岐阜の木枡、ニューヨーク五番街やMoMAで人気

岐阜県大垣市は、木枡で全国80%以上のシェアを持つ一大産地だ。

日本固有の酒器のひとつ「木枡」は、祝い事などで日本酒を飲む際には欠かせないものだという方も少なくないはず。岐阜県大垣市は、その木枡で全国80%以上のシェアを持つ一大産地だ。現在もそのシェアを5軒の枡メーカーが製造している。

そのうちの一つ、大橋量器は新商品の相次ぐ投入や積極的な海外展開を行い、ニューヨークきっての目抜き通り・五番街に出店するファッションブランド「ポール・スミス」では、同社のカラー枡が1個50ドル(約6000円)で販売され、人気を集めた。

そして、今年1月からはMoMA(ニューヨーク近代美術館 / The Museum of Modern Art, New York)のミュージアムストアでも同社の商品の取り扱いが始まり、注目が集まっている。

WEB上のMoMAストアでもすでに販売されている。

日本の伝統的な枡を世界の中心・ニューヨークで販売するのが夢だったという同社・大橋博行社長は、現地で地場産業の海外展開支援を行うフォーカスアメリカコーポレーションの蟬本睦氏と連携し展示会への出展や営業展開を行ってきた結果だという。

今回のMoMAミュージアムショップでの商品採用の決め手について蝉本氏はこう語る。

「MoMA Design Storeという名前のとおり、MoMAはデザイン性にすぐれた商品をキュレーションしていると思います。ただ、単にデザイン性といっても、商品がもっているコンセプト、価値、機能性なども問われます。釘の1本も使わず、伝統的な木と木を組み合わせる枡の製法の巧みさ。そして材料は、建材の製材過程で出る端材という、100%ナチュラルでエコな商品というユニークさが評価されたと思います。」

アメリカでは、徐々に認知が高まっているものの、日本酒はまだまだメジャーなものではないし、まして枡で日本酒を飲むという習慣は広く知られたものでもない。一見無謀とも思える海外展開にこだわってきたのはなぜか?大橋氏はこう語る。

「当社にとって海外展開は、今は使われなくなりつつある木枡の地位向上の中心戦略です。私が常に掲げている<枡を粋でかっこよく!枡をエンターティナーに!>を実現させる為に海外に打って出ることが重要です。日本では酒器・祝杯ですが、海外では、海外の事情に合わせた商品開発や提案が不可欠で、それが枡の今後の可能性を広げると思っています。つまり当社の生き残り、枡の勝ち残り戦略なんです」と言い切る。

この5年間でアメリカだけでなく、パリやフランクフルトなどヨーロッパでの展示会へ出展や商談にも積極的に取り組んでいる大橋氏。今後の展開については「引き続きアメリカとヨーロッパ市場を中心に海外展開を考えています。今年前半も、パリやフランクフルト、3月にはシカゴと欧米の展示会中心に先ずは展開をしていきます。また、アジアでは香港や台湾等の受け入れられやすい地域への展開を考えています」と意気込む。

実は枡が、日本酒を飲む酒器として使用されるようになったのは、この50年あまりのことだ。1000年以上前から「はかり」として使用されてきたが、明治の度量衡の変更でイッキに位置づけが変わる。大手酒造が枡に目をつけ、酒器としての利用を提案してきたのが、今の枡に繋がるきっかけだった。

現在木枡は主に日本酒の酒器として出荷され、それが使用用途のおおよそ80%程度。残りの20%の大半は節分の豆入れ、としてこれまで支持されてきた。

一方で、これまでを振り返ると順調なことばかりではなかった。いや、衰退産業のなかで厳しい会社経営を迫られてきたという。

日本酒消費量の大幅な減少(この50年で約1/3に)を受け、枡をとりまく環境も年々厳しくなっていたという。今から約20年前に家業をついだ大橋博氏が当時を振り返り「商売はそれなりにやっているのかと思っていたが、あとをつぎ財務資料を見て驚きました。最盛期の半分以下で、売上は5000万円台まで落ち込んでいた」と語る。

大橋氏の奮闘の結果、今期の決算は当時比べ400%ちかくまでV字回復し、年間2億円の売上にも届こうかというところにまできた。

時代の変化に柔軟に対応してきた枡の未来についても大橋氏に聞いてみた。

「大垣が全国シェア80%を誇る産地であると同時に、当社が枡の将来を担うという自負をもって取り組んでいます。1300年の枡の歴史の最先端にいる私が、枡を生かすことも、その逆も、という心づもりではいます。海外のライフスタイルの中で枡がカッコいい日本のモノとして普通に使われている光景が、日本人にとって枡の再認識に繋がり、枡の継承や、大垣の枡産業の存続にも貢献できるのでは」と語る。

昨年にはクラウドファンディングを活用し、スマホアプリと連携し光る「光枡」という新商品も開発した。国際情報技術芸術大学院大学・IAMASなどとの協働から生まれた商品だ。

常に挑戦を続ける大橋氏の姿勢が、零細企業・大橋量器をNYで注目の新商品開発やMoMAでの採用につながった。

伝統は革新の連続によって積み重ねられていく。

いかなる衰退産業や、零細企業でも挑戦の先に未来がある。

これからの大橋量器の展開から目が離せない。

秋元祥治

NPO法人G-net代表理事・滋賀大学客員准教授・OKa-Bizセンター長

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