「はんだやレイブ14秋」に90年代の音楽とネットとの関係を見る

このブログでは、ぼくが行なっているインタビューや今回のようなイベント参加の記録を使って、わかりにくくなっている90年代当時の音楽とネットとの関係について、ログを残していくことを試みたいと思います。当時の音楽/パソコン文化へのインデックスとして、少しでも役に立てればいいなぁ、と思います。

11月1日(土)の日中、「はんだやレイブ14秋」なる音楽イベントが、仙台駅近くの榴岡公園にて開催されました。入場料は無料、地元で活動するDJやVJが多数出演するレイブイベントで、なぜだか食べ物の配給(?)もあるという、音楽(とお酒)が好きな人にとっては気になって仕方がないタイプのイベントです。ぼくは初めての東北新幹線に乗って仙台まで参上し、昼から夜までレイブを楽しんだ後、打ち上げにも潜り込ませてもらいました!当ブログの初回は、この「はんだやレイブ14秋」の紹介を通して、ぼくがこれからここで書いていきたいことを説明しましょう。

■まずは自己紹介、それとぼくの関心について

というわけで、はじめまして。

東京芸術大学大学院でポピュラー音楽やメディア文化の研究をしている日高良祐といいます。音楽とメディアとの関係に関心を持っておりまして、その中でも特に、インターネット上で流通している音楽ファイルの文化を対象にした研究を行なってきました。そうした領域については00年代に入って以降、違法なファイル交換が社会問題化したり、音楽配信ビジネスが隆盛するにしたがって、盛んに議論がされるようになっているのは周知の通りです。

ですが、ぼくの関心はそこからほんの少しだけズレます。音楽とネットとの関係としてイメージされるそうした00年代以降の文化状況、言うなればMP3やiPodが普通のものとなったその状況の、少し前のことに関心があるのです。つまり、90年代の音楽とネットとの関係を調べています。

90年代の音楽とネット......もちろん違法なMP3の流通が問題化したのも90年代末だったし、音楽配信事業が最初に試みられたのも同時期でした。それらが議論の対象として重要なのは間違いないのですが、それは分岐点としての重要性です。ぼくが指しているのは、その分岐に至るまでのプロセス、いわゆるMP3以前の時代のことなのです。つまり、DTMがパソコンマニアの間で趣味の一つとしてもてはやされ、耳コピアレンジされたMIDIデータが大量にやり取りされ、MODやReal Audioといった(今からすると)珍しいフォーマットに注目が集まった時代のことです。

しかし、その時代の音楽とネットとの関係をインターネット上で調べてみると、そうした文化自体が主にネット上で展開していたにも関わらず、驚くほどログが残っていないことに気づかされます。理由は2つあります。1つは、90年代から現在までを通してメンテナンスされ続けているデータがどれくらいあるのか?という問題です。ましてや、個人運営のデータを残し続けることはとても難しいでしょう。Internet Archiveのようなアーカイブにも残念ながら限界があります。もう1つは、90年代後半までインターネットと並行して有力なコミュニケーションの場であったパソコン通信の存在です。先ほど挙げたMIDIデータのやり取りなどは、大手商用パソコン通信サービスや個人運営の草の根BBS上で盛んに行なわれていました。しかし、それらはほぼ閉鎖されているし、それぞれが閉じたネットワークであるためインターネット上にログも残りません。

90年代、ついこの間のことなのに、こんなにも断絶があるのですね。こうなってくると、ネット上のログや雑誌資料の調査だけでは、90年代の音楽とネットとの関係を調べるのには限界がありそうです。そこで現在ぼくは、90年代に活動していたユーザーを対象にしてインタビューを行なっています。インタビューであれば、産業史や技術史などの文献には残らないような文化の話を聞くことができるし、ログが無くて追えなかった実際の話も聞くことができます。また、場合によっては当時のデータを見せてもらうこともあります。そして何より、インタビューで人から話を聞くことは、単純にぼく自身が楽しい。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、こういった関心を持ちながら「はんだやレイブ14秋」の様子を見てみましょう。そこには、単に楽しいレイブイベントというだけではなく、実は90年代の音楽とネットとの関係が見え隠れしているのです。

■当日の「はんだやレイブ14秋」

では、当日のイベントでの楽しさを紹介したいと思います!

