスリムについての発言が不評を呼ぶとも心配されていたが、各マスメディアの報道を見ていると予想外に反応がよく、彼は首尾よく立ち回ったようだ。そして、今回の外遊の締めくくりとしてG7に出席し米国第一主義をアピールした格好になっている。

さて、外遊で見せたパフォーマンスの背景には、大統領選ロシア介入疑惑についてトランプ政権への追求を逃れるという思惑があったという。

この時点では、外遊というステージをうまく利用して「矛先をかわす」戦術は成功したようである。

たとえば、中東の歴訪やバチカンの訪問で宗教の融合を謳いながら、G7ではパリ協定を拒否するなど国際合意は嫌うという、傍から見ればややもすると混乱を招く主張を展開しているにも関わらず、その姿勢を激しく糾弾する報道が少ない。

むしろ、「トランプだから」「トランプにしては」という半ば諦めというか蔑んでいるというか、期待値の低い報道が多く見受けられた。そして、モンテネグロ首相を押しのけたとかメラニア大統領夫人に手をつないでもらえなかったといった政策とはかけ離れた話題も連日マスメディアを賑わしたからだ。

不動産王・トランプ大統領には、ビジネスパーソンとして業績に見合うそれなりの手腕がある。自伝を始めとした数々の著書の中でもビジネスについての持論を展開している。私は弁護士として、彼の交渉術を読み解いてみようと試みた。

弁護士やビジネスパーソンには、それぞれ得意な交渉術がある。本人は気づかなくとも、日々直面する意思決定や駆け引き、交渉の場において、試行錯誤を繰り返し確立されていくものだ。

大統領就任後のトランプ氏が展開する交渉術にも一貫した戦略が見えてきた。

「相手のペースを乱し不安に陥れ、強者であると印象付ける」交渉術である。

新しい大統領が誕生すると、公約実現を目的として、あるいは大統領のとしての存在感をアピールするために政策の方向転換を図ることはよくある話である。

しかし、全大統領の政策を覆すことはそう簡単なことではないにもかかわらず、トランプ大統領は就任以前から世界の耳目を集める課題を次々とかく乱し、大統領就任後は大鉈を振った。

例えば大統領就任式を来月に控えた昨年末、台湾の蔡総統と電話会談。あくまでも個人的な表敬とのことだったが、米国、台湾の両首脳が最後に直接コンタクトを取ったのは1979年のこと。38年ぶりの会談は北朝鮮問題を始め、米中間に存在する様々な問題の緊張感を煽る格好となった。

その後、さらに得意のツイッターで為替操作、関税、東シナ海問題をめぐって中国を批判。これを受けて中国政府が米国政府に抗議したにもかかわらず、4月には中国の習国家主席が米国を訪れ、トランプ大統領に中国訪問を招請し、トランプ大統領が受け入れ、協力強化という結末だ。

続いて、大統領就任直前は自動車産業を攻撃。工場をメキシコなど米国外に移転、建設し逆輸入するなら高関税をかけるとツイート。これによって、トヨタは今後の政策の動向を見守ると発表したが、フォードはミシガン州の工場に7億ドルを投資し700人を新規雇用すると発表した。結果として、彼の発言は国内の雇用促進に繋がった。

さらに、選挙期間中に日米安全保障条約は不要だ。米軍駐留費を日本は今以上に負担すべきという主旨の発言をしていたトランプ氏が大統領選で勝利を収め、日本のマスメディアは日米安保条約がどうなるかと不安を募らせた。今年2月の会談では、尖閣諸島が安保条約の第五条の適用範囲であると確認。日米の対話強化で今後は安心というムードに包まれた。

このほかにも、地球温暖化はでっちあげだと騒ぎ、就任後はアメリカにとって不公平な協定だとしてパリ協定から離脱。前オバマ政権で約束を取り付けていた移民受け入れ問題では、オーストラリアの難民を受け入れることで合意していたにもかかわらず電話会談の途中で怒り出し電話を切ってしまうなど、傍若無人な振る舞いは後を絶たない。

さらに、トランプ大統領は6月20日、ツイッターで北朝鮮問題について中国に対する不満を発信した。翌21日にワシントンで開かれた米中対話に向けてのけん制であったのだろう。また、オバマ政権が実施したキューバへの制裁緩和策を見直すとの発表も・・・。

このようにトランプ大統領によって、彼と対峙した数々の人や国の「ペース」は乱され、不安に陥れられた。そして、彼らは混乱した状況から脱して妥協している。

少し冷静になってこれらの報道を見直してほしい。

「彼に乱されなければ、その結末にはならなかった」のだ。

そのドラマが発生したのはトランプ大統領が騒ぎ立て、引っ掻き回したからだ。それを終息させたものが手柄を立てたか、ヒーローのように見えている。こういう視点もまた現実である。さらに、自体を終息させた結果、対峙した相手が最終的に得たものは? 彼らにとって利益をもたらしただろうか。彼によって引き起こされた嵐をやり過ごすことで満足しただけではないだろうか。その結末を合理的に判断してほしい。

順を追って考えてみよう。相手はトランプ大統領だ。

何かの協定において、これまでお互いが合意していた状態をゼロとする。その協定の見直しの時期が来た。トランプ大統領と交渉を始めたら、「これまでのことは白紙に戻す」といきなりの決裂宣言をうけた。あなたは不安に駆られ、これまでの利益を失ってしまうのではないかと不安になる。これがマイナス(不利)の状況だ。

あなたはそのマイナスを何とかゼロまで戻そうとして妥協案を提示し、何とか合意を取り付けて、「何も得られないよりも良かったのかもしれない」と安堵する。・・・我に返ると、これまでの状況よりも、あなたにとっては不利な状況だったと気がつくのである。

トランプ大統領はこのように先制パンチを食らわせて、不安にさせることで相手を非常事態に追い込んで、自らを強者と印象付けている。大胆なことをする、大げさなことをいうことで相手をコントロールする、支配下に置きたいという心理が透けて見える。威圧的な態度は弱い立場のものを動かすときに効力を発揮するとも言われている。彼はこうした心理的作用を交渉の術として用いているのだろう。これまでの経緯と結末を見てると、欲するものを手に入れてきたトランプ大統領の交渉術を見事だと感じる部分もある。

しかし、トランプ大統領はこうした心理作用を熟知して、意図的、あるいは戦略的に交渉を行っているのかどうか。正直を申し上げて私はとても疑わしいと感じていると述べて締めくくる。

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