看護専門職通信教育をスタートして1年を振り返る

1年を振り返って見えてきたもの、そしてこれからの展望を示したいと思います。

星槎大学大学院教育学研究科

佐藤智彦

昨年度から星槎大学大学院で看護専門職通信教育を開始して丸1年が経過しました。これは、看護学生や看護師に「教えられる人材」を養成していこう、そこから看護師不足への対策をしていこう、と考えて始めたわけです。少子高齢化による医療ニーズの高まりが今後さらに進むということは皆さんすでにご想像がついていると思いますが、先頃発表された看護職求人倍率2.79倍1)という過去10年で最高の求人倍率を見ると、看護師不足問題の解決まではまだまだ先が長いのではと感じられます。

また、2030年までに180万人ほどの就業者数減少が見込まれる中で、医療・福祉分野は増加が見込まれるわずか2つの産業の中の1つとされており2)(もう一つは情報通信業)、今後取り組むべき重要な課題の1つに看護師養成があるわけです。離職の防止や潜在看護師の復職支援など、短期・中期的な対応策とあわせて、この看護師養成は看護師不足問題に対する長期的な視点からの方策です。教育学修士取得とともに看護師養成施設教員を目指す星槎大学大学院の看護教育研究コースが、この4月に新入生を迎えて2年目がスタートしました。この1年を振り返って見えてきたもの、そしてこれからの展望を示したいと思います

看護専門職通信教育の開始から1年の振り返り

2015年度は7名の大学院生(看護師4名、看護教員3名)と一緒に、修士論文に向けて研究の計画・準備から開始までを進めてきました。この春までに彼らは大学院全体での研究発表会を2回経験しました。昨年10月の1回目では研究計画を示し、今年4月の2回目では研究計画に加えてその進捗も示しました。学校教員など教育関連の大学院生が大半を占める中での研究発表は、普段の医療関連の現場で使う言葉は必ずしもふさわしくありません。専門用語の説明も織り交ぜながら、わかりやすく自分自身の研究内容をアピールしなくてはなりません。

そして質疑応答です。聴衆の大多数が社会人大学院生なので、質問のポイントは多岐にわたります。看護に関連した質問内容を想定しておくだけでは不十分です。「その評価法は教育効果を見ていることになるのですか?」「教育介入をしたあとで、参加者の意識の変容はどのように評価するのですか?」「この研究テーマは、看護業務の改善を目指したいのか、看護組織の改善を目指したいのかどちらですか?」などと、学生たちは予想しなかった問いや指摘にうろたえることもありました。この1年で大学院生たちはこの研究発表会を通して、発表のやり方だけでなく聞き方も覚えてきたと感じています。自分の発表での質疑の内容を書きとめるだけでなく、看護教育研究コースの仲間の発表での質疑についても拾い上げ、グループ内でシェアするようになり、さらに質問やアドバイスをもとに次に研究内容をどのように改善していけばいいかアクションプランを提示するようになってきました。

それぞれの大学院生(看護師)の研究テーマの多くは病院での現任教育に関わるものです。特にクリニカルラダーが目立ちます。これは、看護師としての専門知識や技術を段階的に身につけるためのキャリア開発プランのことを指し、各ステップで到達すべき具体的目標が設定されるため、実践能力を高め将来像を明確にするほか、人事評価にも役立つとされます。就職したらどんな仕事内容でもこなさなくてはならない日本固有のメンバーシップ型雇用慣行の中で、看護業務の職業的意義を念押しする意味でこのキャリア教育は非常に重要だと考えます。各病院の特性を生かして病院ごとにこのクリニカルラダーを設けるのですが、マンパワーの十分でない小・中規模病院でそこまでの整備が行き届いていないところが多いわけです。2010年4月から新人看護職員の卒後臨床研修が努力義務化されたこともクリニカルラダーへのニーズを後押ししていると考えられます。大学院生は研究テーマの中心にクリニカルラダーを据えて、管理職または中堅看護師として、新人看護師や中途入職看護師に教育をする立場からの関わりを追求している最中です。

看護教員をしている大学院生は、効果的な授業のやり方へのニーズが高いと感じます。就職難の時代でも需要が多く専門性の高い医療系職種への人気は高く、看護師の高学歴化も指摘されていますが、親の強い希望だけで看護系に進む学生も少なからずいるのが現状です。一人前の看護師になるように何十人もの学生を導く看護教員の大変さは、一般の学校教員に重ね合うところが多いのではないかと思います。

また、大学院生たちは、修士を目指した研究だけでなく様々な科目履修から得るところも大きいようです。これまで、テキストを勉強しながら、答えが用意されていない問いに対して自身の立場と意見を述べるレポート課題を重ねてきたため、自分の考えを言うことや文章に表すことへの抵抗がなくなってきています。こういったことは、職場外の研究会での発表、地域の高校生への社会人講話、電子媒体や紙媒体への寄稿などといった、勤務外での実績にもつながります。

次回では、通信教育のデメリットを克服するべく1年取り組んできたこと、新入生と新入教員を迎え入れたこと、そしてこれからに向けてのこと、についてそれぞれ触れていきたいと思います。

