韓国スタディーツアー最初の訪問先は、若者の住宅問題を改善する活動に取り組む団体だった。その名もミンタルペンイ・ユニオンというNPOと住宅協同組合だ。
両者は1つのグループのもと同じ法人格を持っている。ソウルの大学卒業後・就職後の若者にとって最大の悩みである、住宅問題の解決にとりくんでいる。
「ミンタルペンイ」とは韓国語でナメクジを意味するので、和訳は「ナメクジ組合」ということになるが、その奇妙な名前の由来は、2011年発足時の「カタツムリも入るところがあるんだから」というフレーズが元になっているという。
組合の入る雑居ビル
2団体は、ソウル市街地に位置する雑居ビルの中に事務所を構えていた。先方は、ミンタルペンイ・ユニオンの理事長であるイム・キョンチさんと、住宅協同組合のソン・ウネさんだ。ソウルの劣悪な若者の住宅問題を改善するために、どのような取り組みをしているのか話をうかがった。
ミンタルペンイ・ユニオンとは?
ミンタルペンイ・ユニオンは、市民団体として若者たちの住宅問題の向上と政策改善を目的として、2011年に大学生を中心に設立されました。元々は学生寮を設立する要望する学生自治会でした。しかし、学生自治会の役員が毎年入れ替わるので、持続的にやっていく仕組みを模索していく中で設立されたのが、ミンタルペンイ・ユニオン でした。立ち上げたメンバーが学生のときには、学生のみが対象でしたが、卒業した今は全ての若者を対象としています。
ミンタルペイ・ユニオンはソウルを拠点に全国規模にネットワークをもって活動をしています。その当時私は24歳で、大学生でした。ミンタルペンイ・ユニオン は、入居者たちの集まりを作ったり活動の機会の提供をしています。2団体を含めてグループ全体では、現在職員数は7人います。
なぜソウルの若者の住宅環境は劣悪なのか?
この活動を始めた背景には、今のソウルの若者に劣悪な住宅問題があります。ソウルの若者は家賃が高く、とても狭いところに住んでいます。坪の値段は、タワーパレス(金持ちのマンション)よりも高いくらいで、ソウルではそのようなところしか住めるところがありません。
若者たちが住むところは狭くて音が漏れたりするにもかかわらず、家賃は、一カ月あたり約50万ウォン (日本円だと4万5千円)もします。それは、韓国の最低賃金で一カ月働いた場合の賃金のだいたい3分の1の出費なのです。そのような状況は住宅政策が不十分だから作り出されました。
20代の若者のうち、公営住宅に住んでいる若者の割合は2割程度です。公営住宅に住むためには順番を待たなければなりませんが、その時に優先されるのは家族の人数の多さや高齢であるかどうかなのです。つまり、結局40代くらいからしか入ることができません。若者の住宅問題は、このように若者を不平等に扱っていることが原因なのです。
ソウルの住宅の様子
日本とは異なり、入居者のための政策が充実していないのが今日の韓国なのです。日本には、借りてる人の権利を守る法整備が進んでいますが、韓国は入居者のための政策がもともとないのです。持ち主の権利が強いのが韓国ですので、借りる側は不当な扱いを受けることがあります。例えば、一方的な家賃の値上げや強制退去などが起きます。つまるところ、家を持つしかこのような問題は回避できないのが現状なのです。
これまで若者の社会的な問題は、若者が就職さえすれば全てが解決されると考えられていました。韓国では、2003年から失業率が上昇しました。根本的な解決をしようとしなかったので、今だに就職問題と住宅問題が悪循環を起こしているので、今日に至るのです。
若者の住宅問題を解決する方法
ミンタルペンイ・ユニオンの重要な活動の一つが、若者の住宅問題の相談に乗ることです。韓国では、居住権について学ぶことがほぼありません。20歳になったら、ほとんどの若者が1人暮らしをすることになりますが、若者は知識・経験がないまま契約をすることになるので、家主が不平等な契約をすることが時々あり、それが若者の住宅問題につながっています。
そもそも、若者たちが住宅政策などについて理解をすること自体が簡単ではありません。トラブル時の対処、居住に関する権利ついて、若者が知ることはそもそもあまりありません。例えば、韓国の公共機関の住居のウェブサイトは、アクセスはできても閲覧がしにくいデザインになっています。わざわざファイルをダウンロードしないと利用できないページもあるくらいです。
