30万部突破した 乃木坂46の『乃木撮』はビジネスモデルを学ぶ宝庫だ (榊裕葵 社会保険労務士)

本稿においては、『乃木撮』が大ヒットした理由を3つの観点に整理して説明したい。

6月26日に発売されたアイドルグループ乃木坂46の写真集『乃木撮』が爆発的な売上を記録している。

講談社の販売担当者は「爆発的な勢いで売れており、緊急重版を決定しました! 発売2週間で30万部突破は、出版業界の常識を覆す歴史的偉業です」とコメントしている。(2018/07/13 日刊スポーツ)

乃木坂46の中心メンバー白石麻衣さんが今年2月に出したソロ写真集は今世紀最大のヒットと言われているが、半年弱で累計発行部数が31万部だ。それと比較しても2週間で発行部数30万部突破は驚異的なペースであることが分かる。

出版不況と言われて久しい中、なぜ『乃木撮』はこれほどの販売冊数を達成しているのか。その理由を分析すると、様々な業界のビジネスモデルに応用できそうなヒントが見つかった。

本稿においては、『乃木撮』が大ヒットした理由を3つの観点に整理して説明したい。

■「裏側」を見せることの価値

第1は、『乃木撮』がアイドルの「裏側」をテーマとした写真集という点だ。

アイドルは従来、テレビやステージ上で輝いているからこそアイドルであり、プライベートや素の姿を見せるものではないと考えられていた。

アイドルの写真集といえば、リゾート地などに行って、プロのカメラマンがポーズや表情にまでこだわり抜いて撮影するのが通常であろう。

『乃木撮』はこういった既成概念とは対極にある写真集で、メンバー同士が楽屋やプライベートでの様子を互いに撮影し、それを惜しみなく掲載している。

「普通では見られないはずの、トップアイドルの素の表情や私生活が垣間見られる」という希少性に、多くのファンの方が価値を感じたということではないだろうか。

このように「通常は見せない裏側を、あえて見せる」ことは多くのビジネスにおいて、商品やサービスの価値を高めることにつながる可能性が高い。

たとえばレストランで近年増えているライブキッチン。

レストランでは厨房は客席から見えない場所に設置されるが、あえて厨房を客席と同じフロアに作ったり、ガラス張りで見えるようにしているのがライブキッチンである。

ライブキッチンで調理をしているシェフの姿を見せることで、お客様に親近感を持ってもらったり、衛生管理面で安心感を持ってもらったりするための工夫がそこにはある。

料理の種類によっては、調理プロセスが一種のエンターテイメントとしての価値を持つこともある。

別の例を挙げるならば、航空会社のJALやANAである。両社は航空機の整備工場や格納庫の見学会を随時開催している。現在、日本の空にはJALやANAだけでなく、ジェットスターやピーチアビエーションをはじめ数多くのLCC(格安航空会社)が参入し、激しい運賃の価格競争が繰り広げられている。

JALやANAはコスト面ではLCCに対して不利であるが、機内サービスやラウンジなどの地上サービスの充実で価格に見合った価値を提供しようとしていることは周知のとおりである。

これに加え、JALやANAは整備工場や格納庫を見学会の形で航空会社の裏側を見せている。利用者に親近感や、しっかり機体整備をしているという安心感を持ってもらうことで、多少運賃が高くても自社の飛行機を選んでもらえるよう働きかけているのだ。

航空会社に限らず、自動車メーカーや食品メーカーなどをはじめ、自社の品質や安全へのこだわりを知ってもらうために一般消費者向けの工場見学会を開催している会社は少なくない。

■コストダウンを逆にプレミア感に

第2は、「コストダウンを逆にプレミア感や顧客満足度につなげている」ということだ。

ビジネスにおいてコストダウンを行った場合、商品やサービスの質を低下させ、満足度の低下につながるリスクが懸念される。

前述したように、『乃木撮』はメンバーが相互に自撮りをした写真集で、プロのカメラマンによって撮影されたものではない。

私も実際に『乃木撮』を購読したが中にはピントが合っていない写真や構図がまとまっていない写真もあった。

しかしながら、この写真集に「メンバーが相互に撮影した写真である」という前提条件が付くことで、「質の低い写真を使っている」という批判ではなく、逆に「臨場感が出ていて微笑ましい」という満足感につながった。

