「これ以上考えたくない。でも...」日本人大学生が日韓友好の限界と可能性を感じた8月15日

正直に言うと最初は言い知れぬ恐怖感がありました。「終戦記念日の8月15日、韓国に行って素直に思った感想を発信してほしい」と編集部の方々に言われて、あまり考えずに「行きます!」と言ったのはいいものの、私が8月15日の韓国に対して抱いていたイメージは、日本の国旗を燃やしていたり、大声で叫びながら反日デモを行う光景だったからです。

正直に言うと最初は言い知れぬ恐怖感がありました。「終戦記念日の8月15日、韓国に行って素直に思った感想を発信してほしい」と編集部の方々に言われて、あまり考えずに「行きます!」と言ったのはいいものの、私が8月15日の韓国に対して抱いていたイメージは、日本の国旗を燃やしていたり、大声で叫びながら反日デモを行う光景だったからです。「もし日本人だとばれてしまうことがあれば、命の危険もあるのではないか」、そんなことさえ思いながら、私は8月14日の午後に仁川空港に着きました。

■慰安婦問題についての合同集会「ろうそくの会」で見た女性の涙

空港で同じくこの企画に参加をする日本人大学生の伊吹さんと合流した後、ソウル駅前で行われる慰安婦問題についての合同集会「ろうそくの会」へと向かいました。到着すると、会場には黄色いTシャツを着た私と年齢がほとんど変わらない大学生がたくさんいて、その後合流した労働組合の方々を加えると300人以上はいたように思います。

イベントでは、80年代に流行ったというポップミュージックに合わせた大学生のダンスから始まり、実際の慰安婦被害者による自らの経験談が語られました。その中で、私はその様子を写真にとるために、カメラを片手に、たくさんの報道陣の中をかいくぐりながら、会場の最前列に向かいました。すると、一人の女性に気がつきました。

その女性は今にも涙を流しそうな様子で、経験談を語る被害者の方を只々見つめています。私は「これは絵になるだろう」と思いカメラを構えました。しかし。何故かそのとき少し躊躇をしていました。理由は分かりません。今考えると、女性が見ている空間や考えていることを邪魔したくなかったのだと思います。そう思ってしまうほど、「2度と慰安婦問題のような過ちを犯してはならない」という思いがその表情から感じられました。そして、そこには私が当初怖く思っていた「反日デモ」は一切存在しませんでした。

慰安婦被害者による経験談を見つめるその女性

■全くの予想外だった8月15日

8月15日はより一層私にとって予想外の1日でした。ローマ法王フランシスコが訪問していたこともあり、反日デモがほとんど行われていなかったからです。日本大使館では退屈そうな警備員とメディアの方々が大半を占め、西大門刑務所では家族連れや友人どうしで来ている若者、中にはカップル等が休日を楽しむかのように過ごす姿も見られました。

タプコル公園(日本の植民地時代に、独立運動家が独立宣言を読み上げたことで知られる公園)では、集団的自衛権についての言及や、竹島(韓国名で「独島」)を守る活動が行われていたものの、日本語で喋っていても白い目で見られることはありません。全体を通して、反日デモよりも、セウォル号についてのデモの方がよほど活発でした。

「日本と変わらないな」と、ふとタプコル公園で休んでいる方々を見て思いました。途中の道端ではチキンや日用雑貨を売っている市場があったり、授業の一環でイベントに来たけれどやることがなくてつまらなそうな高校生がいたり、文化や言葉が違ったとしても、そこに見える光景は何ら日本と変わりはありません。私が当初描いていたような恐怖は何だったのだろうという、虚無感のようなものが頭を駆け巡りました。

そのとき、私が日本で暮らしていたなかで、テレビやインターネットを通じて得られてきた情報は全体のほんの一部だったことに気がつきました。もちろん、一部であったとしても事実を知ることは重要ですが、自分自身で何が正しいかを判断する必要性を感じた2日間でした。

閑散としている日本大使館前

■今回の企画で経験したことは全体のほんの一部です

今回の企画で経験したこと、見たことも全体におけるほんの一部だと思っています。戦争や歴史問題に関して勉強不足なのも実感しています。最終日の大学生どうしによる座談会では、神戸大学大学院で日韓の領土問題について研究し、今回の企画に現地で合流をしてくださった山下さんと韓国の大学生が議論する内容についていけない部分がありました。また、韓国の大学生が身振り手振りを使いながら、熱い情熱を持って慰安婦や竹島((韓国名で「独島」))問題について話すほど、私には日韓問題について今まで関心を持っていなかったような気がします。

とても難しいです。Facebookに寄せられているコメントには「どうでもいい」や「仲良くする必要なんてない」という言葉も見受けられます。きっと、その方々も韓国が憎くてたまらなくなってしまうほどの原体験や過去の歴史があったのだと思います。私自身もニュースやインターネットの情報を通して、そう思ってしまうときもありました。

何が正解なのか、どうすることがお互いにとってためになるのか、どれだけ考えてみても分かりません。このブログを書きながら何度も、この3日間で見たことをどう伝えたらいいのかを考えていましたが、何度も何度も「これ以上考えたくない」という感情が押し寄せてきます。何も考えずに、可愛い猫の記事を見ているほうが、よほど幸せです。

しかし、2泊3日の韓国訪問を通じて、日韓問題に限らず、私が見ている日常が全体の一部であるからこそ、相手が何を思って言葉を発しているのかを考え、対話していくことの重要性を改めて感じています。当たり前のことかもしれませんが、それが出来ずに言葉の暴力を投げ続ける方々があまりにも多い気がしています。対話をしたうえで、自分自身の意見を持ち、正解を探し続ける姿勢を私は忘れたくありません。

「お互いに仲良くなりたいと思っている人はいるが、そういう人たちが出会う場所がなくて、どう解決したらいいか分からない。戦争の責任は自分たちの世代がとるから、君たちのような若い年齢の人々が実際に会って、良い関係を築いていってほしい」

初日の夜にお話を聞いたハフィントンポスト韓国版の権福基編集長が何度も何度も熱く語ってくれた言葉が耳に残っています。

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2014/08/15 ソウル日本大使館前

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