ミンタルペンイ・ユニオン は、年間100件ほど若者から相談を受けています。主には、ウェブ上で相談を受けていますが、引越し繁忙期の夏や冬には、大学の近くのカフェなどでテーブルを予約するなどして相談を受けることもあります。場合によっては弁護士に繋げるときもあります。残念ながら問題が解決されないこともありますが、それはそもそも入居者のための法律がなかったりすることが原因だからです。
また、入居者たちから直接、話を聞いてその声を政策に反映させる活動もしています。ユニオンが大事にしていることは、当事者である入居者の声です。これまでの社会ではこのように問題を重要視して来ませんでしたが、当事者には一大事です。
私たちは相談や集会で個々の事例を聞いて、制度の改善になるように政策提言をしています。ユニオンが取り組んだ政策提言の大きな成果のひとつは、公共住宅に入居するための条件で若者も平等に扱われるようにしたことです。4年間訴え続けて、結実しました。今はまだ政策の方針が変わっただけで具体的なルールは決まってはいませんが、若者が他の入居希望者と同等に扱われるようになりました。また、住宅自体を増やすことも決定しました。
このようにしてミンダルペンイ・ユニオンは若者の住宅問題の情報提供や相談、そして政策提言をして若者の住宅問題の解消にとりくんできた。
さらに驚きなのは、この活動を実際に住宅の提供にまで事業を拡大したことだ。住宅協同組合のソン・ウネさんが、どのようにしてソウルの若者に住宅提供をしているのか教えてくれた。
若者向けのシェアハウス事業を展開する住宅協同組合とは?
先方 : 住宅協同組合1年目のソンウネさん(中央)
住宅協同組合は2014年に設立され、これまで若者への住居の提供を主な活動としてやってきました。この協同組合は、ミンタルペンイ・ユニオンの活動の延長の結果できたもので、メンバーは同じです。
組合ができた理由は、若者たちの住宅問題についていくら声を上げても変わらない現実が続いたので、だったら実際に住むところを作ってしまおうということで始めました。
月額500円でシェアハウスを所有する仕組み
若者に住宅を提供する仕組みはこの通りです。例えば40万ウォン(約3万9千円)を家賃として20人から集めて、20年が経過すると家2軒を建てられるようになります。共同出資なので、ひとりが所有するのではなく、20人で構成される組合で所有するということです。つまり、40人から共同出資を募ると、20年で家が4軒できるということです。
これを協同組合の制度を利用して、組合員を募り共同出資をして組合で住まいを保有するという形にしているのです。このような方針で、2014年にこの組合活動をはじめ、今では組合員は233人で9軒の家を保有しています。組合独自で建設した家は7軒あり、現在は120人ほどが住んでいます。
組合の会費は通常は、月額1万ウォン (約1000円)としていますが、今は生活が苦しい当事者があまりに多いので月額5000ウォン (約500円)としています。組合の月収入は行政からの委託費なども含めると、1億5000万ウォン (約1500万円)になります。
組合を増やす仕掛け作りも
住宅協同組合は、若者が住まいを組合で保有するための仕掛けづくりもしています。例えば、住宅協同組合のコーディネーターは、団地を組合にしていくように働きかけ、団地内にシェアルームをつくる仕組みを展開している。ここでいう団地とは、ソウル市住宅供給公社の運営による団地なども含まれます。
現在、コーディネーターは125人います。この活動は、高い家賃を下げて、若者が抱える精神的なプレッシャーを軽減することにも一翼を担っています。ある調査によると、若者の2人に1人がシェアハウス(共同住宅)に入る意思があることが明らかになっているのです。しかし、そのようなニーズを持つ若者は、点在していてシェアハウスの情報が入手しづらい状況にあるので、これらの若者たちを集めて情報を共有し、コーディネートしているのです。
