6月19日、メルカリが東証マザーズへ新規上場した。
いきなりマザーズ市場の時価総額トップに立ち、初日の売買代金は1,906億円に上るなど上場は大成功だったようだ。
■メルカリの人事制度は超ホワイトであるが厳しい面もある
私は社会保険労務士なので、同社の経済的成功だけでなく労務管理の側面にも注目しているのだが、メルカリは非常に福利厚生が充実した会社だと言われている。
会社のホームページにもそれらの人事制度が紹介されており、柔軟な労働時間制度、充実した休暇制度、副業の自由を認めていることなど、「超ホワイト」な企業であると多くの方が感じるのではないかと思う。
確かに、私もメルカリの人事制度は「超ホワイト」であることに同感である。
しかしながら、「超ホワイト」であることの裏返しとして、メルカリは「非常に厳しい人事制度の会社」という考え方もできるのではないかと私は考えている。
本稿では、私がそう考える理由を、具体例を3つ挙げながら説明してみたい。
■最高の環境で最高のパフォーマンスが求められる
第1は「一番パフォーマンスのあがる環境を」という制度である。
同社のホームページでは、同制度につき次のように説明されている。
希望のPCを希望のスペックで用意します。最新のPCが発売されれば、面倒な手間もなくすぐに交換できます。デュアル・ディスプレイも可能。技術書の購入も全額支援します。(メルカリHP参照)
ほとんどの会社においては、社員へ貸与するPCは1台あたりの予算も決まっていて、その中で購入可能な範囲のものを利用していると思う。退職した社員のPCを使い回している会社も少なくないであろう。
しかしながら、社員に与えられるPCが低スペックだと、優秀な社員ほど仕事のペースにパソコンの処理スピードが追いつかず、フリーズをしたりしてストレスを感じてしまう。アプリを開発しているメルカリのようなIT企業ならばなおさらである。
この点、本人が希望するスペックのPCが用意され、デュアル・ディスプレイも可能というのだから、メルカリは社員のPC環境に最大限の配慮をしていると言える。
しかしながら、これは、裏を返せば「仕事が遅いことの言い訳をPCのせいにすることは決して許されない」ということではないだろうか。
「PCがすぐフリーズするので仕事がはかどらない」とか「水曜日の午後はウイルスチェックソフトが走るので仕事にならない」とか、近年のIT化されたオフィスではPCのスペックが仕事のはかどらない理由のスケープコードにされることも少なくない。
そう考えると、メルカリの「一番パフォーマンスのあがる環境を」という制度は、単なる福利厚生ではなく、「本人が望む最高のPC環境を用意するのだから、社員は最高のパフォーマンスで応えなければならない」という厳しいメッセージの込められた制度であるということができるのではないだろうか。
■家族を含め手厚い支援を行う理由
第2は「社員の家族を含めた環境の支援」である。
メルカリは、出産、育児、介護など人生のライフイベントに直面した社員に、非常に手厚い配慮をしている。
たとえば、育児休業を取得した場合、通常は雇用保険から元の賃金の3分の2程度が支給されるのであるが、メルカリは同社独自の制度として元の賃金の100%を一定期間保証することとしている。
育休からの復帰時も認可保育園に入園ができなかった場合には、認可外保育園に入園して復職をする場合には、会社が保育料の差額を負担するという制度も定められている。
復職後、子どもが病気になり保育園へ預けられない日については、この看護休暇を有給扱いで取得することも可能であるし、病児保育やベビーシッターを利用した場合は、1時間あたり1,500円が支給されることになっている。
介護に直面した社員に対しても同等の制度が用意されている。
一般的な企業では、育児休業から復帰しようとすると、認可保育園に入れるかどうかでやきもきしたり、保育園への入園がかなっても、子どもが熱を出したりすると、早退や欠勤、あるいは病児保育などで大きな経済的負担が発生してしまう。
メルカリは、こういった育児や介護に直面した社員ができる限り心身のストレスや経済的負担が軽くなるように配慮した人事制度を構築している。
しかしながら、メルカリがこのような手厚い制度を用意しているのには、単なる福利厚生以上の意味がある。
メルカリのホームページでは、これらの制度を紹介しているコンテンツにおいて、「Go Boldにおもいっきり働ける環境をより充実させていくため」の仕組みや制度であると明言している。
メルカリは、育児や介護に直面した社員を手厚くサポートするが、育児や介護を理由として社員のパフォーマンスが落ちることを望んでいないということであろう。
「子どもが小さいので当面は仕事を抑えて家庭重視もやむなし」とはじめから決めてかかるのではなく、「会社の福利厚生制度を活用し、自らの創意工夫や効率化で、家庭と仕事を上手に両立させてほしいし、それができる能力のある人を当社は求めている」。これが、手厚い育児介護の福利厚生制度に込められたメルカリのメッセージなのではないだろうか。
■副業推奨の裏側にあるもの
第3は「副業推奨」である。
昨今、社会情勢の移り変わりや、厚生労働省がモデル就業規則を副業容認の形に改正したことを受け、民間企業において副業解禁の動きが進んでいる。
ところが、メルカリにおいては「副業解禁」どころか、以前から「副業推奨」というスタンスをとっているのである。
「副業推奨」と聞くと「なんて自由な会社なんだ!」というイメージを第一印象としては多くの方が持つであろうが、踏み込んで考えると、「副業禁止」よりも「副業推奨」のほうが社員にとって厳しい制度であるという側面も垣間見ることができると私は感じた。
というのも、副業禁止の会社に勤めていれば、余計なことは考えず、会社から与えられた仕事を誠実にこなしていれば何の問題もないし、会社からも評価されるであろう。
もちろん個々の仕事の中で自ら考えなければならないことは出てくるであろうが、基本的には「仕事とは与えられるものである」「与えられた仕事をきちんとこなすのが私の役目」ということでよかった。
ところがメルカリが副業を推奨しているのは、副業を通じて「新しいビジネスのネタを探してきなさい」「新しい人脈を作ってきてください」「自らを成長させてください」という会社からのメッセージが込められていると考えられる。
実際メルカリ代表取締役の小泉氏は、ある対談の中で次のように語っている。
1つは副業して自分で表現できる幅を広げていくというか。いろんな会社とかビジネスに顔を出していくと、どんどんその人の価値って上がるじゃないですか。そうすると、それが会社への貢献として返ってくるだろうなということで、どんどん副業しなさいって言ってたんですね。(メルカリは「創業時から副業推奨」小泉氏が語る、個人が強くなることの価値と相乗効果 logmi 2018/01/27)
メルカリは社員が有料セミナーに参加した場合、レポートを共有することを条件に、セミナーの受講料を会社が全額負担する制度も運用している。
このように見ていくと、メルカリは副業やセミナーへの参加に自由を認めたり補助をしている反面、自ら考えたり提案をできない社員、新しい知識やスキルを身に付けようとしない社員は必要としていないということであろう。
■まとめ
メルカリの福利厚生は誰もがうらやむほど超ホワイトな制度が整っている。
しかし福利厚生が充実している面だけを見てメルカリへの就職を考えてはならない。主体的な働き方や、たゆまぬ成長が求められる会社であるという点を踏まえて、門戸を叩くことが必要であろう。
新卒社員でさえも横並び一線のスタートではなく、個人のスキルやバリューにフォーカスした個別の年収が提示されるという。
メルカリの超ホワイトな福利厚生制度は厳しい自律や成長が求められる対価と理解することもできるのではないだろうか。
【参考記事】
榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP