注目浴びる落ち葉堆肥農法/埼玉県南部で「世界農業遺産」へ認定申請/ドキュメンタリー映画「武蔵野」を製作中

未来の農業を学ぶ上で最重要な地域だ。

森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化、エネルギーなどの話題を幅広く発信しています。1月号ではジャーナリストの藤原勇彦さんかた、埼玉県で連綿と続いてきた落ち葉堆肥農法の今を、報告してもらいました。

埼玉県南部の武蔵野台地で300年以上にわたって行われている、落ち葉を堆肥にした循環型農業が、最近改めて注目を浴びている。一つは、農の仕組みを後世に伝える「世界農業遺産」への認定申請がなされたことで。

もう一つは、伝統的農業にいそしむ人々を追いかけたドキュメンタリー映画「武蔵野(仮題)」の舞台として。角度の違う二つの光が、首都圏の一角にあるこの地域で受け継がれてきた〝持続可能な社会〞の貴重さを、照らし出している。

市民参加で行われた三冨新田の落ち葉掃き大会

「世界農業遺産」は、地域の環境に即して営まれ、固有の文化と生物多様性に優れた伝統的農業を、システムとして次代に継承するため、国連食糧農業機関(FAO)が認定する制度。国内で佐渡や能登など8地域、世界で36地域が認定されている。

2016年9月、地元自治体や農業関係者で構成する「武蔵野の落ち葉堆肥農法世界農業遺産推進協議会」が、所沢市、川越市、ふじみ野市、三芳町にまたがる144haの畑地と43haの平地林を認定申請した。2年前に三芳町が単独で申請したが、地域設定の整理が不十分だったことなどのため、国内候補から漏れた。しかし、その後三芳町から周辺自治体への積極的な働きかけもあり、地域を広げて今回の申請に至った。

未来志向の生きた遺産

この地域は、武蔵野台地上の水も養分も少ない火山灰土の草原だった。そこに1600年代から落葉広葉樹の植林が始まり、ヤマと呼ばれる平地林(雑木林)を育成、その落ち葉堆肥で土壌を改良し、安定的な農産物の栽培を行ってきた。

整然とした短冊形の地割りにコナラ、クヌギなどの平地林と畑、屋敷地を配した川越藩の開拓地「三富新田」がその典型で、2009年には朝日新聞社と森林文化協会が選んだ「にほんの里100選」の1カ所となり、申請地域の中心にもなっている。

現在は、地域内に約80軒の落ち葉堆肥農法実践農家がいて、「川越いも」「富の川越いも」と呼ばれる各種のサツマイモや、サトイモ、ダイコン、ニンジン、ホウレンソウ、コマツナなどを、質量ともに認められる特産品として生産している。

今回の申請に当たっては、研究者も加わって、地域の特徴の見直し作業が行われた。その結果、畑は落ち葉堆肥を鋤き込むことにより、土の通気性や通水性が良くなる。有機物が補充され微生物の働きが活発になり、連作障害が起こりにくくなる。

毎年の落ち葉掃きにより林床が管理された明るい平地林は、自然林とは異なる生き物の良好な生息環境を提供し、希少なランや早春のチョウ、猛禽類など絶滅危惧種の動植物も多い。落ち葉堆肥や落ち葉苗床の作り方、落ち葉掃きの熊手やかご、サツマ団子やうどんなどの食べもの、正月飾り、祭り、郷土芸能など、農とつながる独自の文化も地元に豊富だ。

薪炭から石油へのエネルギー転換と都市化に伴う土地需要や相続税の高騰が、平地林の荒廃・減少を招いてはいる。しかし、伝統農業と自然環境保全の一定の共存は、砂漠化対策などのモデルとして世界の農業システムの将来に可能性を与える。

平地林の木々の二酸化炭素固定作用もあわせ、「持続可能な社会」が今も生きた形で受け継がれ、未来の農業を学ぶ上で最重要な地域だ――と結論づけている。

協議会では、「認定に向けた取り組みを通じて、未来志向の生きた遺産システムとして継承してゆく枠組みを作りたい」としている。現在、農林水産省による一次審査を通過し、今後は現地調査などを経て、2017年3月頃には国内選考の当否が決まる予定だ。

家族農業の価値を伝える

この世界遺産申請地域や周辺で生きる人々の実相を、ドキュメンタリー映画に記録しようとしているのが、長年、一次産業の現場を題材にしてきた原村政樹監督だ。昨年公開された前作の「無音の叫び声」では、山形の農民詩人・木村迪夫さんを主人公に、戦争で父を亡くした家族の戦後70年と、自然があってこそ生かされている人間のありようを見つめた。

「武蔵野」では、落ち葉堆肥農業に携わる人々を通じて、「自然環境と人間の関わりをさらに突き詰め、戦後の農業の変化に対し、家族農業が守ってきたものの価値を伝えたい」と考えている。

きっかけは3年前のNHK・BSの番組「新日本風土記」の取材で、川越市の農家を訪れたことだった。この地域に伝わる伝統的農法の魅力に心を動かされ、その後、放映をきっかけに知り合った、特徴のある地元農家などを軸にカメラを回した。

サツマイモ栽培の伝統的農法にこだわり、種イモから落ち葉堆肥の発酵熱を利用した苗床で苗を育てる農家。都市住民を引き込んで交流しながら、森を守ろうとする農家。「親父が、なんか楽しそうに落ち葉掃きをしていたから」と、自然に農業後継者になった30 代の若手農業従事者。

どの農家も「せっかくあるんだから使わなきゃ」「別にたいしたことをしてないよ」と言いながら、家族総出でヤマ掃きをし、堆肥作りにいそしむ。サラリーマンの家からやってきた息子の妻が、いつの間にか「ご先祖様に感謝します」と素直に言葉に出すようになるのは、受け継がれてきたものの重みだろうか。

「農家では、家族が自然の中で一緒に働き、作物を育てながら、多様な体験をしている。それぞれに個性的であり心の豊かさを感じる」と原村さんは言う。それらの家族農業が訴えかけるのは、「目先の利のために伝統的生業をなくしてしまっている現状の見直しであり、大規模化や効率を追いかけてきた農業への疑問であり、自分を生かしてくれる先祖への思い、自然への恐れ」ではないか、とも語る。

映画は現在も撮影中で、すでに70時間以上の素材が集まっており、並行して編集作業に入っている。農作業のほか、地域の森の魅力、木肌の美しさ、野草、キノコ、雪、紅葉、落葉などの自然描写、四季の移り変わりを取り込んで、2時間程度に収めたいという。公開は2017年秋を予定。映画には、近隣の農業関係者による応援団もできた。「映画『武蔵野』製作委員会」が立ち上げられ、多くの「市民プロデューサー」も協力している。

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