外国人労働者の受け入れより日本人労働者の賃上げを! (塚崎公義 大学教授)

企業経営者の幸せだが労働者と日本経済の不幸せ
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政府は、新たな在留資格を創設して、外国人労働者の受け入れ枠を拡げる方針です。農業、介護、建設、宿泊、造船の5業種が想定されていて、5分野で2025年ごろまでに50万人超の受け入れを見込んでいるようです。これは、企業経営者の幸せと、労働者の不幸せと、日本経済の不幸せをもたらす愚策だと筆者は考えています。

■バブル崩壊後の長期低迷期の問題は労働力余剰

バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済は失業問題に苦しみました。失業者の存在自体が大問題ですし、そのせいで失業対策が必要となり、財政赤字が拡大しました。

失業者がいつでも雇えるという安心感から、企業は正社員を非正規労働者に置き換えました。それにより、正社員になれずに非正規労働者として生計を立てざるを得ない「ワーキング・プア」が増えました。

「失業したりワーキング・プアになったりするよりは、ブラック企業で働いた方がマシだ」と考える労働者が多数いるので、企業が労働者を酷使してブラック化するインセンティブを持つようになりました。

企業は、生産性を向上させるための省力化投資を怠りました。安い労働力が使えるので省力化投資を行う必要が無かったからです。これにより日本経済の生産性は伸び悩みました。

■労働力不足が流れを逆転させた

アベノミクスによる労働力不足が、こうした流れを逆転させました。失業者が減り、働く意欲と能力のある人は原則として誰でも働けるようになりました。そこで、失業対策の公共投資が不要になりました。もっとも、東北の復興や東京オリンピックといった公共投資は引き続き必要ですが。

労働力不足が深刻化し、非正規労働者の時給が上がってワーキング・プアの生活が多少はマシになりつつあります。また、労働者を囲い込むために非正規労働者を正社員に登用したり、任期を定めない労働者として雇ったりする企業も増え始めています。

ブラック企業も減り始めたと信じています。というのは、ブラック企業からは労働者が容易に抜けてホワイト企業に転職できるようになったからです。

日本企業は、省力化の投資を積極化し始めました。これにより、日本経済全体の効率性が高まり、労働力不足でも経済の成長が可能となるはずです。

■企業経営者の幸せだが労働者と日本経済の不幸せ

企業経営者にとっては、労働力不足は困った問題です。「賃金を上げないと必要な労働力が確保できないのは嫌だから、外国人労働力を受け入れてくれ」と政府に陳情したのでしょう。それはわかります。

しかし、それでは労働者はたまったものではありません。外国人労働者を受け入れなければ賃金が上がったはずなのに、上がらなくなってしまうのですから。日本経済にとっても、省力化投資で労働生産性が上がると期待していたら流れてしまった、というわけですね。

ワーキング・プアが増え、ブラック企業が生き延びるようになるということも、大きな問題です。もしかすると、将来景気が悪化して失業者が増えた時に、失業対策の公共投資が必要となるかもしれません。「不況になったから外国人労働者は帰国しろ」とは言えませんからね。

結局、せっかく労働力余剰が労働力不足になった効果を、すべて打ち消すことになりかねないのです。今回の50万人だけであれば影響は限定的かもしれませんが、こうした制度は一度作られると100万人、200万人と容易に増員されていきかねませんから。

そもそも「不足」という言葉が気に入りません(笑)。悪いこと、というニュアンスの言葉ですから。正反対の視点から「仕事潤沢」とでも呼ぶべきです。誰か、センスのある人が、良い言葉を考えて流行らせてくれることを期待しています。

労働者、労働組合、そして労働者の味方を標榜している政党は、外国人労働者の受け入れに強く反対すべきです。

■値上げをして賃上げをすれば労働者は集まる

建設、宿泊に関して言えば、経営者は、労働者が集まらないならば、賃上げをすれば良いのです。「値上げをして賃上げをして労働者を確保する」のか「値上げも賃上げもせず、労働力不足で客の一部を取り逃がしても仕方ないと諦める」のかを選べば良いのです。

ライバルも労働力不足で苦しいのですから、値上げをすれば追随値上げをしてくるかもしれません。ライバルが追随値上げをして来なければ、高い時給でライバルから労働者を引き抜きましょう。そうすればライバルは労働力不足で客を取り逃がすでしょうから、その分の客を取り込めば良いのです。

造船に関しては、ライバルが外国企業なので、国際競争力の問題が絡んで来るかもしれません。現在の為替相場で利益が出せず、賃上げが出来ないのであれば、それは日本の造船業にもはや国際競争力が無いということでしょうから、比較劣位産業として撤退しても良いのかもしれませんね。

農業に関しては、労働力不足ならば外国から農産物を輸入すれば良いのです。食料安全保障を気にする必要はありません。米国等が食料の輸出国ですから、日本が食料を輸入できないといった事態は想定しにくいからです。

介護は介護保険料を上げて介護労働者の待遇を改善する必要があります。「国民が介護保険料の値上げを嫌がるから、介護労働者に厳しい仕事なのに安い給料で我慢させる」のは正しいやり方とは思われませんから。

■日本のGDPを守るための外国人受け入れはナンセンス

「日本の人口が減っていくとGDPが減ってしまうので、それを防ぐためには外国人労働者を受け入れる必要がある」、という人がいますが、それはナンセンスです。重要なのは一人当たりのGDPであって、日本列島のGDPではありませんから。

極端な話、数百年後に日本人の人口が10分の1になり、日本のGDPが10分の1になったとして、何も困りません。一人当たりGDPが減らなければ、生活水準は落ちないからです。

一方で、日本のGDPを守ろうとすると、日本に住む人の10%は日本人で90%は外国人だということになりかねません。それが我々が望む将来の日本列島の姿なのでしょうか。筆者はそんな日本は望んでいませんが。

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塚崎公義 久留米大学商学部教授

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