日雇い労働者の街の児童館、ありのままの子どもの姿を映画に

監督はボランティアとして子どもたちと5年間向きあい、撮影を決めました。

大阪市西成区の釜ヶ崎にある民間の児童館「こどもの里」のドキュメンタリー映画が上映されています。監督はボランティアとして子どもたちと5年間向きあい、撮影を決めました。

寝る前に職員が子どもたちに絵本を読む(C)ガーラフィルム/ノンデライコ(映画「さとにきたらええやん」より)

東京都中野区の映画館「ポレポレ東中野」で上映が始まった「さとにきたらええやん」。重江良樹さん(31)が初監督をつとめました。映画の舞台は、釜ヶ崎にある「こどもの里」(以下、里)です。

釜ヶ崎と呼ばれる地域は、天王寺動物園や大阪のシンボル通天閣、串カツ屋が並ぶ新世界などが徒歩圏内にあります。日本の高度経済成長を支えた日雇い労働者の街で、現在も若者や観光客より圧倒的におっちゃんたちが多いです。さまざまな事情で野宿生活を送る人も少なくありません。

釜ヶ崎の無料の宿泊施設(シェルター)へ向かうおっちゃんたち(C)ガーラフィルム/ノンデライコ (映画「さとにきたらええやん」より)

こどもの里の入り口(C)ガーラフィルム/ノンデライコ(映画「さとにきたらええやん」より)

こうした地域に里ができたのは、約40年前のことです。館長の荘保(しょうほ)共子さん(69)が、子どもたちの遊び場を確保したいという思いから始めました。学校帰りの子どもたちの遊び場、一時的に宿泊する場、親と住むことが難しい子どもが暮らす場、という大きくわけて3つの機能がある全国でもめずらしい施設です。

重江さんと里との出会いは2008年にさかのぼります。夜間の映像の専門学校生だったとき、卒業制作の題材を求めて釜ヶ崎の街を歩いていました。突然、建物から子どもが飛び出てきました。「危険な街」だという偏見があった釜ヶ崎に、子どもたちが元気に走り回る居場所があることに驚きました。半ば放心状態で子どもたちをながめていると、「野球しよや」と誘われました。その日の内に「シゲ」と呼ばれるようになりました。

それから5年間、ボランティアとして里に通いました。「子どもたちの裏表のなさや、ざっくばらんに付き合ってくれるような感じが、社会で気をつかいながら生きている僕にとっては、とても魅力的に感じました」。冬の凍えそうな日の夜に野宿者の体調を気遣い話しを聞く「子ども夜回り」などの活動、日本の成長に貢献してきた地域のおっちゃんたちの歴史を学ぶことなど、里の活動にも関心を持ちました。貧困や障がい、親からの虐待など、「しんどさ」を抱える子どもたちの姿も見えてきて、里が地域で果たす役割の理解を深めました。

「こども夜回り」を始める前に子どもやボランティアに向けて勉強会を開く館長の荘保共子さん(左端)。カメラを持つのが重江良樹さん。筆者は里を取材したときに重江さんと出会った=2014年2月、猪野元健撮影

「体は大丈夫ですか」と野宿する男性に声をかけて話す子どもたち=2014年2月、猪野元健撮影

重江さんが映画の撮影を決めた理由は、大阪市から里への補助金を廃止する動きが出てきたことです。運営の危機になると、職員、子どもたちと家族、釜ヶ崎のおっちゃんたちまでも継続を求めて動きまわりました。その姿を見て、「自分が大好きな子どもたち、里を撮って、発信していかないと後悔する」と、感じました。2年間かけて撮影し、100分に編集しました。

「さとにきたらええやん」では、里の子どもたちが元気いっぱいに過ごす日常はもちろん、子どもたちと家族との関係、行きづらい学校での出来事、高校を卒業して就職するようすなど、「しんどさ」や「希望」にも迫っています。里で暮らし、晩ご飯をつくっていた女子高生が、「つくるより、つくってもらうほうがおいしいやろ」と話す場面があります。複雑な事情で一緒に住めないお母さんへの愛情があることを、親子の関係を通じてていねいに描いています。

宿泊する子どもの髪の毛をかわかす職員(C)ガーラフィルム/ノンデライコ(映画「さとにきたらええやん」より)

子どもたちは笑顔が絶えません(C)ガーラフィルム/ノンデライコ(映画「さとにきたらええやん」より)

こどもの里に暮らす女子高生。自宅で暮らせないため、里が「里親」となっています(C)ガーラフィルム/ノンデライコ(映画「さとにきたらええやん」より)

「あんたは里のことをよくわかっているから」と撮影を許可した荘保さん。映画を通じて、「里のような居場所が、全国に少しずつ増えていってほしい」と期待します。「子どもたちの生きざまが、いまの里をつくっている。いろんな地域で大人が子どもたちと向き合っていくことで、その地域に必要な居場所ができるんじゃないでしょうか。地域の貧困対策にもなります」

無名の監督としてはめずらしく、12都道府県16館で上映が決まっています。重江さんは「子どもたちに元気をもらって、爽快な気持ちになってほしいです。里がある背景にも思いを寄せてもらえれば」と話します。ボランティアの期間も含め、里とのつながりは7年を超えましたが、これからも子どもたちと関わり続けていきたいと重江さんは考えています。

試写会の後に行われたトークショーで笑顔を見せる重江さん(左)と荘保さん=6月4日、東京都渋谷区、猪野元健撮影

「さとにきたらええやん」は現在、ポレポレ東中野で上映中。7月2日(土)から大阪の第七藝術劇場で公開。全国各地で順次公開予定です。くわしくは公式サイトへ。

6月15日付の朝日小学生新聞に掲載した記事に加筆し、写真を追加しました。くわしい媒体の情報はジュニア朝日のウェブサイト

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