飼育48年のご長寿アマゾンマナティー「ぼくちゃん」に名前を 静岡・熱川バナナワニ園

世界でもめずらしい水生動物「アマゾンマナティー」が、日本の動植物園「熱川バナナワニ園」にいます。園は名前を募集中です。

世界でもめずらしい水生動物「アマゾンマナティー」が、日本の動植物園「熱川バナナワニ園」(静岡県東伊豆町)にいます。4月12日に推定54歳を迎えました。園は飼育48年目にして名前を募集中です。

えさの野菜を食べる熱川バナナワニ園のアマゾンマナティー=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

「かわいい」と声をあげてマナティーを見ていた若い女性のグループ。「50th+4」のかざりで54歳を祝っています=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

ムシャムシャ......。体長約2メートル40センチの大きな体でゆっくり泳ぐ、熱川バナナワニ園のアマゾンマナティー(おす)。好物のキャベツやニンジンを吸い寄せるように口に運び、少しずつ食べます。お客さんは「のんびりしていて癒やされる」「小さい目がかわいい」と、楽しそうに見ていました。

マナティーは、人魚伝説のモデルといわれています。アマゾンマナティーの展示施設は日本ではここだけ。世界でもブラジルにもう1か所しかないようです。絶滅危機の動物で、現在は取引が厳しく制限されているためです。

熱川バナナワニ園には1969年4月12日に来園しました。1日にバケツ3杯分の野菜を食べます。飼育係はうんちや行動から健康状態を調べます。週1回、水槽の水を抜き、体をナイロン製のたわしで洗います。記者も体験すると、マナティーはおとなしく、肌はもちもちしていました。

飼育係の神田康次さんによると、性格はおだやかで、女性や子どもが好きです。2006年に暴風雨でくずれたがけの土砂が水槽に流れこみ、職員に救出されました。その経験からか、マナティーは大雨や風の日は苦手といいます。

名前がなく、飼育係からは「ぼくちゃん」や「マナオ」などと呼ばれてきました。「名前をつけてあげたい」という声がお客さんから多くよせられたことを受け、熱川バナナワニ園は5月7日まで園内で名前を募集中です。神田さんは「マナティーという生き物や、地球の裏側で行われている保護活動も考えるきっかけになれば」と話します。

水槽の上から、ハクサイにのせたニンジンなどのえさを投入していきます=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

ハクサイを食べると、上にのっているニンジンが水に落ちるしくみ。マナティーは好物のニンジンが底につくまでに食べることが多いため、お客さんが食べる瞬間を見られる確率が高くなります=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

ニンジンを口に入れたマナティー。口元のひげ(感覚毛)でえさを区別して食べているようです=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

週1回、飼育係がマナティーの体をきれいにします。「アカスリ」と呼ばれていて、体をナイロン製のたわしでこすっていきます=静岡県東伊豆町、猪野元健撮影

アマゾンマナティーの生息地は、南アメリカのアマゾン川です。ブラジルの国立アマゾン研究所は弱ったマナティーを保護して特製ミルクで育て、野生に戻す活動を続けています。今月も数頭をアマゾン川に放流します。

マナティーの敵は人です。年に数千頭の皮がベルトコンベヤーやホースに使われた時代がありました。現地ではマナティーを食べる文化があり、法律で捕獲が禁止された今も密猟が続いています。密猟ではお母さんマナティーがねらわれ、ミルクをもらっていた赤ちゃんマナティーはえさを自分の力で探せず、衰弱してしまいます。

アマゾン研究所は傷ついたり弱ったりしたマナティーを年に10頭ほど保護しています。野生復帰を目標に、まず元気になったマナティーを半野生の湖に放流します。自然の環境に慣れて、健康に育っているマナティーをアマゾン川に戻します。2016年にこの方法で4頭をアマゾン川に放流しました。

野生のマナティーの研究は進んでいません。アマゾン川の流域面積は世界最大で、透明度が低いため、マナティーの調査が難しいことが原因です。こうした環境でも、アマゾン研究所は放流したマナティーが自然に適応しているかを確認しなければなりません。その役割を果たすのが、保護活動に協力している京都大学野生動物研究センターの菊池夢美さんです。放流前にマナティーに発信器をつけ、行動を分析したところ、去年放流した4頭は順調に育っていることが確認できました。

菊池さんは、世界でも数少ないマナティー研究者。マナティーと出会ったのは、日本大学動物資源科学科で学んでいたときです。沖縄の水族館でマナティーを見て、「顔、パドルのような形の尾びれ、短いけどよく動く腕......。どれもかわいくて、心を射抜かれました」。マナティーの研究者を目指しますが、同じ水生哺乳類でも、クジラやイルカに比べて知名度が高くありません。友だちからは「イカ飯(イカに米をつめた北海道の名物)みたいな動物だね」とも言われました。

「生態がよくわかっていないので、驚くような行動がたくさんあるはず」。菊池さんは放流したマナティーの行動データを解析して新しい情報を報告し、マナティーに関心を持つ人が増えればと願っています。子どもたちには「マナティーに関心を持ったら、自分で調べてみたことや考えを家族や友だちに話してほしい。マナティーのことが広まることは、保護へもつながります」と話します。

ブラジルのアマゾン川で呼吸するために浮上するマナティー(手前左)。水の透明度が低く、どこにいるかわかりにくいため、研究は進んでいません=菊池夢美さん提供

保護した赤ちゃんマナティーへの授乳=川端裕人さん提供

保護したマナティーに発信器をつけて放流するようす=市山拓さん提供

【マナティー】海牛目マナティー科。分類上はゾウに近い動物です。アマゾン、アフリカ、アメリカマナティーの3種がいて、どれも国際自然保護連合の絶滅危惧種に指定されています。飼育下での寿命は約70年といわれます。海牛目には、マナティーと同じように「人魚伝説のモデル」といわれるジュゴンもいます。尾の形がマナティーは丸く、ジュゴンは三角で、生息地なども違います。

マナティーは、国内ではアマゾンが静岡県の熱川バナナワニ園、アフリカが三重県の鳥羽水族館、アメリカが沖縄県の海洋博公園、香川県の新屋島水族館で展示。ジュゴンは鳥羽水族館のみで展示。菊池さんが「海牛類のすべてが展示されている国は世界で一つでは」と話すほど、日本は海牛類を生で見る機会に恵まれています。

ジュゴン。鳥羽水族館で日本で唯一飼育されています=三重県鳥羽市、猪野元健撮影

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