「本当の働きやすさは成果がでてこそ意味がある」 多様な働き方に挑戦する企業の思い

私たちに明るい未来は待っているのか。一体働くって何なのだろうか。

4月1日、私はついに社会人としての生活を始める。不安だ、とても不安だ。ブラック・ホワイト企業、残業代ゼロ問題、女性の働き方、正社員・非正規社員問題など働き方に関するあまりポジティブでない話題を毎日のように耳にする。私たちに明るい未来は待っているのか。一体働くって何なのだろうか。

そこで、今回は多様な働き方に挑戦をしているクラウドセキュリティ製品を扱う株式会社HDE(以下HDE)で働く人事部長の高橋実さん、シングルファザーで営業の坪内健太さん、フル在宅勤務で子育てをしながら人事をされている松浦圭子さんにお話を聞いてきた。

(左から人事部長の高橋実さん、フル在宅勤務で子育てをしながら人事をしている松浦圭子さん、シングルファザーで営業をしている坪内健太さん)

■勤務して半年がたっているが、会社に来たのは実質10日くらい

HDEはまだ正式に会社として多様な働き方の制度を整っているわけではない。どこでも仕事が出来る環境を提供できる自社のサービスを使って、働き方の変革にトライしてみようというのが始まりだった。松浦さんは、2人の子どもの育児をしながら、フル在宅で人事として勤務をしている。

「松浦さんは、元々ベンチャー人事にいて、大手企業にも在籍していた非常に優秀な人材だった」と高橋さんは語る。当時はまだHDEの人事の人数が少なく、フルタイム正社員として中途採用募集をしていたがなかなか合う人がおらず、そのときに松浦さんと出会った。松浦さんの勤務は時短が条件。しかも通勤は片道1時間半もかかってしまう。だったら新しい働き方に挑戦してみようかということになった。

「最初はオフィスにも来て仕事をやってもらおうかなと思っていたのですが、せっかくなので『フル在宅』でやってみようかと(笑)。2014年の6月の勤務開始から半年以上たっていますが、会社に来たのは実質10日くらいですね」(高橋さん)

坪内さんに関しては、2人の子供の育児を一人で行っている。優秀な営業マンだったが、子供の事情で早く帰らなければいけなかったり、通勤が遅れたりと、フルタイムで働くのは凄く難しい状況だったそうだ。そこで、始まったのが時短勤務だ。

「僕は坪内のことを『時短営業正社員』と呼んでいます。彼の働き方は制度化されているわけでもないし、結構チャレンジングな取り組みなのですが、他のメンバーよりも短い勤務時間で、子育てをしながら営業のポジションにトライをしてみようということになりました」(高橋さん)

■あぁ、シングルファザーなんですね......だから何なんですか?

松浦さんは、前職で大手企業に在職しており、ワーキングマザーの期間が5年ほどあった。当時の会社には、子育てに関する制度が揃っており、夫が仕事人間で自分が子供の世話をしなければいけなかったこと、上の子供が喘息を持っていたことから、時短勤務や会社を休んだりすることも多かった。会社の人は「大丈夫だよ」といつも言ってくれていたが、「申し訳ない」という気持ちが常にどこかにあったそうだ。

そうして悩んでいる中でも辞めるという選択肢は無かったが、決断を決めた最後の一言があった。それは当時の上司から言われた「今は24時間託児もあるし、ベビーシッターもあって制度が揃っている。この時代を乗り切れば大丈夫。お金で解決できる」という言葉だ。

「確かにそれはそうかもしれない。でも、この何年かをお金で買って、自分ではない人に子供を育ててもらい、あとで『あの時お金で解決して良かったな』と思うかと自分に問いかけたら、多分私はきっと後悔するだろうなと思ったんです」(松浦さん)

坪内さんがシングルファザーとなったのは1年ほど前。それまでは、俗にいう"家庭をかえりみない働き方"をしていた。前職は子育て中心に働くには辞めざるをえない状況で、いざ新しいスタートをきろうと思ったときに待ち受けていたのは「普通に仕事が出来る環境を見つけることが難しい」ということだった。

「会社員として働くなら、成果を出すことは当たり前です。でも、転職面接で家庭の状況を伝えたときに、『あぁ、シングルファザーなんですね......だから何なんですか?』と、家庭のことは気にも留めてくれないところがほとんどでした(笑)。子どもを中心に考えるとフルタイム勤務で働くことが出来ないのが辛かったですし、受け入れてくれる会社を見つけるのに苦労しましたね」(坪内さん)

(シングルファザーで営業をしている坪内さん。仕事に対する熱い情熱が伝わってきました)

■労働の質に対してお給料を支払うことを突き詰めないといけない

松浦さんと坪内さんはその後、別々の人材会社からの紹介でHDEと出会い、新しい働き方を始めることになった。現在もすべてが上手く進んでいるわけではなく、相談をしながらトライ&エラーをしている段階だという。では、このような働き方の導入はHDEだから出来たことなのだろうか。

