珍奇な菌類"珍菌"の日本一が決定!― 第二回日本珍菌賞 ―

今年も珍奇な菌類の日本一を決める日本珍菌賞の季節がやってまいりました.菌にとっては嬉しい梅雨に突入しておりますが,皆様いかがお過ごしでしょうか?
伊藤元己

■はじめに

今年も珍奇な菌類の日本一を決める日本珍菌賞の季節がやってまいりました.菌にとっては嬉しい梅雨に突入しておりますが,皆様いかがお過ごしでしょうか? 僕は「このまま珍菌賞が続いて『珍菌』が夏の季語になったら面白いな」などと考えながら,じめじめとした日々を過ごしております.ちなみに松茸や松露(しょうろ)は立派な秋の季語だそうです.さすが,知名度の高い菌は違いますね.しかし,無名の菌の中にこそきらりと光る珍菌がいることを世の中に知らしめるのが日本珍菌賞の目指すところです.それでは,マツタケのようなメジャーな菌はまず登場しない,予想の斜め上を行く珍菌たちのデッドヒートをお楽しみ下さい.

■第二回日本珍菌賞

去年の選考結果や賞の設立の経緯についてはこちらをご覧ください.珍菌賞の選考においては前回と同様,珍奇な"形態","生態","宿主"や"発見の経緯"等を有する珍菌をツイッターで募り,その"珍奇性に対する反応"に基づき珍菌日本一を決しました.この"珍奇性に対する反応"は珍菌ツイートに対する以下の数字に基づいて評価しました.

RT (retweet) 数:自分のフォロワーに対して情報拡散された回数.

Fav (favorite) 数:お気に入りされた回数.

遊び心あふれる企画とはいえ学術的な土台はしっかり据えておきたいので,選考対象とする菌は過去に学術論文や学会で発表されたものに限定しました.このようなルールのもと,今年の5月に珍菌賞の選考を行いました.

選考期間中は100以上の珍菌関連ツイートをいただき,最終的に20種の珍菌賞候補がエントリーされました.去年と被る部分も出てくるかと思っておりましたが,上位入賞菌は全く新しい顔ぶれとなり,珍菌の層の厚さを思い知らされました.

ここでエントリーされた全ての珍菌賞候補を紹介するのも大変ですので,以下では受賞菌を含めた上位5種のみの紹介にとどめたいと思います(他の珍菌賞候補や選考過程についてはこちらを参照ください).

第5位"ゼラチン質におおわれた美きのこ"Hygrocybe stevensoniae(和名なし)

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撮影者:白水貴

透明なゼラチン質におおわれた緑色の美しいきのこ.ガラス細工のように繊細に輝く自然の造形美.写真は乾燥標本にされる直前の最後の輝き.さらに美しい写真はこちら

第4位"ラガービールの礎"Saccharomyces eubayanus(和名なし)

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*写真はS. eubayanusが分離されたキッタリアというきのこの仲間で本菌とは別種

撮影者:伊藤元己

南米パタゴニアに産するキッタリアというきのこから分離された酵母が,なんと遠く離れたドイツでラガービールの醸造に使われていた酵母の"親"だった.この酵母は15世紀にヨーロッパに持ち込まれ,別種の酵母と交配してラガービール醸造の礎となる系統を作り出した.ビール好きの方はこの酵母に感謝するべき.

第3位"立ち上がった腹菌" Thaxterogaster porphyreus(和名なし)

*きのこの内部で胞子が作られる菌類を腹菌類(ふっきんるい)と呼ぶ

*現在本菌はフウセンタケ属の仲間とされCortinarius porphyroideusが正式な学名

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撮影者:白水貴

紫色をした鮮やかな外見も目を引くが,それよりも面白いのは柄があって立ち上がるきのこなのに傘が開かず,内部で胞子が成熟するという特徴(このようなタイプの腹菌をセコチオイド型と呼ぶ).きのこが成熟しても胞子は空気中に放出されず,その代わりに鳥や動物が果物と間違えて食べることにより胞子散布がなされるといわれている.

