森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化、エネルギーなどの話題を幅広く発信しています。12月号の「環境ウォッチ」では、環境ジャーナリストの竹内敬二さんが、衆院選をふりかえって、今後の課題を指摘しています。
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10月の衆議院議員選挙は、野党の合流、分裂に目を奪われているうちに自由民主党の圧勝で終わった。政策論争は低調で、エネルギー、環境の分野では重要なテーマが置き去りにされた。今後何を議論すればいいのだろうか。
野党は軒並み「将来は脱原発」
今、エネルギー分野での最大の懸案は原発だ。再稼働をどうするのか。原発を新設するのか。核燃料サイクルの実用化を目指すのか。まさに問題だらけだが、自民は「安全性が確認された原発は再稼働する」と強調して選挙を戦った。自民の圧勝で、「もっと再稼働を」という要求が強まるかもしれない。
しかし、圧勝とはいえども「原発の新設」の議論へ踏み込むのは難しいだろう。政府は当面、新設の議論を避け、現行のエネルギー基本計画にある「2030年に原発で20~22%の発電を」という目標を強調すると思われる。
あまり話題にならなかったが、今回の選挙では、原発についての各党の公約が、極めて興味深かった。それぞれの意見が明確で、多くの野党は将来の脱原発を目指す立場だった。
例えば公明党は、与党だが原発の新設を認めない。そして時期は示していないものの、原発ゼロ社会を目指すという。自民とは全く異なる立場だ。
希望の党は、数字を示して「2030年までの脱原発」を目指す。日本維新の会は既存の原発、既存の政策に批判的だ。立憲民主党もはっきりと脱原発で、「原発ゼロ基本法を定める」としている。日本共産党は「原発ゼロの政治決断を行う」。社会民主党は以前から原発反対だ。
一見して「自民以外はこんなに原発に厳しかったのか」と驚く。原発に批判的な民意の反映だろう。各党がこれほど明確な意見を持つのなら、十分に選挙の争点になる。
選挙後も本気で公約を守るか?
ただ、これらは選挙公約である。日本社会全体の議論につながるには「本気度」と、今後も同じ主張を掲げる「継続性」が問われる。朝日新聞は選挙後に当選者にアンケートを行っているが、希望の党では当選者のうち「再稼働反対寄り」の意見をもつ人は29%だけだった。公約は「原発ゼロ」だが、議員個人のレベルで見れば、それほど原発に厳しくはなかった。また同党は「12のゼロ」を掲げたが、「原発ゼロ」の他には「花粉症ゼロ」や「電柱ゼロ」「満員電車ゼロ」などが並んでいる。かなり性質が異なる項目が「ゼロ」という語呂合わせで同列に扱われた。
各党とも「公約だから、選挙が終わったからチャラ」という姿勢では困る。内実のある、論争に耐える原発政策を作ってほしい。
これまで「原発への意見は国政選挙での投票行動に現れない」といわれてきた。どうしても経済や福祉など他のテーマに隠れてしまう。
しかし、今回、原発が主要な争点になった小選挙区があったのも事実だ。新潟県ではさまざまな理由から、六つの小選挙区で「自公」対「野党」の一騎打ちの形になった。最大の争点は東京電力・柏崎刈羽原発の再稼働などの原発問題だった。
その結果、四つの選挙区で野党が勝った。自民が勝った二つのうち一つの当選者は、新潟県知事時代に政府の原発政策に批判的な姿勢をとった泉田裕彦・前知事だった。
原発政策は日本のエネルギーの形、国の形さえ決める重要なテーマだ。日本全体を巻き込んで議論し、選挙で民意を問う時期に来ている。それを、多くの選挙区で「与党対野党」の一騎打ちの形でやれないものか。
対策はカーボンプライシングで
エネルギー・環境分野で、もう一つの大テーマは地球温暖化だ。2015年12月に、対策の国際枠組みとしてまとまった「パリ協定」は、各国に長期戦略の作成と提出を求めている。
ところが、日本は、作成を担う環境省と経済産業省の考えが全く異なっており、作成が遅れている。温暖化の問題も、選挙ではほとんど議論されなかった。日本の基本的な立場は「2050年までに温室効果ガスの排出80%削減を目指す」だ。昨年5月に閣議決定された。
環境省は国内でその8割を減らそうとしている。2050年での国民一人当たりの排出を現在の8割減の年間2tにすることを目指す。キーワードはカーボンプライシングだ。排出量取引や炭素税など、二酸化炭素(CO2)に値段をつけ、排出に費用がかかるようにする。そうすればじわじわと省エネが進み、脱炭素社会の進行で、経済も成長する、としている。2016年時点で約40の国と20以上の地域が導入している。
一方、経産省は、カーボンプライシングは二酸化炭素を多く出す発電所や鉄鋼会社への負担が大きく、国益を損なうとして反対している。国内での8割減は無理なので、海外への投資や日本の省エネ技術を普及させ、世界全体の削減を促進する立場だ。
この議論が2018年の年明けから本格化する。温暖化の対策で環境省と経産省が対立するのはいつもの風景だが、その中で、結局、日本では、1997年の京都議定書採択以降も、排出量取引や炭素税はまともに導入されなかった。
その間、日本社会の省エネ度はずるずると後退している。社会の省エネ度をはかる「炭素生産性」という指標がある。「CO2を1単位排出することで、どれだけのGDPを生むか」である。これが高いほど経済の効率が高い。これについて環境白書は「日本は1990年代半ばでは世界最高水準だったが、2000年頃から順位が低下し、世界のトップレベルの国々から大きく差が開いている」と指摘している。
京都大学の諸富徹教授は「カーボンプライシングが経済に悪影響を与えた事例はない。逆に、導入した国で炭素生産性の向上、経済成長が観察される」として、「日本もCO2を大量に排出する産業への配慮など慎重な制度にした上で、導入を考えるべきではないか」と話す。
日本の温暖化対策には特徴がある。一つは経済社会の在り方を変えるような「大きな削減の仕組み」を導入しないこと、もう一つは米国が気を抜いた途端にやる気をなくすことだ。現在も、今年発足したトランプ政権が「パリ協定離脱」を決めたため、やる気をなくしたままのようだ。パリ協定など国際的な枠組みを積極的に支え、国内対策を進めてこそ、国際社会の信頼も得られるのだが。