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2018年02月27日 17時27分 JST | 更新 2018年02月27日 17時27分 JST

すれ違う二人の気持ちをいかに埋めるか~性加害の根源にあるものを探して~

被害者と加害者の認識のズレをいかに埋めるかが、セクハラや望まない性行為などの一連の問題を減らす大きなカギとなるだろう。

相手の気持ちを完全に理解することはとても難しい
谷村一成
相手の気持ちを完全に理解することはとても難しい

 2016年の夏休みのこと。私は夏休みの旅行費用を稼ぐために、渋谷のイベント会場で派遣アルバイトをしていた。ある日、同い年の女性と一緒にホールを担当することになった。休憩中、大学生活や趣味の話などで盛り上がり、私はもっと彼女と仲良くなりたいと思った。アルバイトも終わりに近づいた頃、「疲れた~!」と言って彼女は腕を回していた。私はすぐさま肩を揉んであげた。すかさず近くにいた1歳先輩の女性スタッフの方が、「いいなー!私もやって!」と近づいてきた。アルバイトも終わった帰り際、私は思い切って連絡先を聞いた。ちょっと戸惑った顔をしたような気がしたが、すぐに教えてくれた。渋谷駅のホームで「バイバイ~!」と言って別れた。

 帰宅後、派遣会社から連絡が来て、匿名でセクハラ被害の訴えがあったことが伝えられた。私は厳重注意処分となった。「ただ、仲良くなりたい一心だったのに・・・。」私は衝撃を受けた。セクハラをしているつもりは全くなかった。

 ここのところ話題となっている#MeTooの動きの中で"加害者"とされた方々や、その抗議の声に異議を申し立てている方々の声を私は非常に興味深く感じている。どういった声かというと、セクハラと訴えられた行為を、「悪気はなかった。」「好意を表しただけ。」と弁明する声だ。この弁明はまさに私がセクハラだと訴えられた時に私が最初に感じたことと同じであった。

 このような弁明の声は、私のような「悪気のない加害者」が私以外にもいることを表している。BIGLOBE201711月に行った『セクハラに関する意識調査』によると、セクハラをされた時に特に何も行動しなかった人のうち、25.9%が「相手が気づいていないので言いづらい」と回答している。これは、性的被害に関して被害者と加害者の間に大きな認識のズレがあることを客観的に示していると言えるだろう。

 この「悪気のなさ」は非常にやっかいだ。加害者は無意識、あるいは親切心や好意に基づいて行動している。そのため、加害者は自ら行動を改めることはほぼ無いだろう。訴えられたとしても、自分の親切心や好意が踏みにじられたと感じてかえって怒り出す場合もある。セクハラや強姦等で訴えられた方の中に、まるで開き直ったかのように自己正当化する方がいるが、私はもしかすると加害者は開き直っているわけではなく、心から自分は間違っていないと思い込んでいるのではないか?と考えている。

 この加害者と被害者との認識のズレが大きな悲劇につながるのが、性行為に関する"同意"である。相手の望まぬ性行為は強姦罪などの重い罪となりうるだけでなく、被害者の人生を台無しにしてしまう。内閣府の平成26年度調査によると、女性の15人に1人が異性から望まぬ性行為をさせられた経験があることがわかっている。また、そのうちのおよそ7割が誰にも相談しなかったと回答している。多くの加害者が、自分が加害者であることにすら気づいていないのである。(この調査は男性が被害者であるケースや、同性が加害者であるケースを含んでいないため、もっと多くの悲劇が存在すると考えられる。)

 この被害者と加害者の認識のズレをいかに埋めるかが、セクハラや望まない性行為などの一連の問題を減らす大きなカギとなるだろう。とはいえ、言うは易く行うは難しである。これまで何度か私が在籍している中央大学において、友人らとともに啓発イベントを開催した。だが、参加者の顔ぶれはいつも見覚えがある人たちばかり。すでに性に関する問題にしっかりと向き合っている人々に対して、性に関する問題を啓発するというなんとも滑稽な状況になっているのだ。本来「啓発」とは、その問題に興味関心が低い人々に対して理解を促すものであるべきなのだが、そのような人々は性に関する問題に興味がないので通常のアプローチだと参加には至らない。性行為の同意に関するワークショップを全国で開催している一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション共同代表の大澤祥子さんにこの現状をお話ししたところ、「正直、私たちもその点は課題だと感じています。」とおっしゃっていた。私たちに限らず、多くの啓発団体が直面する課題のようだ。

