新国立競技場の基本設計は出来上がっていない!(3)

5月28日に有識者会議により発表された新国立競技場基本設計案承認がいかに、出鱈目かについての解説の続きです。

5月28日に有識者会議により発表された新国立競技場基本設計案承認がいかに、出鱈目かについての解説の続きです。

昨日よりなぜか私の使っているメールのサーバーが落ちてしまい、てんやわんやしておりました。

第5回有識者会議で配布された資料の一部です。

ダウンロード可能になっております。

これをその日のうちに内容を全部チェックしまして、新聞、TV、ラジオ、雑誌等々の各マスコミ報道関係の方々に、私見を述べさせていただいていますので、今週から追々記事になっていくと思います。

この基本設計案を見てまず思ったことは、

北斗の拳でいえば

「ザハ案よ、お前は既に死んでいる。」です。

そして、

「これを承認した審査委員長よ、

基本設計の秘孔を突いた。この解説の3週間後てめえは死ぬ。

その3週間でてめえの罪深さを思い知れ」

です。

前回で、「屋根を遮音装置と詐称」しているという秘孔を突きまして

屋根の考え方が既に建築違反であることは前回述べました。

今回発表された外観パースというものがあります。

一見、最初に見たザハ案によく似ているように見えますが、

これ実際はまったく違う建築なのです。

ただし、前述したように基本設計を受注した日本の設計事務所が、建築的に破綻していた元のザハ原案に極力似せてなんとか成立させようと試み中のものといっていいでしょう。

まず、このパースで素人目には誤魔化されてしまうのですが、

前回の模型発表時以上にヒドイものになっています。

このままいくと、外苑西通りが首都高が覆いかぶさる六本木や池尻大橋となってしまうことが、

決定します。

次に、

緑化計画と謳って配置計画がありますが、

こんなもん、緑化と呼べる代物ではありません。

大阪マルビルに継ぐような緑化偽装です。

そして、構造システム。

基本設計案を見る限り、現在、まだ構造設計はアイデアレベルに過ぎず、固まっていないようなのですが、

既に元々のザハ案がもっていたダイナミックさは失われてしまい。

もはや、あの案を選んだ意味はまったくなくなりました。

結果としてデザインとしてはまったく別物です。

現国立競技場がもっている構造美もなく、周辺敷地への親和性もなく、外構計画と呼べるデザイン性もなく、避難のための広場もありません。

周囲の道路との間には歩道の巾程度の敷地余裕もなく、イベント開催時には入退場時に必ず大混乱と、渋谷駅以上の大渋滞をもたらします。

さらに、恐ろしいのが

日本側ではザハはデザイン監修でしかないのだから、どんどん勝手に変更改悪してでも現実化していけばいいと考え、

コンセプトもずれてしまってデザインが狂ってきているにもかかわらず、

審査委員長は「うん、バランスがええ」とか言っているようですが、

私が聞く限りにおいて、ザハは現在においても、自分の元々のコンセプトとあの流体的な三次元形態の設計デザインを辞めていないらしいのです。

同時に、そもそもこのコンペに招待されていたレム・コールハースは、コンペ後の設計契約の不当性を理由にこの新国立競技場コンペへの参加を辞退していたという事実があります。

レム・コールハースは脱構築系の建築家ファミリーの思想的支柱であり、ドンであり、ザハの師匠なんです。

このことがもたらす意味は、杞憂かもしれませんが、日本の建築界に対して、かなり恐ろしい事態が想定されるのです。

これらについて順次解説を加えていきたいと思います。

昨日、80~90年代の日本の商業・観光ゾーン開発を牽引し、

フィッシングはじめアウトドアライフスタイルブームの提唱者であって浜野商品研究所を率いられる浜野安宏さんから、

というものがツイッターのTLに流れておりました。

「新国立競技場はザハ案をいくらいじっても地獄道。

こんな時代錯誤のデザインを選んだことを詫びて、

代案の選定を命がけで行いなさい。

修正案などもっと酷くなっているではありませんか!

もう二度とこんな酷 いコンテクスト破壊は止めてください。」

浜野さんは、安藤忠雄さんの最初期の神戸の仕事をつくったり、

その後の飛躍にずいぶん手を貸した方で、

安藤忠雄さんにとっては大恩人ともいうべき人です。

安藤忠雄さんがある程度出世して以降は、

決裂してしまったと聞きますが、

この檄文ともいえる内容は、

浜野さんから最後の親心なのではないでしょうか。

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