みんなに知って欲しい、耳が聞こえない人が感じている5つのこと

私は頭が悪いわけでも、礼儀を知らないわけでもありません。
Shari Eberts

耳が聞こえないというのがどういうことなのかを伝えるのは難しい。はっきりと話せないし、大きな物音に敏感になります。コミュニケーション量の多さに疲労困憊してしまうこともあります。

難聴は目に見えない。だから、誤解されたり、軽視されたり、無視されたりすることさえあります。時には身近な人たちからも。

聞こえないというのはどういうことなのかを理解するかしないかで、考え方が大きく変わると思うんです。だから難聴について、この5つのことをみんなに知ってほしいと思っています。

1. 耳が聞こえないというのは、とても疲れること

耳の聞こえない人にとって、聴くというのは仕事です。これを理解してもらうのは難しいかもしれません。耳の聞こえる人にとって、それはとても自然なことだから。

クイズ番組「ホイール・オブ・フォーチュン」を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。単語やフレーズの一部が隠されていて、わかっている部分を手がかりに、その単語やフレーズを当てるゲームです。耳の不自由な人は、聴こえた音をつなぎあわせて、会話の文脈にあう単語やフレーズに変えていきます。しかも、この作業をしている間も会話は続いています。とても大変な作業なんです。

2. 頭が悪いわけでも、礼儀を知らないわけでもない

時々、質問にきちんと答えなかったり会話のポイントを理解していなかったりするかもしれないけれど、私は頭が悪いわけではありません。ただ聞き違えただけなんです。挨拶や「すみません」という言葉にこたえなくても、無視しているわけではありません。ただ聞こえなかっただけなのです。

3. 補聴器は、眼鏡のように動いてはくれない

眼鏡をかけると、ぼやけた画像がくっきりと鮮明に見えるようになります。でも補聴器は違います。補聴器は音を増幅してくれますが、音は大きくなるだけで、必ずしも鮮明になるわけではありません。時には、声と雑音を識別できず、冷蔵庫やエアコンの音を拾って大きくすることもあります。そうなると、ますます聴くのが困難になります。

4. 代りに話してくれなくても大丈夫

私は子供でも病人でもありません。誰かが私に質問していて、それが私に聞こえていないようであれば、質問を繰り返して下さい。そうすれば自分で答えます。代って答えられると侮辱されたようで、屈辱的な気持ちになります。

5. 話す時には

耳が聞こえない人に話すときは、向かい合って唇の動きが見えるようにしてください。別の部屋から話しかけないようにしてくれれば嬉しい。そして話す前には注意を引いて下さい。

私は相手の言っていることを聴きたいと思っているし、そのために最善を尽くします。お願いしたように話してくれれば、相手も同じように感じているんだということがわかります。

ハフポストUS版に掲載された記事を翻訳しました。

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手話であいさつされる佳子さま

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