勤務先訪問の意味

通信教育の弱いところは、学生との直接のつながりの希薄さです。これはMOOCなどの通信教育でも示されており、対面がメインとなる通学型の学習とは大きな違いになります。そこで学生のモチベーションの持続はキーテーマとなるわけです。私自身が昨年度1年間かけて意識してきたことが、大学院生の現場の様子を知ること、つまり大学院生の勤務先訪問です。医療施設勤務の看護師の場合は勤務の様子を、看護教員の場合は、担当している授業の様子を見に行き、のちに大学院生本人やその職場上司と面談してきました。それらを通して、普段のメールでのやり取りや数少ない対面式のスクーリングやゼミでは十分にわからない、それぞれの大学院生の特徴をつかむことができ、看護師不足の現状や看護教員の大変さ、各職場における看護研究内容のニーズについて現場の声を聞くこともできました。

それを生かして、大学院生の研究内容の変更・修正も行えたわけです。職場上司との面談では、始まってまだ1年にも満たない星槎大学大学院看護教育研究コースの内容や目指す先をプレゼンすることで理解していただくことを目指しました。大学院生が勤務をしながら通信制大学院に行く上で、職場の理解が強化されるとこれほど心強いことはないと考えたからです。当初、一部の大学院生にはこの訪問がまるで監査のようにプレッシャーを与えてしまったこともありましたが、今ではそれをきっかけに意思疎通がさらにスムーズになったと喜ぶ大学院生もいます。次項に新入生について触れますが、大学院生の事情が許す限り、こういった訪問は続けていきたいと考えています。

新入生と新たな専任教員を迎え入れて

看護教育研究コースには2016年度4月生として12名の大学院生を新たに迎え入れました。新入生の平均年齢は42.8歳、ほとんどが女性で、看護師4名、助産師1名、看護教員7名です。入学試験申請書類によると、入学生が星槎大学大学院看護教育研究コースを知ったきっかけは、在校生の紹介だったり、私の訪問先での紹介をきっかけにしたり、ホームページを見たり、とさまざまでしたが、紹介の力をあらためて感じました。2学年合計して、専門学校卒の看護師12名が星槎大学大学院に進学する前に取得した学位号はすべて通信制大学からのものだったことは非常に興味深いことだと思います。ストレートマスターがほとんどいない通信制大学院で、「学びたいけどあくまで仕事ありきで」というニーズが大部分なのだろうと考えます。

大学院生が充実した学びができるように、本年度から看護教育研究コースに新たな専任教員を迎えることができました。災害看護を得意とする看護師であり、看護師教育にこれまで深く携わってきた児玉有子准教授です。2015年度は星槎大学大学院で非常勤講師として看護学教育特論の科目を中心に大学院生指導にご協力いただいており、これからはタッグを組んで19名の大学院生の指導に当たっていけるため、非常に心強く思っています。

先に触れた本年4月の研究発表会で、新入生12名は、在校生7名の発表を聞き、発表会後に在校生と話す機会を持ちました。「コツコツ進めていかないと間に合わない」と新入生に対して2年生が時間の使い方を強調していたことが印象的でした。そこから自己紹介も早々に、科目履修や修論に向けた研究を始める新入生からの質問に2年生が答えるというグループワークが始まりました。「2年生のまとまりに驚いた」「2年生から楽しそうな雰囲気を感じた」「2年生のように落ち着いて学べるように早くなりたい」という新入生からののコメントから、2年生のコミュニケーションのよさやまとまりのよさを感じることができました。もともと昨年の入学当時から2年生が意思疎通していたわけでは決してなく、連絡を取る機会が増えるたびにまとまりがよくなっていったわけです。そういったヨコのつながりの重要性は2年生から新入生へ強調してもらいました。ぜひ、新入生には2年生が経験してきたような、自分の考えを文章にして、指導を受けながら修正して自分の考えをさらに広げていってほしいと思います。

これからに向けて

今年は勝負の年になります。星槎大学院の2015年度生が2年目を迎えいよいよ教育学修士に向けて修論研究を進め論文を完成させる年だからです。2年生は、修士論文完成までの具体的なスケジュールを確認して、遅れないように進めていくことがとても大切になります。それぞれの大学院生のがんばりや成果はまた別の機会にぜひ紹介したいと考えています。チーム医療の底上げにスタッフの教育が必要なことはすでに皆さんご承知のことだと思います。手技や安全管理など現場で頻繁に遭遇するシチュエーションについて担当者が「勉強会」として関係者に教育や指導がなされていますが、そういった勉強会のテーマに興味を持っている人がもっと興味をもって自分で勉強して深めてもらう、そして全く興味を持たない人が少しでも興味を持ってくれるように導いてあげる、この2つに配慮しながら「勉強会」を進めていくことが大事だと感じています。

「勉強会」の評価アンケートではそういった点は拾い上げられません。実際の参加者の様子を見てフォローする大切さがそこにあると思っています。看護の経験知で教育は乗り切れるだろうと思っていたが、実際の看護師や看護学生の指導がうまくいかなかった経験を持つ方は結構いるのでは?と思います。これは今の看護教育研究コースの大学院生に多い悩みでもあり、看護教員からのニーズが高いのもこの点です。諸富3)が説く6つの「授業構成力」に「ねらいを明確に設定する」があります。これを意識しながら自分自身の関心も明確化して看護師や看護学生への教育へとつなげてもらうといいのではないかと考えています。志の高い大学院生を指導しながら私自身も学び、変化に対応していくことを心に留めておきたいと思います。

1) 平成26年度ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人に関する分析

2) 厚生労働省「平成27年度雇用政策研究会報告書」

3) 諸富祥彦.「教師の資質 できる教師とダメ教師は何が違うのか?」朝日新書.

(2016年5月24日「医療ガバナンス学会」より転載)

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