また、全ての写真に撮影者のメンバー名と、メンバーのコメントが添えられていることによってさらに満足感が高められた。

『乃木撮』ではプロのカメラマンを使わなかったことでコストダウンおよび写真の質の低下があるものの、そこに「メンバー同士の自撮り」というストーリー性を持たせることで、逆にプレミアが付きファンにとっては高い付加価値になっている。

このような「コストダウンやサービスの簡素化が、顧客満足度を高める」という事例は、身近なビジネスにも存在している。

たとえば最近の話で言えば、スターバックスコーヒーは全世界でプラスチック製のストローを廃止することを発表し話題となった。

ストローの代わりに直接口をつけて飲めるタイプの蓋を使うことにすると説明されているが、私を含め少なからずの方は「飲みにくくなりそうだ」と考えそうである。

しかしストローの廃止理由として、スターバックス社は自社の利益のためではなく、海洋汚染を防ぎ、地球環境を守るためであることを表明している。

だからこそ私はストローの廃止を批判なく受け入れることができたし、それどころか逆に共感し、自分もスターバックスを通じて地球環境の保護に協力できるという実感を持つこともできた。

もう一例を挙げるならば、再び航空会社の話である。

日本と米国や欧州を結ぶ長距離の国際線では、飛行時間は10時間以上となり、機内食は2回提供されるのが一般的である。

この点、JALのビジネスクラスでは2000年代中盤頃から、一斉に提供する機内食は1回だけとし、2回目以降の食事は注文があった場合のみ提供する形とした。

導入後のアンケートでは「好きなタイミングで好きなものを注文できる」「機内を自分のペースで過ごすことができる」と評判は上々だったようで、このサービス形式は現在も続いている。

また、2食目の食事はビジネスクラスらしい食事だけでなく、たこ焼き、カレー、ラーメンなどいわゆるB級グルメも用意されている。

B級グルメの原価は安いが、空の上でB級グルメが食べられるという珍しさがかえって斬新で、エグゼクティブの方にもファンが多いという。

■SNSでファンを巻き込んだマーケティング

第3は、SNSを活用した巧みなマーケティングである。

『乃木撮』は6月26日に発売されたが、これに先んじて4月6日にtwitterアカウント『乃木坂46写真集 乃木撮【公式】』が開設された。

公式twitter開設後から発売日までは、メンバーが交代で登場する10秒から30秒程度のショート動画が日々投稿され、その動画には『乃木撮』を予約するためのリンクが貼られている。

「推しメン(お気に入りのメンバー)」が登場したらリンクをクリックして予約する衝動に駆られてしまいそうな、まさにビジネス的には模範事例とも言えるようなtwitterの使いこなしである。

発売日が近づくと先行でいくつかのカットを公開し、発売日以降も反響をツイートしたり、メンバーが「自分のお気に入り写真はこれ!」というツイートしたりと、さらなる販促に努めている。

そして以下のようなファンを巻き込んだ戦略は、WEBマーケティングとしてはもはや「お見事!」としか言いようがない。

7月14日~16日の3日間だけ、特別に乃木撮の中のお気に入り写真を、1人1枚限定でネットにアップOKです!(2018/07/14 乃木坂46写真集 乃木撮【公式】twitter)

リアルで物やサービスを売るためにSNSを活用する手法は、様々なビジネスモデルにおいて活用することができる。

私事で恐縮であるが、私は知床の自然が好きでたびたび知床を訪れるのだが、現地では「北こぶし知床 ホテル&リゾート」というホテルにお世話になることが多い。

こちらのホテルではフェイスブックページを運用しているが、ホテルの宿泊プランなどはまったくと言っていいほど宣伝をしていない。そのかわり、四季折々の知床の自然や動物の写真、イベントの状況、道路の開通状況など、現地の様子や旅行者に有益な情報をリアルタイムで提供している。

その投稿に宿泊者やホテルのファンがコメントしたり、写真がシェアされたりして、まったく営業色を出していないのに、おのずとホテルのブランディングに貢献することになる。

■まとめ

近年は物やサービスが売れず、コストダウンの圧力が激しいということを様々な業界において耳にする。

しかしそんな時代だからこそ、物やサービス自体を売ろうとするのではなく、買い手の心に訴え、精神的な意味において満足度をいかに高めるかという部分に成功のヒントがある。『乃木撮』の写真集はそれを証明したのではないだろうか。

【参考記事】

榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP

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