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2018年04月26日 19時30分 JST | 更新 2018年04月26日 19時30分 JST

30年の時を超えて「同性愛」を描く2つの映画『モーリス』『君の名前で僕を呼んで』が公開

映画は私たちに"これから"を問いかける。

異なる時代から「同性愛」を描いた二つの映画が今週公開される。一つは、今年アカデミー賞脚色賞を受賞した映画『君の名前で僕を呼んで』。そしてもう一つは、1987年に公開され、今年4Kで再上映されることとなった映画『モーリス』だ。

この二作品には『眺めのいい部屋』『日の名残り』等を手がけたジェームズ・アイヴォリー氏が携わっているという共通点もある。同氏は、前者の脚色、後者の監督をつとめている。

さらに、二作品が日本で公開されるのは、4月28日から始まる日本最大級のLGBT関連のイベント「東京レインボープライド」の直前だ。

こうした重なりは、果たして偶然だろうか。1910年代のイギリス階級社会の中での愛と苦悩を描いた『モーリス』と、1980年代の北イタリアの避暑地で交わされる淡い恋を描いた『君の名前で僕を呼んで』。公開年では約30年のひらきがあるこの両作品から、同性愛がどのように語られてきたか、語られるようになったか、その変化の片鱗を見ることができる。

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「モーリス」は、1910年代のイギリスを舞台に、ケンブリッジ大学で出会った二人の青年が、愛と伝統社会の狭間で揺れ動く姿を描いた作品だ。

イギリスの上流階級で、伝統社会の中に生きるモーリスとクライヴはケンブリッジ大学で出会い、互いに惹かれ合う。凡庸だったモーリスが次第に地位や名誉よりも愛をつかもうとしていく姿と、伝統や規範に縛られていくクライヴの様子が対比的に描かれている。

"普通"とされない、規範にのっとらない形の恋や愛は、これまで「禁断」や「真実」と表現されることが多かったのではないかと思う。しかし、この映画では、屋敷に仕える使用人の扱われ方や、"貧困"に対するモーリスの発言、女性へのまなざしなど、当時の社会構造についても考えさせられ、「真実」とは何か、「普通」とされていることを疑うきっかけも与えてくれる映画だと私は感じた。

「君の名前で僕を呼んで」は、1983年の夏、北イタリアの避暑地を舞台に、17歳のエリオと、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーとの淡い恋を描いた物語。どんな愛の形であっても、簡単に結ばれるわけじゃない。惹かれあうことや、すれ違うこと、同性間であっても異性間であっても、恋愛をする人はきっと経験したことのある、体の一番奥にある記憶を思い起こさせる作品だ。

美しい情景が際立たせる愛と葛藤

両作品ともに、映像の美しさから、それぞれの世界観へと引き込まれていく。『モーリス』を彩るイギリスの厳かな建築や庭園。夏の北イタリアで、芸術に囲まれた色鮮やかで暖かな風景を描いた『君の名前で僕を呼んで』では、海や湖など水辺の描写も相まって、エリオとオリヴァーを包み込む物語の瑞々しさを感じる。

どちらの作品でも「同性愛」は"普通"とされていないという点は共通している。1987年でも、2018年でも、描かれる状況が変わらないことは少々悲しい気持ちではあるが、登場人物の自分自身の想いの受け止め方、そして何より、主人公たちを囲む周りの人たちの反応は明らかに違いがある。

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『モーリス』では、同性愛を否定的に捉えていたモーリスの気持ちが、クライヴとの出会いをきっかけに変わっていく。しかし、立ちはだかるさまざまなハードルを前に、「同性愛が病気なら治してください」と医者に懇願するシーンには胸をえぐられるような気持ちになる。

クライヴは同性愛を肯定しながらも、その関係はプラトニックであらねばならないという規範を抱えている。そして、お互いを引き寄せ合う力が大きくなるほど、伝統という重力によって二人は引き剥がされていく。ラストで見せるクライヴの表情には、一言では表せない感情が湧き上がるのを、きっと胸のうちに感じるだろう。

『君の名前で僕を呼んで』の主人公、聡明な17歳、エリオのオリヴァーに対する感情は、性別の壁よりも、引き寄せあったり離れたりといったもどかしい想いそのものへの葛藤を描いている。対して、オリヴァーはエリオに対する感情に気づきながらも、信仰や規範から自分で受け入れられずにいる。それでも、"ひと夏"という逆らうことのできない時間的制約の中で、少しずつ惹かれあっていく二人の姿に、美しさを感じずにはいられない。

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「君の名前で僕を呼んで」公式ツイッターより

『モーリス』の舞台となる1910年代のイギリスでは、同性愛が罪とされていた。実際に同性愛者が法的に罰せられ、社会的な信頼を失うシーンから、モーリスとクライヴの関係を阻む家族や社会の目は、現代からみると凄まじいものだ。

それに対して『君の名前で僕を呼んで』で描かれるエリオを見守る家族の姿は明らかにテイストが異なる。

特に父親がエリオに語りかける言葉は、一言も漏らすことなく、何度でも繰り返したくなるものだった。映画のイントロダクションに綴られる「何ひとつ忘れたくない」という言葉とともに、見たひとの心にきっと残り続けるのではないかと思う。

映画は私たちに"これから"を問いかける

現代の社会でも、同性間の恋愛にはまだまだハードルがある。しかし、恋をする人にとっては、誰かが誰かを想う感情は同性間か異性間かは関係なく、どの時代、どの場所でもシンプルに尊いものではないか。

さらに、きっとこれからの時代は、愛と呼ばれるもののかたち自体も、変容していくだろう。それは、今私たちが想像しているような枠では収まりきらないものかもしれない。

伝統や枠よりも自分の中に湧き上がる感情を受け入れるモーリスやエリオ、自身の想いに気づきながらも規範に逆らうことを恐れるクライヴやオリヴァー。そして、それぞれの関係を見つめる社会のまなざしの変化。

今、この二つの物語に触れた私たちが、彼らを、彼らの世界をどう見るのか。映画は私たちに"これから"を問いかける。

映画『君の名前で僕を呼んで』は4月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマリテ、Bunkamuraル・シネマ他全国ロードショー。映画『モーリス 4K』は4月28日(土)からYEBISU GARDEN CINEMA他全国順次上映。