ソニーのPC事業売却の意義を、固定費というキーワードで解説してみた。 (岡崎よしひろ 中小企業診断士)

大規模なリストラが発表されると『固定費』の削減効果といった事が言われます。どうして単に『費用の削減』と言わずに『固定費の削減』と言うのでしょうか?これには意味があるのですが、ちゃんと説明できますか?

少し前になりますが、ソニーがPC事業を売却するといったニュースが報じられました。VAIOという一世を風靡したブランドがソニーから売却されてしまうことから、なんだか一つの時代が終わったようなさみしい気持ちになった人もいるかと思います。

ところでこういった大規模なリストラが発表されると『固定費』の削減効果といった事が言われます。どうして単に『費用の削減』と言わずに『固定費の削減』と言うのでしょうか?これには意味があるのですが、ちゃんと説明できますか?

■費用をかけてリストラする

ソニーの報道資料「PC事業及びテレビ事業の変革について」(2014年02月06日)によると以下のように発表されています。

テレビ事業、PC事業、販売、製造、本社間接部門における上記施策の実施にともない、2014年度末までに約5,000名(内、国内1,500名 海外3,500名)の人員減を見込みます。

また、これらにともなう構造改革費用としては、2013年度に、約200億円※3を追加し、2014年度には約700億円を見込んでいます。これら今回追加実施を決めた構造改革がもたらす2015年度以降の固定費削減効果は、年間1,000億円以上を見込んでいます。

この文章からは、2013年度と2014年度にそれぞれ200億円と700億円の費用をかけ、2015年度以降の固定費を年間1,000億円以上ずつ削減すると言っています。つまり、「今回のリストラには費用がかかるけれど、実施すれば固定費が減らせるよ」と言っているわけです。

どうでしょうか?費用をかけてでも固定費を削減したいという言い方です。どうやら固定費は特別な費用のような気がしますよね。

■生産台数を変えて考えてみよう

固定費が特別であるという事を説明する前に、PCを組み立てている事業について単純化した例を考えてみます。今回の例の前提条件として、工場の維持費として年間100万円、PC1台当たりの材料費は1万円かかるとします。(これ以外の費用は発生しないこととします。)

まず、この工場が一年間にPCを100台生産した場合のPC1台当たりの原価を考えてみたいと思います。今回のケースでは、PCの材料費が1万円×100台=100万円となります。材料費は作る台数が増えればその分増加していきますよね。一方、工場の維持費は前提条件で言っている通り、年間100万円となります。

上記より、今回のケースのPC1台当たりの原価は【(材料費100万円+工場の維持費100万円)÷100台】で計算できます。結果は一台当たり2万円となります。

他方、この工場が一年間にPCを1台しか生産しなかった場合も考えてみます。この場合、PCの材料費は1万円×1台=1万円ですね。でも、工場の維持費は前提条件で言っている通り、100万円のままです。このことから、PC1台当たりの原価は【(材料費1万円+工場の維持費100万円)÷1台】で計算して一台当たり101万円となります。

なんだかすごく差が出てしまいましたね。製造量が少なくなるとPC1台あたりの工場の維持費の負担分が増えています。どうやら、工場の維持費とPCの材料費には根本的な違いがありそうです。

■生産量に比例して発生する費用と比例しない費用

今回の例では、PCの材料費は生産量に比例して発生しています。1台生産すれば1万円ですし、100台生産すれば材料費は100万円となります。こういった実際の操業度に比例して発生するような費用を変動費と言います。文字通り、工場の稼働量や企業の活動量に比例して変動する費用といったイメージです。(用語の詳しい解説は「変動費」コチラです)

これに対して、工場の維持費はどうでしょうか?PCを1台生産しても、100台生産しても発生する工場の維持費の総額は同じ100万円です。このように、実際の操業度に関わりなく発生し続けるような費用を固定費と言います。こちらは文字通り企業活動の多寡に関わりなく固定的に発生する費用ですね。(用語の詳しい解説は「固定費」コチラです)

最初に書いた『費用の削減』と『固定費』の違いはココになります。単に『費用の削減』をする場合、企業の活動を減らせば変動費は確実に減るので簡単に実現することができます。上の例でPCの生産量を100台から1台に減らした時、総費用は200万円から101万円まで劇的に削減できましたよね?但し、このような事はあまり意味が無いどころか有害です。

そのため単に『費用の削減』というのではなく、『固定費』の削減と言うのです。(製品1台当たりの変動費を減らす『変動費』の削減も理屈としては考えられるのですが、あまり言われません。)

■固定費を減らすと

さて、固定費が減るとどのような効果が生まれるでしょうか?固定費の削減を実施すれば一般的に売上の減少に強くなると言われています。何もしなくても発生する費用を減らせるわけですから、売り上げが減っても会社が損しにくくなるというイメージです。

(固定費を減らすと変動費が増える事にもつながりかねませんが、話が複雑になりますし、一般的には固定費の削減によって損益分岐点売上高が下がるという効果が見込めるので今回は触れません)

■人を減らして固定費を削減すれば万事うまくいくのか?

今回のソニーのリストラは5,000人の人員削減を行って固定的に発生する費用1,000億円を削減するという事です。これなら多少売り上げが下がっても平気になりそうですし、売り上げが増えれば儲かりやすくなりそうです。

と、机の上で考える数字合わせとしては成り立つのですが、リストラにはもちろん負の面があります。

人員の削減を実施されれば、社内からのノウハウの流出やブランド価値の棄損、従業員の士気の低下など様々な悪影響が発生する事は当然考えられますよね? そのため、大規模なリストラという方策は、なかなか机の上で考えた数字の通りにいかないケースが多いのです。

《参考記事》

中小企業診断士 岡崎よしひろ

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