あいにくの小雨の中でのイベント開催となりましたが、そんなことを感じさせないくらいのハッピーな雰囲気がステージ前にはありました。めいめいが手持ちのお酒を飲みながら、DJがプレイするわりとBPM速めの曲に合わせて踊っています。ステージ上で中心となるのは、仙台在住の「はんだやレイブクルー」のDJたち。また、ぱっと見の印象ですが、30~40代のお客さんが多い。

ここでDJや様々な電子機材を用いた演奏がなされます。かなりマニアックなパソコンや機材が持ち込まれることもあるようです。ブース前には大きめのディスプレイが置かれ、VJからの映像も流されています。その他にもいろいろと置いてあるのは、物販のCD、お持ち帰り自由なおもちゃやグッズ、あとは振る舞いの日本酒などなど。

このレイブでは食べ物の振る舞いもあります。MJ(めしジョッキー)を名乗るクルーも参加していて、石狩鍋やお釜で炊きたての白米などがいただけました。ご飯ができる度に集合がかけられ、こうやってテント前に並んで配給してもらいます。美味しいご飯と音楽、最高ですね。

入場無料、かつ野外音楽堂というオープンな場所での開催なので、音楽に誘われた通りがかりの人もやってきます。ぼくが見ていた中だと、おそらく散歩途中であろう老夫婦が入ってきて、客席後方から食い入るようにステージを見つめていました。そうしたローカルな雰囲気もありつつ、俺は好きな音楽を楽しむ!といった緩やかなグルーヴが感じられるイベントです。

■「はんだやレイブ」と90年代

現在、このように地元仙台に根ざしたレイブイベントとして「はんだやレイブ」は楽しまれているわけですが、これと90年代のネット状況がどのように関係してくるのでしょうか?

ウェブサイトによると、「はんだやレイブ」が仙台で最初に開催されたのは2004年です。また、「はんだやレイブ」はイベントの開催だけでなく、参加者によるコンピレーションCDを毎回作成し、コミケや同人音楽即売会M3での販売も行なっています。ステージ前の物販で売っていたのはこのCDですね。

ですが、「はんだやレイブクルー」の面々は、そうした同人音楽シーンでの活動や仙台でのレイブ開催を、実は2004年以前から継続して行なってきているのです。彼らの前身団体は「八卦商会」という同人音楽サークルであり、ガバやハードコアなテクノにのせたネタモノサンプリングで名を馳せていました。そしてこの「八卦商会」時代、すでに1999年から彼らは仙台市内でのレイブイベントを開催しているのです。さらにさらに、そのまた前身として、「XROGER LABEL」というレーベルが彼らの音楽活動の場としてありました。「XROGER」は、ナードコア・テクノと呼ばれた一連の音楽シーンで有名なレーベルです。いま手元にある『Quick Japan』99年2月号には、「『ナードコア・テクノ』の夜明け」という特集が組まれていますが、ここでも1996年から活動する気鋭のレーベルとして紹介されています。「はんだやレイブ」のはじまりは、「XROGER」のメンバーだった彼らが、1998年に仙台で行なった野外イベントにまで遡るのです。

当時のことを、「はんだやレイブ14秋」の打ち上げに参加して聞いてみました。そこでは、90年代のパソコンでの音楽制作の様子や、彼らが音楽繋がりのネットワークを作っていく中での、草の根BBSが果たした役割について聞くことができました。今回は、初回ということで前フリが長くなってしまったので、そこで聞いた内容を少しだけ紹介してお終いにしましょう。

興味深かったのは、「クルー」のうち数人が、X68000というパソコンでの音楽制作からDTMの道へと入ったことです。X68000は当時としてもメジャーとは言えない機種ですが、音楽や映像制作における機能の高さには定評のあるマシンでした。そして、この少しマニアックなマシンでの音楽制作情報や作品交換のためのネットワークとして、いくつかの草の根BBSが結節点としてあったそうです。彼らの人間関係はそこで形成され、データをMOに保存してオフ会でやり取りしたり、一緒にイベントを企画したりすることになります。「XROGER」が初めて仙台でレイブイベントを開催した時も、草の根BBSでの繋がりが参加者を動員したのでした。現在の「クルー」が仙台在住のDJたちで構成されているのも、地域に根ざしたネットワークである草の根BBSの特徴を引き継いでいるからなのです。こうして見ると、90年代の音楽とネットとの関係が形となり、現在までも続いているものが「はんだやレイブ」なのだと言うことができるでしょう。

■ログを残してみる

さて、とても簡単な紹介になってしまいましたが、「はんだやレイブ14秋」の様子から、現在も残る90年代の音楽とネットとの関係を見てみました。冒頭で述べたような資料的断絶の向こう側にある90年代も、こうして実際に人から話を聞いてみると、今の音楽文化に具体的に関係していることがわかってきます。

しかし、その時期の実際の状況については、やはりうまいことまとめられているとは言い難い状態です。なので、このブログでは、ぼくが行なっているインタビューや今回のようなイベント参加の記録を使って、わかりにくくなっている90年代当時の音楽とネットとの関係について、ログを残していくことを試みたいと思います。当時の音楽/パソコン文化へのインデックスとして、少しでも役に立てればいいなぁ、と思います。

というわけで、みなさん自身の思い出語りや、「この人に話を聞いた方がいいよ!」というアドバイスがあれば、ぜひぜひコメントの方でお知らせください!そうしたログを残していくことが、歴史を描いていくことになるのだと思います。

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