15年以上アートに携わって来た私が、なぜオックスフォードで芸術以外を勉強しているのか。

私にとってのアートは、「問い」を人々と共有することです。

現在私は、イギリスを拠点にアーティストと呼ばれる立場で活動を続けています。美術を専攻した高校生時代から数えると、15年以上アートの分野と関わってきました。そんな私が、昨年からオックスフォード大学の大学院生として社会科学の勉強をしています。社会環境から生まれる違和感を、どう理解し「問う」ていけるのか探求しているうちに、オックスフォードに辿りつきました。

『アートに携わって来た人生』

私にとってのアートは、インスタレーション(場や空間全体を作品として体験する芸術)やビデオ作品を通して提示する、「問い」を人々と共有することです。アトリエで制作するだけでなく、エスノグラフィー(主に、社会学や文化人類学などに使用される研究手法で、五感や参加体験を通して観察対象を理解すること)を取り入れたリサーチも含まれます。日常に潜む様々な事柄に疑問を持ち、物作りを通して観察をしながら向き合います。ですが、アートを通して表現したものを多くの人に理解してもらうのは、簡単なことではありません。

私はコンテンポラリーアートを学ぶために、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジに入学しました。なぜ人によって世界が違って見えるのか、根源的な問いを表現したく、卒業展覧会ではシンプルなインスタレーションを作りました。

陽の光に照らされた展示会場内を真っ白に塗り、覗き穴のある壁を立てて小さな部屋を作りました。観客の人々がインスタレーションと関わることで、作品が完成します。
陽の光に照らされた展示会場内を真っ白に塗り、覗き穴のある壁を立てて小さな部屋を作りました。観客の人々がインスタレーションと関わることで、作品が完成します。
曽我英子

ロンドン大学スレード・スクールの大学院を卒業した後は、アイヌ音楽を調べるために北海道を訪れました。人の言葉に耳を傾けながら、私の問いは人から人、ある場所から次の場所へと繋がり、やがて二風谷にたどり着きました。

二風谷の沙流川には、大量の秋鮭が母川回帰をする自然豊かな風景がありました。秋鮭は私に強烈な印象を残し、2016年に再び二風谷に戻り地元の方々にお世話になりました。アイヌの着物「チカルカルペ」や鮭皮靴「チェプケリ」作りを通して、鮭にまつわるアイヌ文化や歴史、社会状況、伝統、人々の暮らしを垣間見させてもらいました。滞在中の体験と出会った人々との対話をイギリスに戻り、ビデオ作品にしました。

曽我英子
曽我英子

『アートに対する疑問』

時代が変わっていく中で、アートの形も変わってきました。19世紀末以降、特に1950年代からは、多くのアーティストが実験的な作品を通して社会に疑問を投げかけて来ました。

一見ヘンテコにも感じられる視点や実験的手法、不確なもの、心情、社会に無視された事柄。多くの人にはすでに承知のことですが、アートには、これらのことを言語以上のコミュニケーションを通して、表現という形に変える力があります。物作りを通して得た知識だけでなく、観察力や技術も鍛えられます。

ですが、展覧会をしたり、作品が高額で売買されないと「成功」とみなされなかったり、アーティストでないというような風潮もあります。芸術に興味のない人々には、なんだかよくわからないという印象さえ与えてしまうようです。

また、アートを勉強したけど、別のキャリアを選んだ人たちの知識や技術はどこにいってしまうのでしょうか?現代社会の中のアートの役割は何なのか、改めて考え直したくアート界の外に片足を出ました。

『オックスフォードでの勉強がどうアートと繋がっているのか』

オックスフォード中心街から15分も歩けば、草原が広がっている環境は、この街の魅力の一つです。
オックスフォード中心街から15分も歩けば、草原が広がっている環境は、この街の魅力の一つです。
曽我英子

オックスフォードでは、アート界外の人達ともより力を合わせて一緒に「問い」を続けるためのコミュニケーション方法や社会科学の理論や歴史を勉強しています。現在の勉強は必ずしもアートの表現方法と直結するわけではありません。

ですが、人を取り巻く環境がどのように社会に形取られ、専門家達がどのように問題解決に取り組んでいるのか見えて来ます。そして、アートの専門性や新しい可能性が再認識できます。

「問い」は意見や考えが違う人を攻撃するためのものではなく、話し合うきっかけ作りだと思っています。社会を取り巻く政治や歴史、環境、教育、差別問題などをアーティスト達が専門家と協力して考え続けられる場作りに、貢献していきたいと思っています。アイデアと表現方法の実験をする時間や空間を少しでも多く持ちながら、社会問題の改善に向かって動きかける戦力として、アートがさらに認識されるために、私は研究をし制作し続けたいと思います。

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