歯科衛生士不足、最後にババをひくのは

看護師と同じく重責がある歯科衛生士。看護師との収入の差に声を大にするような話題は出てきません。
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■ 歯科衛生士はどんな仕事?

歯科医師のパートナーとして活躍する歯科衛生士。常に歯科医師の傍らに立ち、歯科医師と共に患者さんの治療に当たります。口の中に溜まった水をすったり、歯石をとったり、時には怖がっている患者さんに声をかけたりと、歯科医師の第三の目となって動いてくれます。歯科衛生士が歯科医師のアシスト的な役割をしてくれるおかげで診療はスムーズに運ぶのです。また医療器具の消毒や準備等も歯科衛生士が行い、診療だけでなく多岐にわたる業務をこなしています。医師にメスを渡す看護師が必要なように、歯科医師には歯科衛生士が必要不可欠な存在です。

専門的な教育を受けた歯科衛生士による診療補助は、そのまま歯科医師の技術力に関わります。歯科衛生が診療補助をした場合と、そうでない者が補助をした場合、歯科医師の技術力は20%も下がると言われています。歯科衛生士は歯科治療における「治療の質」を保つ重要な働きを持っているのです。

■ 歯科衛生士は国家資格

歯科衛生士になるには専門学校や大学で3年間(大学では4年間)専門教育を受けた後、国家試験を合格した者が対象となります。

最近、この3年制になり(平成22年より施行)歯科衛生士を目指す人たちの意識の違いが出てきました。明確に歯科衛生士になりたい者がこの職業を目指すようになったのです。以前は2年制でしたから、「医療系の仕事に就きたいけれど、3年は...」という理由で歯科衛生士を選んだ人もいました。現在は看護師も歯科衛生士も同じ3年ですので、明確に歯科医療に従事したい者のみが進学するようになりました。(ただやはり1年のギャップは大きく、3年制になった初年度は多くの専門学校で定員割れを起こしました。私のクリニックは歯科衛生士の実習機関となっていますが、その学校では定員の4分の1しか入学しませんでした)より意識の高い者が目指すようになったのは素晴らしいと思いますが、彼女らを取り巻く環境は決して良いとは言えません。

■ ちょっと気になる歯科衛生士の一日

厳しい実習や国家試験を乗り越えて、晴れて歯科衛生士になり、いよいよこれから現場へと向かいます。

歯科衛生士はどんな一日を過ごしているのでしょうか?タイムテーブルでみてみましょう。

例O さん(当クリニック勤務、常勤、28歳女性、独身)の場合

Am 8:30 出勤時間は9時だが、準備に余裕を持ってしたいため、8:30に出勤。頭がさがります。

Am 8:35 5分で着替え、準備開始。各歯科機材の立ち上げ、予約患者の確認、その日に使う歯科器具の準備など。患者さんが来る前の大変な一仕事です。

Am 9:25 各スタッフが集まりミーティング開始。

Am 9:30~13:30 診療開始。Oさんは先生のアシスト、患者さんの導入、器具の後片付けと準備に大忙し。息をつくヒマもありません。

Pm 1:30~午前の診療終了。これより後片付けと午後のための準備に入ります。もうフラフラです。お腹もすいているでしょう。ちなみに先生たちは診療が終わったとたん昼食をとりにどこかに行ってしまいます。

Pm 2:10 やっと休み時間です。歯科衛生士は診療中立っている時間が長く、ゆっくり座れるのは休み時間のみ。とは言っても患者さんから電話がかかってきたら出なければならないし、消毒をする滅菌器の終わった合図の音がしているので、その蓋を開けに行かないといけません。昼休み中も気が抜けず大変です。

Pm 2:55 短い昼休みも終わり午後のミーティング開始。「みんながんばろう!」のエール。

Pm 3:00~7:00 午後の治療開始。午前と同じくてんてこ舞い。午後は急患も多く、午前より大変です。たくさん喋るので喉が乾くので、スキを見つけては水分を補給。少しは甘いものをつまみたいですがそんな時間はありません。

Pm 7:00 診療時間終了。 今日も一日頑張りました。もうこれで終わりかと思いきや、さにあらず。まだ片付けやクリニックの掃除、明日の患者さんのカルテ出しなどが残っています。この時点で先生たちは飛ぶようにクリニックから出て行きます。先生たちは診療さえやっていればいいので、ずいぶん

いい身分です。

Pm 7:50 一日業務終了!今日もご苦労様でした。少し遅い時間ですが、若いOさんはこれから会食をかねた情報交換会です。意気揚々とクリニックを後にしました。

若手歯科衛生士「20〜24歳」では82.6%、「25~29歳」では63.0%(日本歯科衛生士会 第7回歯科衛生士勤務実態調査)が個人開業医に勤めています。多少の違いはあっても、多くの若手歯科衛生士は同じような一日を過ごしているでしょう。朝早くから夜遅くまで大変な職種です。Oさんはこれが当然だと思っていますが、実はここに大きな問題があります。

歯科医院の90%以上が超零細の個人経営であり、看護師のように三交代制にはできないのが現状です。近年、歯科医院の経営不振から診療時間を延ばす傾向がみられます。診療時間が延長されると、一番その負担がかかるのが歯科衛生士です。歯科衛生士は長時間勤務にさらされます。これが歯科衛生士不足の一因(後述)になっているのです。

■ 給料面からみると

厳しい教育と国家資格を持ち、それに専門的な能力が必要とされる歯科衛生士。収入面はどうでしょうか。

厚労省平成23年度賃金構造基本統計調査によると、歯科衛生士30歳の平均給与は360.8万円、非正規雇用者の時給は1,543円となっています。重責があるぶん、他の職種と比較すると少し高めとなっています。

ただし、看護師と比べると大きな差があります。看護師の平均年収は474.5万円、時給は2340円となっています。共に国家資格をもち、3年間の教育を受けているのに大きな差があるのは、違和感を感じます。

■この差はどこからくるのか?

まず、経営母体の差が考えられます。前述の通り、90%以上が零細企業の歯科医院としては、医院全体の収入から人件費に割く割合が一番多くなります。マネッジメント面からの人権比率ではこの金額が限界だと予測できます。

また、医院の収入大半は歯科診療報酬によります。これは医科の診療報酬よりかなり低く(時間当たりに換算すると、医科の1/7)、医院全体の収入は頭打ちとなり、それが根本的な原因となっているのです。

看護師と同じく重責がある歯科衛生士。看護師との収入の差に声を大にするような話題は出てきません。おそらくこれは、医科と歯科は別(医科歯科分業)という歴史があり、それが自然と日本の風潮となったのでしょう。これを打破しない限り、歯科衛生士の待遇は看護師に追いつくことはできません。

歯科業界は医療全体の中では決して恵まれているわけではないのです。そしてこの賃金格差と歯科衛生士不足のひずみは、どこに一番影響をもたらすのでしょうか?(次回に続く)

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