宇宙年齢で1秒も狂わない光格子時計

低温環境で原子の高精度分光を行う光格子時計を開発し、2台の時計が2×10-18の精度で一致することを、東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊教授と理化学研究所の高本将男研究員らが実証した。

究極の高精度時計が誕生した。低温環境で原子の高精度分光を行う光格子時計を開発し、2台の時計が2×10の精度で一致することを、東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊(かとり ひでとし)教授と理化学研究所の高本将男(たかもと まさお)研究員らが実証した。2台の時計で1秒のずれが生じるのに160億年かかる。宇宙年齢の138億年で1秒も狂わない高精度で、次世代の時間標準の基盤技術となり、基礎物理学の相対論的計測への突破口といえる。2月9日付の英科学誌ネイチャーフォトニクスのオンライン版に発表した。

高精度な原子時計は精密計測の要として科学技術の発展を支え、その重要性はますます高まっている。現在の「秒」は、セシウム原子が選択的に吸収するマイクロ波の周波数を基準とする原子時計で定義される。これに基づく国際原子時は1×10(3000万年に1秒のずれ)の不確かさで、世界中で共有されている。

研究グループが取り組む光格子時計は、レーザー光を干渉させて生成した多数の微小空間(光格子)に原子を閉じ込めて原子の運動を凍結させる。一般には、レーザー光で原子を捕獲すると、レーザー光の影響を受けて「原子の振り子」の振動数が変化するが、「魔法波長」と呼ばれる特定の波長を選んで光格子を作ると、原子の固有の振動数は変化しない。

この「魔法波長」のレーザー光で作った光格子に捕獲した原子によって原子時計を実現する光格子時計のアイデアは、香取秀俊教授が2001年に提案し、03年に初めて実証した。06年には、国際度量衡委員会で、新しい秒の定義の有力候補の1つに採択された。その後、現在の「秒」を定義するセシウム原子時計の精度を1000倍近く向上させ得る次世代の時間標準として、世界各国で光格子時計の開発競争が展開されている。

光格子時計創始者の香取秀俊教授の研究グループは、精度の到達目標として1×10(宇宙年齢138億年で0.4秒しか狂わない精度)を掲げて、ストロンチウム原子の光格子時計の研究開発を重ねてきた。最後に残った最大の障害は、原子を囲む室温の壁から放射される電磁波(黒体輻射)が原子の固有振動数を変化させることだった。研究グループは、絶対温度95度(マイナス178℃)の恒温槽でストロンチウム原子約1000個を光格子に捉えて観測し、黒体輻射の影響を100分の1に低減した低温動作・光格子時計を開発した。精度がこれまでの光格子時計の最高記録より1ケタ上がった。

この時計2台を実験室で1カ月間比較した。この比較実験を11回繰り返して、平均して2×10の精度で一致することを確認した。一方、開発した時計に由来する不確かさ(系統的不確かさ)は4.4×10と見積もられた。このような2台の時計の再現性が10のケタの前半で実証されたのは世界で初めて。1×10精度の時計の比較では「重力が強いところでは時間がゆっくり進む」という一般相対論的な効果まで捉えることができる。

このレベルの高精度では、時計はもはや従来の時間を共有する役割を超えて、重力で曲がった相対論的な時空間を見る新しい計測ツールになる。高精度な時計を小型化・可搬化して屋外に持ち出せるようになれば、局所的な重力の変化に伴う時間の変化を観測して、地下資源探査、地下空洞、マグマだまり、地殻変動などの検出ができる可能性を秘めている。

香取秀俊教授は「当初の目標の精度をほぼ達成した。ここまで精度が高いと、さまざまな新しい使い道が出てくる。実用化を視野に入れ、光格子時計の小型化・可搬化の技術開発も並行して行っている。光格子時計を使い、『基礎物理定数は本当に定数か?』という疑問に答える研究も進めている。水銀やイッテルビウムなど異種原子の光格子時計の高精度比較で、時間のずれが見つかれば、現在の物理学の暗黙の仮定を覆す可能性さえある。この実験的な挑戦は宇宙誕生の謎をひも解く鍵となるかもしれない」と話している。

関連リンク

科学技術振興機構 プレスリリース

注目記事