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2018年05月07日 11時55分 JST | 更新 2018年05月07日 13時02分 JST

北朝鮮と韓国。境界線の向こうに、僕らと変わらぬ人の営みがあった。

北と南、どちらで撮った写真かわかるだろうか?

Yusuke Hishida

薄い光の中で、少女が佇む2枚の写真がある。片方は北朝鮮、片方は韓国で撮られたものだ。それぞれ、どちらで撮られたものか、分かるだろうか。

服装や背景などから推測できるかもしれない。では、これはどうだろう。

Yusuke Hishida

謎に包まれた国、全体主義で一糸乱れぬ指導者称賛の国。そんなイメージで語られがちな北朝鮮。しかし、菱田雄介さん(45)がレンズを通して向き合った人々の顔や表情からは、拍子抜けするほど、資本主義の韓国と違いを見いだすのが難しい。

菱田さんが2017年末に出版した『border|korea』(リブロアルテ刊)は、固定観念を揺さぶる写真集だ。2009年から15年まで、7回の訪朝で撮った写真を左側に、2017年まで十数回の訪韓でレンズに収めた写真を右側に並べている。

Taichiro Yoshino
菱田雄介さん

民放テレビ局のディレクターとして、2001年のアメリカ同時多発テロ後のニューヨークを現地で取材した。しかしテレビの放送は電波に乗って流れ、煙のように消えてしまう。「歴史の瞬間を手もとに残したい」と自らアフガニスタン、イラクなどを訪れ、歴史の傍にある人々の生活を写真で撮るようになった。

目の当たりにしたのは、1本の国境線が、どれだけ多くの人々の生活や思考、そして運命を変えるか、だった。

中東は1916年に「サイクス・ピコ協定」で、イギリス、フランス、ロシアが、列強の思惑で旧オスマン帝国の領土を分割した。当事者の意思と関係なく、多くは合理的な根拠もなく引かれた1本の線が、たくさんの人々を翻弄する。

アジアでは、朝鮮半島の軍事境界線だった。日本からすぐ近くにある1本の線の、向こう側にいる人々を訪ねてみたいと思った。

朝日新聞社
朝鮮戦争の開戦を伝える朝日新聞の1950年6月26日付朝刊

1945年8月14日、太平洋戦争で日本が降伏を受諾したのを受け、アメリカの国務陸軍海軍調整委員会(SWNCC)は、日本が支配していた朝鮮半島のどこまで米軍が進駐すべきか調整を行った。米ソが合意した境界は北緯38度線。1950~53年の朝鮮戦争で激しく動いたが、ほぼ38度線に近いラインで休戦協定が結ばれ、現在に至る。

少なくとも首都ソウルは米国の担当区域に含むべきだと思った。一方で、広大な領域に進駐することに陸軍が反対していることもわかっていた。雑誌ナショナル・ジオグラフィックの地図を使って、ソウル北部に適当な境界線を探したが、地理的に自然な線は見つからなかった。その代わりに見つけたのが北緯38度線だった。我々はそれを立案しようと決めた。(アメリカ元国務長官ディーン・ラスク回想録より)

菱田さんが初めて北朝鮮を訪れたのは2009年5月。感想は「戦中の日本にタイムスリップしたような感覚」だった。「軍国主義で指導者に忠誠。子どもの頃から富国強兵(=先軍主義)の価値観で生活している。でも、僕だって戦前に生まれていたら、祖父が当時抱えていたのと同じ価値観だっただろうし、北朝鮮に生まれていたら全力でマスゲームに参加し、指導者万歳を叫んでいたと思う」

Yusuke Hishida

北朝鮮側から見学した板門店で、軍事境界線の向こう側に韓国を見た。「とても奇妙だった。今いる場所が戦前の日本だとしたら、線をまたいで陸路の先に日本人観光客で賑わうソウルの明洞があり、IKKOがプロデュースするBBクリームの店があるなんて」

線のどちら側にいるかで、人は戦前の日本人にも、BBクリームを買い求める人にもなりうる。北で撮った写真と同じ構図を、南でも撮影して、2枚の写真を対比させてみようと考えた。

Yusuke Hishida
北朝鮮での撮影風景

北朝鮮の首都・平壌は「ショーウィンドー都市」とよく言われる。案内員という名の監視係がぴったり着いて回り、単独での自由行動は許されない。政治的に自由な発言が許される国でもない。「行っても表面的なものを見せられるだけだ」という人も多かった。

それなら徹底的に表面を見よう、髪の毛1本、顔のニキビやえくぼ、服のしわ、ボタンの付き方まで、目に見えるものは細部まで逃さず形に残し、目の前にある北朝鮮の現実と向き合おうと決めた。

Yusuke Hishida

北朝鮮で写真を撮ったら、韓国に飛んで同じ構図の写真を撮った。年格好の同じ人や気象条件、建物や山河の配置まで同じものを探して、何度も足を運んだ。

北朝鮮の人たちを撮影すると、金日成・金正日バッジをつけることに非常にこだわることに気づいた。では、バッジをつけていないときはどんな表情を見せるだろうか。100kmと離れていない北朝鮮・南浦と韓国・仁川。海岸線がつながった南北の海水浴場の風景をとらえた。

Yusuke Hishida

週末を楽しむ人々。思春期の少年の顔に表れたニキビ。赤ん坊を抱く母親の視線。政治体制や思想、文化は大きく違っても、人間の楽しみや悩みに大きな違いはない。

しかし、異質さや脅威が強調されるあまり、そこに住む人間の存在は置き去りにされてしまいがちだ。

Yusuke Hishida

「怖い国、拉致する国、嫌な国。テレビで平壌の映像が流れると、日本の僕たちは、北朝鮮を先入観で見てしまう。「変な国だ」と切り捨て、思考停止してしまう。でも、そこに映る人々の顔を見て『この人たちも人間なんだ』と思えるかどうか」

アメリカのトランプ大統領は、米朝首脳会談に応じると表明する一方、シリアをミサイルで爆撃し、北朝鮮への軍事攻撃も辞さないとの構えを見せる。「広島に原爆を投下したエノラ・ゲイの搭乗員に、広島の人々の表情はまったく見えていなかったでしょう。そういうことを思い描けない世の中は不幸だと思うんですよね」

AFP=時事
2018年4月27日、板門店の軍事境界線をはさんで握手する北朝鮮の金正恩・国務委員長(左)と韓国の文在寅大統領

2018年、朝鮮半島情勢は急転した。4月27日の南北首脳会談では、年内に朝鮮戦争を終結させると宣言した。68年間、南北が銃を構えて向き合ってきた軍事境界線も、その役割を終えるかもしれない。

「7年間の撮影を通じて、南北の境界線を挟んだ写真にだんだん『違い』がなくなってきていると感じていた。今後、違いはさらになくなっていくのかもしれない。劇的な変化に正面から向き合い、固定化した北朝鮮に対する価値観に一石を投じていきたい」

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