第2位"禍々しき冬虫夏草"Cordyceps ignota(和名なし)

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撮影者:Ian Suzuki

魔界からの使者のようなおぞましい姿をした冬虫夏草.そもそも宿主がタランチュラという時点でビジュアル的な破壊力は確定済み.本菌は寄生したタランチュラの体内を消化吸収し,燃え立つ炎のようなきのこを生ずる.

そして,栄光の第二回日本珍菌賞に輝いたのは以下の珍菌です.

第1位"スイーツきのこ"Mattirolomyces terfezioides(和名なし)

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撮影者:Antonio Rodríguez

ビジュアルで勝負をかけてくるライバルたちを押しのけ,栄光の第二回日本珍菌賞に輝いたのは,なんと見た目の地味なトリュフだった(ただし,高級食材として知られるトリュフとは別物).しかし,つまらないきのこと侮ってはならない.本菌はきのこのくせに甘く,その甘さは人工甘味料のサッカリンにも匹敵するといわれている.このきのこがよく採れるハンガリーではその甘さを生かし,アイスクリームやケーキなどスイーツの材料として活用されている.土中から掘り出されたトリュフが甘いなんて,どうしてそうなったのか想像もつかない.実はこのきのこ,日本にもいることが2013年の日本菌学会第57回大会で報告された.ヨーロッパではニセアカシア林などに生ずるとされているが,なぜか日本ではアスパラガス畑からの報告が相次いでいる.まだまだ謎の多い珍菌.

■選考を終えて

今回上位入賞した珍菌たちは去年を大きく上回る反響をいただき,3位ですでに前回の受賞菌であるエニグマトマイセスのポイントを超えていました.また,和名のついている菌が一つもランキングしていないという点も目を引きます.

日本珍菌賞を主宰する菌学若手の会では,"甘いトリュフ"というチョコレート菓子かとツッコミたくなるような珍奇な特徴を備えた"スイーツきのこ"M. terfezioidesへの反響の大きさを評価し,今回の授賞対象にふさわしいと判断しました.日本菌学会第58回大会(2014年6月14日,小松市)の懇親会の場を借りて開催された授賞式では,みごと第二回日本珍菌賞に輝いたM. terfezioidesに代わり,本菌の日本初報告者である村上康明さん(大分県農林水産研究指導センター)に賞状が贈られました.残念ながら当日は授賞者不在のため,共同研究者の保坂健太郎さん(国立科学博物館)に賞状を受け取っていただきました.授賞式の壇上に上がっていただいた保坂さんには,本菌の共同研究に至った経緯とともに,実はご自身の推し菌であった"世界最小のスッポンタケ"Xylophallus xylogenusが5位入賞すら果たせなかった悔しさを語っていただきました.また今回も副賞として,元祖珍菌研究者,南方熊楠のデスマスク3Dクリスタルが授賞者に贈られました.続いて,日本産M. terfezioidesの食味試験を行った山本航平さん(信州大学)にも登壇いただき,本菌を珍菌たらしめたその"甘さ"についてご報告いただきました.甘さは舌に残るような感じで,生のきのこだけでなく乾燥標本も甘かったそうです.山本さんには特別賞として,奇譚クラブのキノコストラップが贈られました.

南方熊楠のデスマスク3Dクリスタル

キノコストラップ

■おわりに

来年も日本菌学会第59回大会(沖縄)に合わせて珍菌賞の選考を行う予定です.開催地である沖縄にちなみ,熱帯・亜熱帯の珍菌が多数登場しそうな予感がします.次回もきのこ好き・嫌い,プロ・アマにかかわらず,ぜひご参加いただければと思います.今回の記事が,皆様に菌類とその研究の面白さを知っていただくきっかけになれば幸いです.また,甘いトリュフが進化し,この自然界に存在することの不思議さ,我々の想像の斜め上を行く珍菌たちの珍奇性が皆様の心に響けば望外の幸せです.

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