小さな本屋さんと僕と電通のかかわり

電通関西支社には昔から出入りされている書店がある。まや書店という。

電通関西支社には昔から出入りされている書店がある。まや書店という。

店舗は大阪の淀屋橋の三井物産ビルの地下にあって、僕はそこにも行ったことあるのだけど、五人も入ったら一杯なくらい小さな本屋さんだ。

主人のおじいちゃんがいつも痩せた体で、雑誌や書籍を腕一杯に抱えて、電通社内の購入者に渡して回っていた。僕は定期購読したい雑誌やほしい本があると、まや書店にFAXして、その都度届けてもらっていた。

驚くほどいい加減なシステムで、注文した本をおじいちゃんがデスクに置いてくれて、僕が打合せや出先から席に戻ると、本と請求書がある。

で、どうやって支払うかというと、「次に偶然会った時に払う」のだ。だから、全然出会わなくて、ツケをため込んでる人もいる。

おじいちゃんは、とてもいい笑顔をする人で、彼を面白がったクリエーティブ局員がいくつかのCMに出演させたりもした。画面で見ても、おじいちゃんはいい笑顔をしていた。

そのおじいちゃんが何年か前に亡くなった。本屋さんが亡くなっても社内のイントラシステムで訃報が掲示されるわけではないから、僕はそれを噂で耳にしたのであった。

僕は電通社内の、田中泰延さんはじめ、その時の局長とか本読みであろう何人かに声をかけて、連名で書店に弔花を贈った。

「お世話になったまや書店は今後どうなってしまうんだろう......」と思っていたら、その後若い人(といっても、僕より年上)が同じように本を腕一杯に抱えている姿を社内でお見かけするようになった。

お話ししてみたら、あのおじいちゃんの息子さんだという。

この本が売れないご時世に、小さな書店を継ぐという意味がわかるだろうか。街を見渡せば、小さな本屋はつぶれて、大手のいくつかだけが辛うじて残っている惨憺たる状況だ。

息子さんは、その後もまや書店と付き合いを続けた僕の電通退職時に、五千円分の図書カードをくださった。五千円だ。

一人の男が、雑誌を八冊だか十冊だか売り歩いて五千円を得る苦労は僕にはわからない。小さな本屋さんの一日の売上を知る由もないけど、それが小さな額でないことはわかる。

僕はありがたく頂戴して、街を歩いていてなにかほしい本に出合って、その値段が高くてちょっと躊躇した際に、図書カードを大切に使わせてもらった。

やがて、月日は巡り、僕が本を出すことになった。

僕は久し振りにまや書店さんに電話をした。彼は僕のことを覚えていてくださった。

「まや書店さん、僕はご恩を忘れてはいません。僕の本で、少しでも儲けてくださいませんか。つきましては、電通社内でチラシを撒いて、一冊でも多く、この本を売ってください。僕は今、sunawachi.comというレザー製品を扱う会社をやっていますから、取引先である東大阪のブランドにお願いして、レザーのオリジナルブックマーク(しおり)を用意します。まや書店で買ってくれた人には、ノベルティとして付けてくださいよ」

彼は喜んでくれて、通常ありえない冊数を仕入れたようだ。

僕としては、そりゃ本は売れてほしいし、本当のことを言えば紀伊国屋とかアマゾンで売れて、なんかのランキングにでも入ったら、販売促進的には効果的なのかもしれない。

なんでこう、儲からない方儲からない方へ自ら行ってしまうのか、自分でもアホなんだと思う。

しかし、一方で、無名の僕が書いた本なんて、内容は絶対に面白い自信はあるけど、それだけで簡単に売れるはずなんかないから、せめてまや書店さんがちょっといい思いしてくれたらうれしいじゃないか。

そして、本の発売があと三日に迫り、僕はまや書店さんに再び電話をした。

「どうですか?」

「それが......」

彼はちょっと言いにくそうにした。

なんと、チラシはだいぶ配ったにもかかわらず、電通関西支社から予約は一件も来ていないのだという。

おいおい、元の同僚たちよ。先輩後輩、上司たちよ。

僕が悪いんだけど、毎月給料が入ってくる生活を諦めて、何事かしようとして、果たして出版社に出してもらうに至った元同僚の本の一冊すら買ってくれないほど、あなた方は忙しいのか。

百歩譲って、元電通社員が電通について書いた本に関して、穿った目で見ることも可能だろう。しかし、文句は読んでから言ってくれ。

かなりイケナイ内容も書いたけど、僕は広告業界へのエールを込めたつもりだし、業種にかかわらず組織で働く人、職場で悩む人の何かしらに少しでも役に立てるものを書いたつもりだぞ。

僕は元同僚たちの何人かに連絡をして、恥を忍んで申し上げた。

「営業するようですみません。でも、もし買ってくれるなら、まや書店に注文してくれませんか。電話番号は06-4706-8248です」

結果、心ある何人かが電話をしてくれたようだ。

そのうちの一人の後輩が、

「まや書店さんがうれしそうに、『前田さんのしおりが』『しおりが』って何度も説明してくれましたよ」

と教えてくれた。

とはいえ、このコラムを読んだ、まや書店や電通に無関係の方がわざわざ、そこで買ってくれなくていい。

電通のそばのジュンク堂で買ってください。梅田駅の紀伊国屋で買ってください。スタンダードブックストアで買ってください(SBS心斎橋でもブックマークはもらえます。数量限定)。

彼らも多めに仕入れてくれているから。近所の本屋でも(たぶん取り寄せになるけど)アマゾンだってもちろん構わない。

買えるところで買ってくだされば、著者の僕が購入場所を指定するなんておこがましい。大作家じゃあるまいし、そこまで口出す身分ではないから。

......てな、すったもんだの末、3月2日にとにかく発売です。

『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』(毎日新聞出版)

自分はダイジョーブじゃないかも、と思っている人たちへ。

なにもできませんが、笑えて泣けて、生きていこうと思える本を書きました。笑覧ください。

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