谷村一成
友人たちと開催したハラスメントに関する啓発イベント

 ところで、普段漫画を読まない私が珍しくはまっている作品がある。吉田貴司さんの『やれたかも委員会』(https://note.mu/yoshidatakashi3/m/meb18e27a76d0)という作品だ。今年1月からAbemaTVで実写版の放送もスタートするなどいま話題の漫画である。ストーリーは単純だ。毎回、相談者(男性であることが多い)が現れ、過去の「性行為に至りそうだと思ったが、結局至らなかったエピソード」を赤裸々に語る。それを3人の審査員(21)が、「やれた(=相手は性行為に同意していただろう)」か、「やれたとは言えない(=必ずしも相手は性行為に同意していたとは言えない)かを判定するというものだ。

 漫画には様々な女性が登場する。「クリスマスの夜に際どいサンタクロースのコスプレ姿でデートに現れた後輩」や、「酒に酔って手を繋いできた同級生」など。それをすぐに相談者は性行為の同意のサインだと短絡的に考える。だが、オチは「身体に自信があったから見せびらかしたかっただけ」であったり、「好きな人の気を引くための当て馬として利用しただけ」であったり。面白おかしく、でも鋭く男女の認識の違いを描いている。(今後、同性どうしのテーマも扱われるかも?)「これは使える!」この漫画に出会ってすぐに私は思った。

吉田貴司
漫画『やれたかも委員会』の一場面

 昨年12月のこと。私が在籍する大学の仲間と共に立ち上げたイベントサークルで、作者の吉田貴司さんにご協力いただき、この漫画の実演イベントを行った。題して「リアル『やれたかも委員会』@中央大学」だ。これまで、「性に関する啓発イベントをします」というと、どうしても難しくて堅い話をするのだと敬遠されてしまい、性に関する問題についてもともと関心が高い人々しか集まらなかった。そこで今回は、「やれた」か「やれたとは言えない」かといった居酒屋で盛り上がるようなネタを扱い、話題のハードルを下げた。当日、会場は多くの「性に関する問題に興味の低い学生」で埋まった。

 イベントでは私が相談者として架空の「やれたかも」エピソードを披露する役割を演じた。また、中央大学の後輩である小菅涼平さん、今井瑠々さん(公益財団法人ジョイセフhttps://www.joicfp.or.jp/jpn/公認ピアアクティビスト)、足立有希さん(一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクションhttp://chabujo.com/メンバー)という、いずれも性に関する問題を積極的に学んでいる3人に、漫画の登場人物さながらのコスプレで審査員を務めていただいた。

 はじめに漫画の実演を行い、そのエピソードで描かれた性行為の同意に関する両者のすれ違いを、会場も巻き込んでディスカッションした。「一緒に泊まったということが、イコール性行為の同意ではない。手を出してくるのを待っていたのかもしれないし、寂しくて添い寝がしたかっただけかもしれない。あくまで、そこにあるのは一緒に泊まったという客観的事実だけだ。」「キスをしたからといって、最後まで性行為をしなければならない義務が生じるわけではない。途中で気持ちが変わることだってあるし、その時は途中で行為をやめたっていい。」議論を通して、参加者は自分自身がいかに短絡的に相手の行為を性行為の同意だと判断していたか、同意のサインだと考えていた相手の行動にいかに様々な解釈の可能性があるか、といったことに気づき、はっとして過去の自分の行為を振り返っていた。性に関する問題が遠い別世界の事柄から、まさに自分自身に関わることへと変わっていった。

谷村一成
「リアル『やれたかも委員会』@中央大学」に参加した学生たち

 セクハラや望まない性行為といった性被害を減らすために、人々のセクシャルな事柄に関する認識のずれを埋めることが大きなカギとなる。だが、そのことがいかに難しいことか痛感する日々でもある。日頃から性に関する問題に取り組む諸先輩方と比べると、何度かイベントを開催しただけの私の経験は到底及ばない。だが、そのわずかな経験の中で何か感じたことがあるとすれば、一つだけ。もともと性に関する問題に興味がない人々が関心を持ち、自分に関わる大切なこととして考えるようになるためには、このような難しいテーマをいかに日常レベルまで落とし込めるかがカギとなるだろう。