「ゼロ成長」が銀行にとって「マイナス成長」になる理由。 (塚崎公義 大学教授)

ゼロ成長は「去年並み」ではない
Hiro_photo_H via Getty Images

銀行の決算が苦しいと言われています。銀行の本業である「預金を集めて融資して利ざやを稼ぐ」ことが難しくなっているのです。その理由について考えてみましょう。

■ゼロ成長は「去年並み」ではない

普通の企業にとっては、日本経済がゼロ成長なら「売上も仕入れも利益も去年並み」になるのが普通です。そうなると、去年並みの配当を支払い、残りは銀行借入の返済に用いられることになります(個々の会社では差はあっても出入りがあるでしょうが、多くの会社を合計すれば、投資と減価償却は等しくなるはずです)。

これを銀行側から見ると、ゼロ成長だと融資が返済されてしまい、ビジネスが縮んでしまうことを意味します。普通の企業にとってゼロ成長は同じことの繰り返しですが、銀行にとってはそうではないのです。

銀行は融資残高を維持するため、他行の客を奪おうとしますが、自動車のセールスと異なり品質の差がアピール出来ませんから、貸出金利の引き下げで客を奪うしかありません。もちろん他行も同じことを考えて貸出金利を下げますから、他行から客を奪うのは容易ではありません。

それでは、すべての銀行が金利を下げたら、銀行業界全体の客は増えるでしょうか。そうでもない所が辛いのです。銀行にとって2%の金利を1%に下げるのは極めて厳しいことですが、それでも借り手から見ると「金利が1%下がったから、借金をして設備投資をしよう」と考える企業は少ないからです。銀行にとっては貸出金利がすべてですが、借り手にとっては多くのコストの一部でしかありませんから、1%の重要性が異なるのです。

今ひとつ、他の業界から客を奪ってくることも出来ません。もしも社債発行で資金調達している借り手が多いのであれば、「社債を出さずに銀行から借りよう」という会社が増えるのでしょうが、もともと日本の社債発行は非常に少ないので・・・。

牛丼のチェーン店が安売り競争をすれば、ラーメン業界から客を奪って来られますが、銀行業界の安売り競争ではそういうメリットは見込めない、ということですね(笑)。

■ゼロ金利も銀行決算に大いにマイナス

銀行の利ざやを考える際、「預金部門が集めた資金を市場金利で経理部に貸し出し、融資部門は必要な資金を市場金利で経理部から借りる」と考えると銀行収益の構造がわかります。預金部が頑張って預金を集めたから銀行が儲かったのか、融資部門が頑張って貸し出しを増やしたから銀行が儲かったのか。

そうした視点で現在の銀行決算を見ると、「預金部は不要だ」という結論になります。預金部を廃止して、融資部門が必要な資金はすべて他行から市場金利で借りてくれば良いのですから。つまり、預金部のコストはすべて「無駄」なのです。

「それなら預金部は廃止して人員整理をしよう」と考えることも可能なのですが、将来再び高金利時代が来て「預金を集めて市場金利で他行に貸せば莫大な利益が稼げる」という状況になったときに、預金部が無いと儲けることが出来ませんから、そのときのために残してあるのです。そのときになって、預金口座がゼロの銀行が預金集めに注力しても、なかなか預金は集まりませんから。

つまり、ゼロ金利が続く間は、銀行は将来のために無駄なコストを払い続けて預金部門を維持することになります。これは銀行にとっては苦しいことです。

ゼロ金利とゼロ成長が続くと、銀行は体力を次第にすり減らしていくことになりかねません。投資信託や保険の販売といった手数料商売でどこまで稼げるかが一層重要になってくるのかも知れませんね。

■マイナス金利も銀行には重荷である理由を考える

「マイナス金利」と言うと、「我々が銀行に預金する際の金利がマイナスだ」と考える人も多いようですが、そうではありません。我々が銀行に預けるときの金利は「ほぼゼロ」であって、マイナスではありません。銀行が日銀に預金するときの金利がマイナスなのです。もっとも、「マイナス金利が導入されてから銀行が新たに日銀に預けた金額」に対してマイナス金利となるだけですから、銀行が日銀に巨額のマイナス金利を支払っているわけではありません。

それなら、マイナス金利は銀行の収益にそれほど悪影響はなさそうですが、そうではないのです。銀行は、新しく預金を預かると、「この金を日銀に預けるとマイナス金利になってしまう。無理をしてでも貸し出しを増やさなければ」と考えて、マイナス金利導入前よりも更に低い金利で融資をして他行の顧客を奪って来ようとするわけです。しかし、他行も同じことを考えますから、結局すべての銀行が貸出金利を引き下げて、融資の残高は増えず、銀行の利益が減るだけに終わります。つまり、マイナス金利で銀行が損した分は、日銀が得をするのではなく、借り手が低い金利で借りられるようになって得をする、ということなのです。

問題は、銀行に新しく預けられた預金が少額であっても、「その分だけは融資を増やさなければ」と各銀行が競争するため、融資全体の金利が下がってしまう、ということにあります。「そんな無意味な競争はやめれば良いのに」と思いますが、自分だけ金利引き下げをしないと、顧客をライバル行に奪われてしまいますから、仕方ないのです。各行が「無駄な競争は止めよう」と相談すれば良いのですが、今度は独占禁止法のカルテルだと言われてしまうので、それも難しいのです。

【参考記事】

塚崎公義 久留米大学商学部教授

注目記事