ドイツ、武器供与を決断

「アラブの春」が引き金となった国家崩壊現象は、国際テロ組織を伸張させた。すでに、武器の供与や空爆だけでは、ISを屈服させられないという声も出ている。

ドイツは、去年8月20日に安全保障政策を大きく変える歴史的な決定を行った。メルケル政権は、イラク北部でテロ民兵組織「イスラム国(IS)」と戦うクルド人の戦闘部隊に対して、小銃や携帯式対戦車ロケット砲などの武器を供与し始めたのだ。ドイツは戦後守ってきた「紛争地域には武器を供与・輸出しない」という原則を初めて破った。

メルケル政権はこの決定の理由をこう説明した。「もしもクルド人の防衛線がISによって突破された場合、中東地域全体に戦火が広がる危険がある。その場合、ドイツの国益が直接脅かされる」。

メルケル政権が武器供与に踏み切ったのは、欧米諸国の政府の間でISに対する懸念が強まっているからだ。スンニ派のテロ民兵組織ISは、今年の春以来破竹の進撃を続けており、すでにシリア領土のほぼ半分とイラクの約3分の1を制圧している。

イラクではISから逃れるために、数10万人の市民が難民化している。8月上旬には、イラク北部で、クルド系の少数民族(ヤジディ教徒)2万人がISに包囲されたが、米軍の支援を受けたクルド人の反撃によって、ISの魔手を逃れた。

「アルカイダ以上に危険なテロ組織」と呼ばれるISの特徴は、資金が豊富なことである。ISは、過去にサウジアラビアや湾岸諸国の資産家から資金援助を受けていた。さらに、油田や製油所を占領して闇ルートで原油販売を行ったり、銀行などの金融機関を襲って現金を強奪したりすることによって、潤沢な資金を持つ。

イラク軍部隊の一部は、ISの猛攻の前に、クモの子を散らすように逃走。このためISは戦車や自走榴弾砲、装甲車、地対地ミサイルなど多数の兵器を持っている。

またISは、拉致した米国人や英国人の処刑シーンを撮影してネット上で公開するなど、極めて残忍な組織である。もしもISがバグダッドで政権を奪取した場合、タリバン政権下のアフガニスタンのような国が生まれ、女性や異教徒は弾圧される。この組織には欧米から数千人の過激なイスラム教徒が義勇兵として参加している。各国政府は、これらの若者たちがISの命を受けて母国へ戻り、無差別テロを起こすことを警戒している。今年1月にパリで発生したシャルリ・エブド紙襲撃事件は、欧州に迫る危険の大きさを象徴している。

「アラブの春」が引き金となった国家崩壊現象は、国際テロ組織を伸張させた。すでに、武器の供与や空爆だけでは、ISを屈服させられないという声も出ている。

(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

保険毎日新聞連載コラムに加筆の上転載

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