ギリシャが「月曜日には銀行を開けない」と宣言 プレッシャーはメルケル首相へ

最後になりましたが、今回のギリシャの銀行休業宣言は、むずかしいイベントではありません。本当に難しいのは、銀行を突然閉めることではなくて、次に開けるときです。

ギリシャが「月曜日には銀行を開けない」と宣言しました。これは実質的な預金封鎖です。

Market Hackでは繰り返しギリシャの預金封鎖の可能性について書いてきました。ギリシャが月曜日に銀行の扉を開けられない理由は、手持ちの現金が底をついたからです。この問題についても既にインヴァスト証券の為替相場予想コラム(6月22日)で書いておきました

今回、ギリシャがバンクホリデー(銀行休業)を宣言せざるを得なくなった直接の引き金は、週末に欧州中央銀行(ECB)が、「現行の890億ユーロの緊急流動性支援プログラム(ELA)を、これ以上、拡大したくない」と発表したからです。

ELAとは、平たく言えば、ギリシャの銀行に担保になるものがある限り、当座のキャッシュをECBが用立てますというアレンジです。既にECBはギリシャの銀行に対し、890億ユーロをこのような方法で緊急融資しており、めぼしい担保が無くなってしまったというわけです。

もともとギリシャの銀行の手持ちの現金は通常時でも20億ユーロ程度しかないので、数日の間に50億ユーロ程度のペースで預金者がおカネを引き出せば、ELAからの支援が無ければ、当然、キャッシュは無くなってしまうのです。

だからECBがギリシャに対して「ELAをこれ以上、拡大しません」と通告するにあたって、ECBは(これで月曜日はギリシャの銀行は開店することができなくなる)ということは、重々理解した上での決断だったわけです。

なお、強調しておけば、ECBはルールに従って行動しているだけであって、担保になるものが無ければおカネは貸せないというのは、当然の姿勢です。

さて、月曜日にはギリシャの銀行のシャッターは開かないわけですが、それ自体はギリシャのユーロ離脱を意味しません。それを決めるのは7月5日の国民投票です。言い換えれば、ツィプラス首相はギリシャ国民に、ユーロを離脱すべきかどうかの最終決断の下駄を預けているわけです。

これはギリシャからトロイカ(=欧州連合、応手中央銀行、国際通貨基金)に対する、最大限の脅しになります。なぜなら政治家なら話し合いの余地があるかも知れないけれど、国民投票だと「出たとこ勝負」になるからです。結果次第では、あっさりギリシャのユーロ離脱が決まってしまうかもしれません。

ギリシャがユーロ圏を離脱すれば、これまで無かった「離脱」という先例を作ることになります。これはイギリスのようにすでに国民投票を予定している国を大きく刺激するでしょう。また「これを機に、うちの国でもEUメンバーに参加することを見直したい」という国が続々出る可能性があります。

ギリシャの場合、国民投票でユーロ圏離脱が決まれば、ドラクマに戻るわけですが、ドラクマは急落し、ギリシャはドカ貧になることが予想されます。

その場合、もう借金を支払うことは出来ないのだから、デフォルトということになります。

過去にデフォルトした国を見ると、アルゼンチンのようにその直後は経済がグチャグチャに混乱するけれど、自国通貨がべらぼうに安くなることは、いずれ景気が回復することを意味します。その意味では一回、デフォルトして、リセットしてしまった方が良いという論陣を張ることも可能でしょう。

一方、ドイツは苦しい立場に追い込まれると思います。第一に、そもそも東西ドイツが統合される際、イギリスとフランスはそれを脅威と感じていました。だからユーロ圏という枠組みを堅持することを条件として、しぶしぶ統合を認めた経緯があるわけです。

第二に、ドイツは弱い通貨、ユーロを使用することで大きなメリットを享受しています。これは最近の日本が円安で株高になっているのと全く同じ理由です。ギリシャが成功裏にユーロから離脱すれば、経済の弱い国から順番に、第二、第三の離脱国が出るシナリオも考えられます。するとユーロはだんだん強い通貨になってしまうのです。

さらにユーロ圏内では、人、モノ、カネの動きが自由であることから、ドイツがクルマなどを域内の他国へ輸出することがたやすかったです。しかしギリシャのような国がユーロ圏から離脱すれば、ドイツの有り余る生産力を吸収する周辺諸国の市場が消滅してしまいます。それはドイツを不況に叩き込むリスクを孕んでいるわけです。もっと言えば、過去の欧州における二度の戦争の一因となった、ドイツの過剰生産力の問題が、ふたたび同国を悩ますことになるのです。

以前にも書きましたが、ギリシャが今年、返済しなければいけない借金の総額は、日本政府の年間の国債発行額の2.1%にすぎません。つまり「はした金」です。

しかも今年の借金返済を乗り切ってしまえば、その後のギリシャの支払いのスケジュールは、ずっと楽になります。

つまりギリシャ救済プログラムの延長の問題は、資金面では全く取るに足らない、朝飯前のコトなのです。それでは何が問題をここまでこじらせているか? と言えば、それは各国、とりわけドイツが国内世論をなだめるためには少々、ギリシャをギャフンと言わせた方が後々の選挙を有利に戦えるからに他なりません。

これはメルケル首相にとって正しい戦術だと思います。

ただ、パフォーマンスが行き過ぎると、結局、大損するのは、お金を貸しているドイツです。

なお、過去にバンク・ホリデーをした例では、フランクリンD.ルーズベルト大統領の銀行休業日宣言が有名です。この銀行休業日宣言は、大成功しました。

この時のエピソードは以前紹介した『アメリカ市場創世記』に詳しく書かれています。

これは銀行マンなら、常識としてしっておくべき史実。

このとき、ルーズベルト大統領は「炉辺談話」と呼ばれる、ラジオ放送をして、慌てるアメリカ国民に勇気を持たせたわけですが、それと同時に極めて重要な役割を果たしたのは緊急銀行法(Emergency Banking Act of 1933)の制定です。これは事実上、連邦準備制度理事会(FRB)が商業銀行の預金を100%保証することを宣言したことに他なりません。

その結果、バンク・ホリデーが明けて、アメリカの銀行が開業した日には、長蛇の列が銀行の前に出来ました。引き出したキャッシュを再び預金したいという客が殺到したからです。

最後になりましたが、今回のギリシャの銀行休業宣言は、むずかしいイベントではありません。本当に難しいのは、銀行を突然閉めることではなくて、次に開けるときです。

もしパニックを避け、ギリシャの国民投票でユーロ離脱が決まってしまうのを避けたいのなら、トロイカによる「無期限無制限の融資」など、大胆で超法的な施策が必要になります。ある意味、ドラギ総裁はその難しい決断を、しれっとメルケル首相の方に振ったという風にも言えるかもしれません。

(2015年06月29日04:38 トレードは僕らのライフスタイルMarket Hack/広瀬隆雄より転載)

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