取材で感じた"隠れトランプ"の切実さとメディア不信

「アメリカのことを考えればクリントンです。ただ、将来がとても不安で、仕事も必要なんです。利己的に、自分のことだけ考えたらトランプでしょうね」

アメリカ大統領選挙投票日の2日前、私は「報道ステーションSUNDAY」の放送中、「わからないけど、トランプ候補が勝つかも」と発言した。予備選挙から「トランプ氏はありえないでしょ」と考えていた私が、なぜそう思うようになったのか。今回の選挙については、すでに多くの人が検証・分析をしているが、私個人がトランプ氏勝利の予感を抱いた理由は、投票日1週間前に「オハイオ州」で出会った人々にある。

オハイオ州は伝えられているように、いわゆる「スイング・ステート」、つまり選挙のたびに民主党・共和党の支持が入れ替わる接戦州だ。今回5回目の大統領選挙取材になるが、訪れるたび、「オハイオ州を制した者が全米を制す」という言葉を実感してきた。取材者の立場からすると、意見が両極端に偏ることなく、迷いも含めてその時々のアメリカ全体の空気を掴みやすい州なのである。

かつて2大製鉄所が存在して栄華を極めた鉄鋼の町、クリーブランド市のロレインは、まさにアメリカ経済衰退地域の典型のような場所だ。現在、2大工場は閉鎖され、大量の人々が解雇された。

解体の行われている製鉄所。(ロレイン郡)

「鉄鋼の町」だったこともあり、労働組合が強いロレイン郡では1984年以降、共和党候補が勝ったことはない。ところが、今回の選挙では組合員の中にトランプ支持が増えていた。「労働者の考え方に変化を感じています。今回の大統領選挙で労働組合内部の意見が割れていることを隠し立てはしません」と話すのは、地元労働組合のグレン・ログリー会長だ。

トランプ氏が演説のたびに攻撃の的にしてきたのが「自由貿易」。彼は、製造業の衰退にあえぐ労働者たちにこう訴えてきた。

「ヒラリーの貿易政策で、オハイオ州以上にダメージを被った州はない。私の政策は経済成長と賃金の上昇。この国も何百万の雇用を生み出す」(オハイオ州9月3日)

取材をする中で、製鉄所を1か月前に一時解雇されたダックス・コーマーさん(44)の言葉で印象に残ったものがある。

ダックス・コーマーさんは労働組合に所属し、これまで一貫して民主党支持だった。

「もし利己的になるならトランプです」彼は「利己的」という言葉を何度も繰り返した。

「トランプはアメリカにとって良くないかもしれません。国を分断するし外交的にも。アメリカのことを考えればクリントンです。ただ、将来がとても不安で、仕事も必要なんです。利己的に、自分のことだけ考えたらトランプでしょうね」

投票の最後の瞬間まで自分がどちらに入れるかわからない、とコーマーさんは微笑んだ。

今回の選挙結果で勝敗を分けた要因の一つとして「隠れトランプ」という言葉が使われている。対面を気にして、口では民主党支持を匂わせながら、こっそりトランプ氏に投票した人たちのことだ。8年黒人大統領で、あと4年女性ということに抵抗を感じる白人男性という分析もあるが、私はコーマーさんこそが「隠れトランプ層」だと感じている。

人種、性別に関わらず、日々の生活に疲弊し、明日への不安を抱えた「良識のある人々」。彼らこそが、例えそれが「危険な爆弾」であっても、「自分の生活を変えてほしい」。そうした思いがマグマのようにトランプ旋風を巻き起こし、それを専門家、メディアを含めた「エリート」たちが予測することができなかったのは、イギリスのEU離脱と同じ現象である。

今回の取材では、大手メディアへの痛烈な不信も際立っていた。大企業や既存勢力に「買われた」メディアは真実を報道しない。信頼できるソースはインターネットを中心した「オルタナティブ(既存のものにとってかわる)・メディア」であると。

実際その中には、どうみても情報ソースが不明なメディアも多いのだが、本来行うべき政策検証よりも、視聴率のとれるトランプ氏の失言・暴言ばかりを取り上げてきた既存メディアにも猛省をすべき問題があった選挙戦であり、それはもちろん日本メディアにとっても他人事ではない。

大手メディアはロシアの「プラウダ」(かつてのソビエト連邦共産党の機関紙としての)だ!と叫ぶトランプ支持者(ノースカロライナ)

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