日本企業最大の課題/どうすれば第二の盛田昭夫を生み出せるのか

先頃、2011年秋に作成した『日本のIT電気ソフト市場の構造変化』と題した資料を最新版としてメインテナンスする必要があったので、併せて今日までの約2年半をあらためて振り返ってみた。

■日本市場の構造変化

先頃、2011年秋に作成した『日本のIT電気ソフト市場の構造変化』と題した資料を最新版としてメインテナンスする必要があったので、併せて今日までの約2年半をあらためて振り返ってみた。

資料で説明しようとした内容は、すでに過去の記事でも何度か言及して来たので、今となってはさほど目新しいものではない。しかも、ここで指摘したこと(既存の日本メーカーの製品が市場から追い落とされること等)は、今現在進行中でもある。

それでも、せっかくなので、あらためてこの資料の意図するところを列挙してみる。

日本のIT電気ソフト(サービス)市場は、メガ・プラットフォーマー/IT多国籍企業(Google、Apple、Amazon、Facebook等)が席巻していて、既存の日本企業の製品やサービスは市場から追い落とされつつある。

追い落とされる側として、製造業では、ソニー、パナソニック、シャープ等かつての日本を代表する電気メーカー/携帯電話メーカーが含まれる。

だが、そんな中でも日本企業で市場に踏みとどまっているのは、大抵、それぞれの市場の特定のカテゴリーで独自のプレゼンスを持つプラットフォーマー、いわば、『カテゴリー・プラットフォーマー』とでもいうべき存在である。(ニコニコ動画(ドワンゴ)、クックパッド、食べログ(カカクコム)、最近ではLINE

すなわち、市場に残る側の『残るための条件』は、自らプラットフォームをつくる、『プラットフォーマー』であることだ。プラットフォームを作り、オープンイノベーションや、UGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)でユーザーがその場でつくったり持ち込むコンテンツ、あるいは、SNS(ソーシャル・メディア・ネットワーク)等を通じて、ユーザーが提供する情報を最大限利用することが条件と考えられる。言い換えれば、多数の他者の手によるイノベーションが起きる場(プラットフォーム)をつくることができるものだけが市場に留まることができる。 (但し、優秀な部品供給者として生き残る道はある。)

また、結果として、プラットフォーマーが提供するサービスやツール(Facebook、Twitter、Amazon EC2/S3、PayPal等)や公開されるAPI(Google Map等)、資金提供の仕組み(Kickstarter等のクラウド・ファンディング等)を格安で利用できるようになり、起業のハードルは下がっている。このような環境を利用して、個人ないし、小規模な会社がカテゴリー・プラットフォーマーに成り上がり、市場に独自のポジションを確立するチャンスは広がっているとも言える。

■日本で起きた破壊的イノベーション理論の具現化

2011年の秋には、まだ、こんな説明をしても理解してもらえないことも少なくなかったが、その後市場で起きたことは、まさに上記のストーリーをなぞるようだったといっても過言ではないと思う。著書、『イノベーションのジレンマ』で破壊的イノベーションの理論を確立した、ハーバード・ビジネス・スクール教授の、クレイトン・クリステンセン氏が述べた通りのことがここで起きている! とも感じたものだが、実際、当の本人が2012年11月4日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙に『Capitalist Dilemma』という記事を寄稿して、『日本はこのジレンマの問題について、もっとも進んだ国』であると述べることになる。

この記事の内容は、『知の最先端』という、クリステンセン氏を含む7人の現代の最先端の知性へのインタービューをまとめた本にも紹介されている。

曰く、

イノベーションには3パターンある。

1. エンパワリング・イノベーション(Empowering Innovation)

(1)内容: 精巧で高価な製品をシンプルで手頃な価格に変える

イノベーション

(2)事例: フォード自動車のモデルT、クラウド・

コンピューティング、スマートフォン

(3)効果: 実際の仕事を創出する。

2. 持続的イノベーション

(1)内容: 自社の製品やサービス、プロセスに関して、性能向上を

図るために行うイノベーション

(2)事例: トヨタプリウス

(3)効果: 経済/販売は活発になるがその効果はゼロサム/

ニュートラル

(プリウスを売るたび、顧客はカムリを買う機会を失う。

カムリで得るはずだった利益は、たんにプリウスに

還元されるだけ)

3. エフィシャンシー・イノベーション (Efficiency Innovation)