高橋さんは、「HDEだから出来る。という特別なことではない」と語る。環境や制度が整えば出来る簡単なものではないが、企業側がやってもらう業務を考える上で重要なポイントの一つは「業務をきちんときり出せるか」ということだそうだ。例えば、高橋さんが一番初めに松浦さんにオファーを出した時には、「人事労務全般をやってくれ」とお願いをしていた。

「そのとき松浦は『人事労務は社員と対面でのやりとりが必要なので、時短である自分では実行できないかもしれない』と言ってくれました。彼女は、自分自身がここまでなら出来るという自分自身の能力のガイドラインをしっかりと持っていたんです。なるほど、そうだよねと思いました。限られた時間の中で全部できるのであればスーパーマンだし(笑)、だったら、僕が出来ることは業務を細分化していくことかなと」(高橋さん)

企業側にも問題はあると高橋さんは語る。それは8時間労働にこだわっていることだ。8時間、会社の中で働くことが重要で、会社にいる時間にこだわっている企業はとても多い。勤務時間で無意識うちに評価してしまう。そんな壁が存在していて、企業は、この「勤務時間」という考え方自体を変えていかねなければならないことが課題だそうだ。

「大事なのは8時間会社にいることではなくて、何をアウトプットするか。極論でいうと、1分働いても8時間分の労働が出せればいいわけです。労働の質に対してお給料を支払い、評価していくこと、それを突き詰めないと新しい働き方は実現できません。会社はただ『この仕事をやれ』と言うだけでなく、そのための環境を作っていくことが大事だと思っています」(高橋さん)

■「制度がない」、「前例がない」

松浦さんは「他の企業でも出来ると言いたい」と語る。松浦さんのこれまでの経験では、制度は整いつつあるが、実態と乖離していて、昔と変わっていない現状がある企業が多いそうだ。それは、会社の上層部の考え方が変わっていないことが大きな要因の一つだ。

「大手企業であればあるほどトップの意向は強くて、まだ男が外で、女が中でという考え方をしている人たちがまだまだたくさんいます。彼らは生活に何ら困っていない。子供がいようが、介護が必要な家族がいようが、自分が当事者ではないわけです。そういう考えの人たちが上にいる限り、働き方を変えることは難しい。ただ、『イクメン』と呼ばれるような方々が増えていけば、これから自然と変わってくるかもしれません」(松浦さん)

松浦さんは現在、業務委託という雇用形態で働いている。HDEとしては正社員でも良かったが、松浦さん自身が業務委託での働き方を選択しているそうだ。なぜ、業務委託という選択が頭に残っていたのか。それは、前職で「ダイバーシティ方面で人が足りないから、業務委託という形で良いからやらないか」という話をもらったことでピンときたことがきっかけにある。

「前職の人事に、業務委託という契約の上で復帰できないかと相談してみると、答えはNGだったんです。その理由は、『制度がない』、『前例がない』ということ。今は、業務委託という方向で制度を整えようとしているらしいのですが、大手企業であればあるほど、HDEのように『やってみよう』いうのは難しいので、時間がかかるかもしれません」(松浦さん)

(フル在宅で勤務されている松浦圭子さん。Skypeで参加してもらいました)

■「HDEは決して働きやすい会社ではない」

企業の特徴を語るときに、メディアは「働きやすさ」にフォーカスしがちだ。しかし、「それは違うと思う」と高橋さんは語る。限られた条件のもとで成果を出すのは本当に厳しい。だからこそ「ここまでのアウトプットをしてください」という会社側の意向はできる限り松浦さんや坪内さんにしっかりと伝えるようにしているそうだ。

「HDEが働きやすい会社かというと、僕は決してそうではないと思っていて......(一同笑)。働きやすい会社を目指しているのではなく、むしろ少ない優秀な人間で、最大のパフォーマンスを発揮したい。今はその中のトライアル。もし、松浦・坪内という優秀な2人でなかったら、このような働き方はNGだったかもしれません」(高橋さん)

家庭環境があるから、10のアウトプットを7にして妥協していいということでは決してない。本当の働きやすさとは成果がでてこそ、その意味があるそうだ。最後に、高橋さんの言葉を受けて、坪内さんはこう語った。

「働きやすいのが当たり前というのは、従業員は労働の対価としてお金をもらう立場なので甘いかなあとも思う......雇われている身としては求められているパフォーマンスを出して、その対価としてお金を貰うという関係性の元に立っている。だから、常に求められているパフォーマンスよりも上を出していかなければいけないし、それがこのようなチャンスをいただいた立場としてみると、最低限やるべきことかなと思っています」(坪内さん)

(2015年3月26日、「Wanderer」の記事を編集して転載しました)