森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。
4月14日の午後9時26分、熊本県を中心とした最大震度7の地震が発生し、この地震の後、余震活動が活発に続いている中で、4月16日午前1時25分には、一連の地震の本震とされる大地震が再び熊本県とその周辺を襲いました。こうした地震活動は、山腹崩壊などを招いて森林・林業にも大きな打撃を与えました。
被災地の山や森は今、どうなっているのでしょうか。現場で調査を続ける森林総合研究所九州支所の黒川潮・山地防災研究グループ長から、この地震による被害の特徴などを報告してもらいました。
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4月14日に発生したマグニチュード6.5の地震を受け、林野庁、九州森林管理局、熊本県と連携して林地被害に関する調査を実施することとなり、翌15日午後にヘリコプターによる上空からの被害状況調査を実施した。
約2時間かけて熊本県内の他、隣接する大分、宮崎の県境付近を飛行し、林地災害の発生状況について確認を行ったところ、震度7を記録した熊本県益城町を中心として家屋等の損壊は発生していたが、林地斜面においてはこの時点で特段の変状は見られなかった。
林業関係被害は約395億円
しかし16日未明に前震を上回る規模でマグニチュード7.3の本震が発生したため、翌々日の18日に再度ヘリコプターによる上空からの被害状況調査を実施することとなった。
約4時間半にわたり熊本県、大分県西部、宮崎県北部を飛行し、林地災害の発生状況について確認を行った結果、熊本県阿蘇市および阿蘇郡南阿蘇村周辺の国有林、民有林地において特に多くの山腹崩壊が見られた。
このほか熊本県内では菊池郡大津町や菊池市周辺においても山腹崩壊および下流域に土砂が流出している状況が確認され、さらに隣接する大分県の由布岳や宮崎県内においても山腹崩壊、崩壊地の拡大が確認できた。
●南阿蘇村立野地区で起こった大規模山腹崩壊。阿蘇大橋が落橋した
2回の上空からの被害状況調査により、今回の熊本地震における林地での大規模な山腹崩壊は、4月16日の本震によって発生したと考えられる。林野庁のまとめによると、林業関係の被害は鹿児島県を除く九州6県から報告があり、433カ所の山腹崩壊が確認されている。
また林道への被害も1686カ所にのぼり、各地で寸断されている状況である。その他、流出した土砂等による立木への被害、木材加工施設やきのこ栽培施設の破損等の被害も確認されており、被害額は総計395.4億円に及んでいる(7月13日現在)。
確認できた様々な崩壊形態
熊本地震を起因とする林地での山腹崩壊は、阿蘇外輪山の西側斜面から宇土半島の先端に至る布田川断層帯およびその東方延長部周辺において多発した。地質としては主に輝石安山岩溶岩層、阿蘇火山灰土層、黒ボク土層で発生しており、植生としては人工林、天然林のいずれにおいても発生していた。
山腹崩壊の形態は表層崩壊、深層崩壊、急勾配斜面の崩壊、緩斜面の崩壊、岩盤の崩落、土石流等があり、様々な現象が確認できた。その中でも特徴的なものは、外輪山内側の北西~西側カルデラ壁における急勾配斜面で発生した崩壊と、阿蘇カルデラ内の中央火口丘群の山腹で見られた緩勾配斜面における崩壊である。
●阿蘇市狩尾地区の山腹崩壊。尾根の草原から発生した
北西~西側カルデラ壁における急勾配斜面での山腹崩壊は、斜面の一番てっぺんに位置する尾根から発生していることが多かった。地震動に対しては、尾根部分が大きく揺さぶられるため、そこから山腹崩壊が発生することが知られており、今回の熊本地震でも同様の傾向が見られた。
阿蘇地域における土地利用の特徴として、山地斜面の尾根部分に草原が広がり、中腹以下に森林が存在している形態がよく見られる。そのため、草原部分の急勾配斜面の崩壊により発生した1メートル以上の大きさの落石が、斜面下部に立地する森林の中で止まっている例も見られた。
●森林内で止まった落石
山腹崩壊は勾配30度以上の急傾斜地で発生することが多いが、中央火口丘群の山腹では、それよりも緩い勾配20度程度の斜面においても発生している事例が数多く見られた。また、崩壊した土砂は数メートル程度の土塊となって移動しているものが見られた。
大雨には今後も警戒が必要
現地調査において見られた特徴的な林内の状況として、上空から確認することができなかった地表面における多数の亀裂が挙げられる。現地調査を行った箇所において発生していた亀裂の幅は最大1メートル、深さ1.5メートル、上下方向の段差が80センチメートルあった。
亀裂が存在することによる林地への被害は深刻で、倒木等の直接的な影響は現在のところ見られないが、生育の基盤となる森林土壌には流出の恐れがあり、今後の植林に支障を及ぼすことが考えられるなど、大きな問題が生じている。
結果として山腹斜面が不安定な状態となっており、弱い地震でも崩壊地が拡大する可能性がある。加えて今後想定される豪雨や台風によって、雨水の地中への浸透が亀裂を通じてこれまでよりも促進されることとなるため、新たな山腹崩壊が発生する危険性が地震直後から懸念されていた。
●上空から確認できなかった亀裂が広がった林内の状況
6月19日から30日にかけて、梅雨前線の影響で西日本を中心に大雨となった。期間内の総降水量は熊本県南阿蘇村阿蘇山で1053.5ミリメートル、阿蘇市阿蘇乙姫で943.5ミリメートルを観測するなど、10日間で6月の月降水量平年値を大きく上回っており、被災地周辺で特に激しい雨となった。
この記録的な大雨により九州各地で土砂災害等が発生し、熊本県で死者6人、福岡県で行方不明者1人の人的被害が発生した。林業関係でも183カ所の山腹崩壊の他、436カ所の林道被害、苗木および苗畑施設の浸水被害等が発生し、熊本県では新たな被害額を76.3億円と推計している(7月11日現在)。
これまでに述べたように、林地には地震による多数の亀裂が存在しており、今回の大雨によって崩壊地の拡大とともに新たな山腹崩壊が発生していたことから、林業被害の拡大には今後も十分に警戒する必要がある。