(1)内容:すでに製造し、販売されている製品をさらに効率の

よい、手頃な価格にするためのイノベーション

(2)事例:最近の日本メーカーの製品

(3)効果:新しい仕事を創出せず、仕事の総数を減らすが

資本をつくりだす。

■歴史的に見た日本企業のイノベーション

クリステンセン氏によれば、1950年代から70年代にかけて、当時の日本企業(ホンダ、トヨタ、ソニー、松下電器、キャノン等)はエンパワリング・イノベーションを実行していたが、1980年に入ってから、こうした会社は新しいエンパワリング・イノベーションを開発せず、ただ持続的イノベーションに集中してしまった。すでにある製品をより良いものにしていただけだった。1990年代に入ると、ほとんどの企業はエフィシェンイシー・イノベーションに焦点を合わせはじめた。

そして、エフィシェンイシー・イノベーションで積み上がった資本を、日本企業は新たな製品や仕事をつくるためのエンパワリング・イノベーションに投資することをせず(利益だけの観点では、エンパワリング・イノベーションは魅力的ではない)、エフィシェンイシー・イノベーションに再投資した結果、資本は積み上がったが、新しい仕事は創出できなくなった。(クリステンセン氏によれば、1990年から日本で唯一のエンパワリング・イノベーションは、任天堂のWiiしかないという。)

1990年代くらいになると、1950年代~1970年代のころ、各企業を引っ張った個性的なリーダー(本田宗一郎、盛田昭夫、井深大、松下幸之助等)は世を去り、どの企業のトップも、サラリーマン経営者となり、株主からの短期利益最大化の要望を退けることも難しくなった。その結果、エンパワリング・イノベーションへの投資は正当化されず、エフィシェンイシー・イノベーションばかりになったと考えられる。本当はこの時期にこそ、日本企業にもアップルのスティーブ・ジョブズ氏のような経営者が必要だったということだろう。

■数字を見ず人を見ていた盛田昭夫氏

ちなみに、クリステンセン氏によれば、ジョブズ氏とソニーの盛田昭夫氏はまったく同じアプローチで成功を勝ち取ったという。

二人とも、従来型のマーケットリサーチをしなかった、ということです。彼らは動き回り、みながどのような日常生活をしているのかをしっかり観察しました。(中略)1955年から82年にかけて、ソニーはホームランをうちつづけ、その間、失敗することはめったにありませんでした。(中略)そして、1982年、ソニーはマーケテイングで初めてMBAを導入したのです。それはソニーに新しい製品を発案するロジカルで分析的な見方をもたらしました。しかしその瞬間、エンパワリング・イノベーションを引き起こす力が崩壊したのです。(中略)1982年以降、ソニーは新しい破壊的イノベーションやエンパワリング・イノベーションを一つも生じさせることがなかったのです。

『知の最先端』より

、という。そして、ジョブズ氏はアップルでまったく同じことをした。

■風土/文化の変革が必須

今、日本の市場の勝ち組である、メガ・プラットフォーマーも、日本のカテゴリー・プラットフォーマーも、経営者は皆個性的だが、一つ共通しているのは、MBA(経営学修士)的なタイプはほとんどいないことだ(但し、ジョブズ氏の死後、アップルは変わったのかもしれない)。技術革新に血道を上げて莫大な投資を続けたり、新しいビジネスモデルを試す事に執念を燃やしたり、ユーザーのマインドの深層をひたすら探求し続けたり、経営数字より、ばかりだ。逆に言えば、そのようなタイプをリーダーにいただくような、企業風土、文化がなければ、日本企業も巻き返しは難しいということになる。

しかも、市場の競争は今、一層、劇的なほどにステージが上がろうとしている。

メガ・プラットフォーマーは、自らのプラットフォーム(場)を通じて莫大な規模のビッグデータを蓄え、それを最大活用するためのアルゴリズム/人工知能に過大なほどの投資資金をつぎ込み、さらなる『破壊的イノベーション』の実現に余念がない

古い慣習でがんじがらめになった日本企業は、まず、古く大き過ぎる組織を文化の入れ替えが可能なレベルの小単位まで解体し、文化やマインドの変革から取り組まないことにはどうしようもないのではないか。そんなことは所詮無理、というなら、企業としての蘇生も不可能というしかない。やはり、既存の企業の文化とは無縁の新しい世代の起業家に期待するしかないのかもしれない。第二の盛田昭夫氏が生まれてくるような『場』をどうつくるのか。それが日本企業というより、日本経済の最大の課題だと思う。

(2014年4月20日「情報空間を羽のように舞い本質を観る」より転載)

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