予算の問題もあったので、ソウル市自体は当初はこのコーディネート事業をあまり歓迎してくれませんでしたが、市民からの要望があるとして訴えかけた結果、ソウル市からコーディネート事業を受託することになりました。
住宅協同組合は、強すぎる家主の力を弱めて入居者の力を強め、その声を社会に届ける活動もしています。去年はウェブ上で宣伝をしたり、キャンペーンや説明会を開催するなどして問題を世間に訴えかけてきました。シェアハウスに関心がある若者を5人くらいを集めてテーブルトークをする活動もしています。こういう活動を積み重ねて、組合員を増やしていくことも今の段階の目標です。
一人暮らしの孤立をなくす活動も
組合員が目標としていることは3つあります。
- 若者の当事者の集団を作る
- シェアハウスを供給していくことを促進
- 若者の一人暮らしの孤立を緩和していくこと
です。
さらに、住まいのリフォームを組合員自身でする活動もしています。そうすれば高い費用を業者に払う必要もなくなります。リフォームは、組合の住まいに住んでいなくても参加できるので、まだ入居できていない組合員であっても、組合の活動に参加しているような感覚を得られる機会にもなっています。
リフォームのみならず、交流会をしたり下見をしあったり、組合員たちが引越しを手伝ってくれたり、引越しパーティを開くときもあります。
入居している組合員は月一回、住居の方針を決めたりしています。これだけ組合を作っても家の数はすぐに増えることはないのでまだ入れない人のために、家庭菜園や映画鑑賞、クラフト、編み物、生活や暮らしの勉強会、エネルギー効率の勉強、規則や約束について話すなどの活動の機会も作っています。こうすることによって、組合員の3つ目の目標である、「若者の一人暮らしの孤立を緩和してくこと」を実現しているのです。
活動をしていく中でこれまで様々な成果が出てきました。国の政府から自分たちの事業について「社会的住宅」という名称をつけてもらったり、中央政府も協同組合の形で保有する住宅を供給していく「New Stay」という国のPFI事業を展開することにもなりました。民間企業出資による住宅供給事業に、協同組合も参入できるようになったのです。さらに以前は家を増やそうという考え方でしたが、今は暮らしの質を高めるという考え方にシフトしてきています。
住宅問題で被害にあいやすいのは若者
日本にいてはあまり実感がない若者の住宅問題だが、実はスウェーデンでも同様である。ストックホルムとヨーテボリなどの大都市圏は、住宅不足が叫ばれて久しい。ストックホルム市が管理している賃貸斡旋サービスに登録している人の数は、2013年時点で43万人に達している。ストックホルムの人口規模は200万人であることを鑑みると如何に住宅不足が深刻化がわかる。
こちらの記事によると2017年1月時点で、この数は55万6千人にまで膨れ上がっている。これらの登録している人すべての人が長期の賃貸住宅(First Contract)を契約できるようになるまでは、50年かかると同記事で指摘している。
さらに、20歳から27歳の30万人の若者が不動産を所持することができず※、特にスウェーデンに移住したばかりの人が住まいを探すことに苦労していることも、調査で明らかになっている※。実際に当ブログのフォーラムでも住まいの探し方に関するスレも立ち上がっている。
スウェーデンはヨーロッパの中で伝統的には、独り立ちをする年齢が他の国に比べて早い傾向にあったが、近年は住宅不足の影響もあってか、独り立ちの年齢も高まっている。ストックホルム大学に私が初めて留学したときは、留学生が住まいをみつけることができないと訴えかけていたり、最悪の場合、留学プログラムを諦めて帰国する学生もいた。
ソウルと、ストックホルム、どちらの街も住宅問題が深刻あることは間違いないが、根本的な原因が異なるのはもちろんだ。しかし、どちらの国にせよ被害をうけるリスクにあるのは若者であるという点においては一致している。そういう意味において若者政策においても、「住宅政策の若者への影響」という視点は決して看過されてはならない。
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