メルケル政権を揺るがすBNDの違法盗聴スキャンダル

ドイツの対外諜報機関・連邦情報局(BND)をめぐる、超弩級のスキャンダルが暴露された。今後の展開によっては、メルケル政権の存立を揺るがしかねない、「破壊力」を秘めている。

ドイツの対外諜報機関・連邦情報局(BND)をめぐる、超弩級のスキャンダルが暴露された。今後の展開によっては、メルケル政権の存立を揺るがしかねない、「破壊力」を秘めている。

*BNDが欧州企業を盗聴?

ニュース週刊誌「シュピーゲル」の調査報道チームは、今年4月下旬に、「米国の電子諜報機関・国家安全保障局(NSA)が、BNDに数100万件のメールアドレスやIPアドレス、携帯電話番号を渡して、盗聴を依頼していたが、盗聴の対象の中にはフランスの外交官やヨーロッパの企業も含まれていた」というスクープ記事を放った。

NSAが冷戦時代に使っていたベルリン郊外の盗聴用アンテナ(筆者撮影)

NSAは、2001年の同時多発テロ以来、アルカイダなどのイスラム系テロリストの動向をつかむために、世界的な規模でメールや通話の盗聴を強化している。イスラム過激派はしばしばヨーロッパに拠点を持っているため、NSAはBNDに協力を要請したのだ。特にBNDは、バイエルン州のバート・アイブリングにNSAから引き継いだ高性能の盗聴システムを持っているため、米国側から盗聴の要請を受けたのだろう。

だが2013年に、BNDが米国から盗聴を依頼されたアドレスや電話番号を点検した結果、BNDが盗聴を禁止されている同盟国フランスの政府関係者や、ドイツも関与していた防衛関連企業EADS(現在のエアバス社)も含まれていることがわかったのだ。

その数は、実に約4万件にのぼる。シュピーゲルの報道が事実ならば、BNDは最も関係が密接な同盟国フランスの外交官を盗聴していただけではなく、産業スパイの片棒を担いでいたことになる。

連邦首相府の異例のコメント

BNDは、連邦首相府(Bundeskanzleramt)直属の機関だ。しかし、BNDはこの事実を直ちに連邦首相府に報告しなかった。2012年からBNDの長官を務めているゲアハルト・シンドラーがこの事実を知ったのは、今年4月12日。彼は直ちに連邦首相府にBNDの違法盗聴について報告した。この事実は連邦議会のNSA盗聴問題調査委員会に伝わり、シュピーゲルにリークされた。

メディアが動き出したために連邦首相府は、異例の措置を取った。4月23日に連邦政府のスポークスマンが「BNDに技術的、組織的な欠陥があったことが判明した。このため連邦首相府は、この欠陥を直ちに是正するよう指示を出した」という声明をウエブサイトに発表したのだ。連邦首相府が、「身内」であるBNDを批判する公式声明をこのような形で公表するのは、前代未聞である。メルケル政権は、「スキャンダルの規模が大きく、とても隠し通せるものではない」と考えて、このような声明を出したのである。

大連立政権を揺さぶる不協和音

この盗聴事件は、メルケル首相とガブリエル副首相の間の信頼関係にも亀裂を生じさせた。大連立政権のパートナーである社会民主党(SPD)は、メルケル首相と連邦首相府に集中砲火を浴びせている。ガブリエル経済大臣(SPD)は5月4日に、メルケル首相との諜報機関に関する会話の内容をメディアに対して暴露して、キリスト教民主同盟(CDU)・社会同盟(CSU)を激怒させた。

ガブリエル氏は「私はメルケル首相に、"BNDがNSAの依頼を受けて企業に対するスパイ行為を行ったことを示す証拠があるのか"と2回尋ねたが、メルケル氏は2回とも否定した」と述べたのである。彼の言葉には、メルケル氏への不信感がにじみ出ている。ガブリエル氏は、「今回の疑惑は、これまでのBNDのスキャンダルとは異なり、政権を大きく揺るがす可能性がある」と述べ、BNDの違法盗聴を極めて重く見ていることを明らかにした。

首相と副首相が他者を交えずに行った会話、しかも諜報機関の活動に関する会話の内容を公表するのは、連立政権のルールに違反する行為だ。ドイツの政治記者たちは、ガブリエル氏の今回の発言を、「SPDのCDU・CSUへの宣戦布告であり、2017年の連邦議会選挙でガブリエル氏が首相の座をめざすという意思表示」と解釈している。

メルケル首相を証人喚問

メルケル首相は、NSA盗聴問題調査委員会に証人として出席。同委員会は、「BNDが違法に盗聴していた個人や企業を特定できなければ、調査が不十分になる」としてリストの公開を求めている。しかしメルケル氏は、リストの公開を拒否した。さらにメルケル首相は、「連邦政府の諜報問題をめぐるこれまでの行動には、違法な点はなかった」と述べ、問題はBNDという一省庁に限定されるという見方を強調。さらに、米国諜報機関との協力は必要だという態度を打ち出した。

今回の疑惑の焦点は、BNDがなぜ2年間も違法盗聴の事実を隠していたのか、さらに連邦首相府は本当に今年4月まで、違法盗聴について知らなかったのかということである。しかし議会の調査権には限界があるので、これまでのBNDに関する醜聞と同じく、真相は闇の中にとどまるだろう。また、ドイツの捜査当局は2007年にNSAの情報のおかげで、「ザウアーラント・グルッペ」と呼ばれるイスラム系テロ組織の爆弾テロを防ぐことができた。ドイツは今後もNSAの情報に依存せざるを得ないのだ。

一方BNDもCIAやNSAの諜報活動に協力してきた。特に米国のスパイが活動しにくい中東や欧州では、BNDが諜報活動を肩代わりした。米国が、自国企業を利するために、欧州や日本企業の活動について諜報活動を行っていることも、周知の事実である。

だが企業の間では、今回のスキャンダルについて批判が高まっている。今後は、「国家によるサイバー攻撃」について、企業の警戒感が強まるだろう。

ドイツ・ニュースダイジェスト掲載の記事に加筆・転載。

筆者ホームページ:http://www.tkumagai.de

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