学生の頃と違って忙しい社会人の皆さんにとって、英語を読むことは「目的」ではなく「手段」ではないでしょうか。
英文から有益な情報を引き出すための手段として英語に接するのならば、学生のときのように単語をコツコツ覚えて1文1文精読するのではなく、ある程度の単語力で英文の意図を効率的に把握する力が必要です。
難しいことに思えるかもしれませんが、じつはちょっとしたコツを知っているだけで、皆さんの英文読解力は劇的に向上します。そのコツとは「英語の文章の定石を知る」ということ。定石ですから、急場しのぎではなく、一生使えるツールです。
学校では教えてくれなかった、でもとても重要な「英語を読むコツ」を、実際に問題を解いてもらいながらお教えしましょう。
【問題】
Q この英文でもっとも強調されているのはどこでしょうか?
Experience is not what happens to you.
It is what you do with what happens to you.
Aldous Huxley
【解説】
主張には本当にbutが必要?
英語で文章を読むときに最も重要なのは、「どこに主張があるか」を見つけられるかにかかっていると言っても過言ではありません。しかし、いかにして文章の中から主張をピンポイントで見抜くかということを、皆さんは習ったことがあるでしょうか。
この記事を読まれている人の中には「butの後には主張がくる」という読み方を聞いたことがあるかもしれません。確かに、butの後ろに主張がくることはそれなりの頻度であるのですが、この読み方には大きな副作用があります。「butの後には主張がくる」ということを曲解して、「主張にはbutが必要」と信じてしまう人がいるのです。実際、長年私が高校生に英語を教えてきた実感として、真面目な生徒ほどこのワナにはまっているのです。
「主張にはbutが必要だ」という固定観念はここで捨ててしまいましょう。というのは、ちょっとしたコツを体得することで、知的な英語ネイティブが書く文章の中で、主張を確実に、かつラクに見つけることができるようになるのです。そのためには、主張がくる「目印」を知っておくことが必要です。
否定から主張へ、という流れをツカむ
では、その目印とは何でしょう。
英文では基本的に、いきなり文頭で主張を述べることは稀です。まずは世間で信じられていること(以下「一般論」)の否定から入るのが定石です。「みなさんはこう思っているでしょうが、実はそうではないのです」と否定するので、まずは否定文(主にnotを使用)がくるのが普通です。
もちろん、否定しただけで終わるわけにはいきませんね。代案を出す必要があります。その代案こそが、その人なりの主張となるわけです。
これを英文のパターンでまとめると、以下のようになります。
not A but B 「AではなくBだ」
否定されているAが一般論、Bが主張です。確かにこのパターンもある程度は使われるため、後半部分だけに注目して、「butの後には主張がくる」とよく言われてしまうわけです。
しかし、このnot A but Bはそのまま使われるとは限りません。知的な英文、大人向けの英文、少し文章に凝った英文であればなおさらです。いちいちbutを使って「さあ、これから主張ですよ」と述べないことも多いのです。
先ほど読んでいただいた英文を見ていきましょう。
Experience is not what happens to you. のwhat happens to youは、関係代名詞whatを使って「あなたに起こること」という意味です。文全体では「経験とは、あなたに起こることではない」です。
この文はnotを使った否定文ですね。「(世間では、経験というと自分の身に起きたことだと思われているけれど)そうではないのです!」と言い切った以上、当然読み手からの「じゃあ、何なんだ?」という問いかけに答えるのが書き手の義務です。それを期待して次の文に目を向けましょう。
Butが消えてしまうのはなぜか
2文目にはbutがありません。
ここがnot A but Bという形になっていれば、誰でもbut以降が主張だということがわかるのですが、butに類するつなぎの言葉も見つからず、ただIt isで始まっています。
ここが大事なポイントです。というのは、ここにbutが隠れているからです。
話は単純です。
ここではExperience is not what happens to you. という否定文だけで文が終わっていますが、これは言い換えれば、not Aの時点で一度文が切られているということです。
文が切れた以上、その直後にbutを書く必要はありません。
どうしてか?
butは文法上「接続詞」に分類され、「何かと何かを接続する」ことが本来の働きだからです。だから今回のように一度文を区切ってしまえば、前の文と接続するためのbutはなくてもよい、むしろないほうが自然な英文なのです。文を区切ることで、butは不要になるわけです。
2つ目の文は何を言っているのか?
話を戻しましょう。
2つの文は1文目が否定文で、2文目がIt isで始まる肯定文でした。この「否定文 肯定文」という流れから、2文目の直前に「消えたbut」があると考えます。
Experience is not what ~「経験とは~なことではない」
↓
(But) It is what ~「それ(経験)とは~なことなのだ」
最初の文で、多くの人が「経験」と聞いたときに思い浮かべる内容を否定して、次の文でこの筆者の「経験」を定義していきます。この文こそが「主張」です。
では、この「主張」である2つ目の英文は、何が言いたいのでしょうか。
what you do with what happens to youという部分には、関係代名詞のwhatが2つ使われています。前半のwhat you do with ~ は「~に関してあなたがすること」です。ですからこの文全体を直訳すると、「あなたに起こることに関してあなたがすること」です。
この文の意図するところは何か。
たとえば何かトラブルが生じたときに、トラブル自体を「これも経験だ」などと思うのではなく、「そのトラブルに関してあなたが対処したこと・その行動こそがあなたの経験になる」と言っているわけです。
少し詳しく文の意味を読み取っていきます。
この文章はもともとnot A but Bという形ですから、2つの文をセットで考えるとその本質が見えてきます。2文を比べると、what happens to youとwhat you do with what happens to youが対比されていることに気づくでしょう。大きく違うところは、後半のwhat you do withですね。
Experience is not what happens to you.
It is what you do with what happens to you.
ですからこの英文でもっとも強調されているのは、what you do withの部分です。そう考えると、「(あなたに起こることに関して)あなたがすること(こそが経験となるのだ)」と、より鮮明に書き手の意図を読み取ることができます。
butは十中八九消える
以上のことを少しオーバーに言えば、butの後に主張がくるような文は、多少子供じみていると言えるでしょう。butがあるというのは、書き手が相手に対して「butがあったほうが私の言いたいことはわかりやすいよね」と示してくれていると捉えることもできるからです。
実際の英文では、butが使われないパターンのほうが圧倒的に多いです。媒体にもよりますが、英字新聞・英語雑誌・論文・大学入試の英文・英語圏のニュースでいうと、(私の感覚ではありますが)10回中8回くらいはbutが使われないという印象です。
「英語は論理的な言葉だ」とよく言われますが、これが曲解されて、「論理的な言葉だからこそ、howeverとかthereforeとかfor exampleをよく使う」ということがまことしやかに言われたりもします。しかし、これは完全なる誤解です。「論理的だからこそ、howeverやfor exampleなどが消えていても問題ない」のです。それぞれの文が持つ意味をしっかり理解することで、論理構成が理解できるのです。
主張を伝えるのに、いちいちbutを用いるわけではなく、否定文の後に出てくる肯定文が主張を担うという、この当たり前の事実を押さえておけば、butの有無に流されることなく、主張を的確に見つけ出すことができるようになります。
問題文の和訳例
経験とは、あなたに振りかかってくることではない。降りかかってくることに対して、あなたが対処することそのものが経験なのである。
オルダス・ハクスリー