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2015年03月13日 14時56分 JST | 更新 2015年05月12日 18時12分 JST

ドイツの脱原子力政策決定から4年 国民的合意は揺るがない (第3回)

ドイツでは、福島事故が起きる以前から、市民のエネルギー問題に対する関心が日本よりもはるかに強かった。その理由の1つは、新聞やテレビ局、ニュース雑誌がエネルギー問題や環境問題を頻繁に取り上げたからである。

ドイツでは、福島事故が起きる以前から、市民のエネルギー問題に対する関心が日本よりもはるかに強かった。その理由の1つは、新聞やテレビ局、ニュース雑誌がエネルギー問題や環境問題を頻繁に取り上げたからである。たとえば、隣国フランスに比べると、この国のメディアでは、エネルギー問題や環境問題の占める比重がはるかに大きい。

*エネルギー問題に必要な倫理的視点

ドイツ人ジャーナリストの視点の背景にあるのは、原子力およびエネルギー問題は、技術や経済の観点だけではなく、倫理的・文明論的な観点からも考えるべきだという立場である。この考えは、伝統的にリスク意識が強いドイツ社会では常識となっている。そのことは、メルケル首相が2011年の福島事故の直後に、原子炉安全委員会(RSK)だけではなく、哲学者や教会関係者からなる倫理委員会を設置してエネルギー政策について提言させたことにも表れている。

原子力技術のプロが構成する原子炉安全委員会(RSK)は、原子炉のストレステストの結果、「ドイツの原発の安全性は福島第一原発よりも高く、直ちに原発を全廃しなくてはならないという技術的な理由はない」という結論に達した。

これに対し倫理委員会は、「福島事故は、日本ほどの技術大国でも原子力リスクを安全に制御できないことを示した。技術者が行う事故の確率計算は、もはや信用できない。万一深刻な原発事故が起きた場合の被害は、原子力エネルギーの利点を上回る」として、原発を全廃して再生可能エネルギーによって代替するよう政府に勧告した。

倫理委員会は、「原発事故が起きた時には、健康に悪影響が及ぶだけでなく、除染などに莫大なコストがかかる。どうせ大金を投じるならば、原発を止めて再生可能エネルギーの拡大に投じた方が意味がある」と考えたのだ。

ドイツの再生可能エネルギーの発電比率は、2014年には25.8%に達した。(筆者撮影)

倫理委員会のメンバーの一人マティアス・クライナー教授は、「工学技術の研究者として、福島事故には深く考え込まざるを得なかった。この事故は、私の心の中に原子力への疑念を植えつけた。人類がリスクを計測できず、制御できないテクノロジーは将来に対する負の遺産であり、子どもたちにそのようなものを引き継いではならない」と述べている。

メルケル政権と連邦議会は、技術者たちが「福島で起きたような事故は、ドイツでは起こり得ない」とお墨付きを出したにもかかわらず、原子力について素人の集まりである倫理委員会の勧告を受け入れ、原発全廃を決定したのだ。

このことは、メルケル政権が「原子力を含むエネルギー問題は、社会や経済に与える影響が非常に大きいので、技術者だけでなく、市民の意見を反映させる必要がある」と考えたことを示している。つまりドイツ社会は、福島事故をきっかけに、「エネルギー問題と社会的倫理」の関係を重視する方向へ、大きく舵を切ったのだ。

多くの日本人は、「こうした問題は原子力やエネルギー問題に詳しい専門家が決めるべきことだ。哲学者や社会学者の出る幕ではない」と考えるだろう。逆にドイツ人は、「エネルギー問題は、市民全員に関係がある。公共的な性格が強いテーマなのだから、専門家以外の意見も尊重するべきだ」と考えた。ここには、民主主義に関する日独間の考え方の違いも現れている。

*技術と倫理の関連を重視

日本でのエネルギーをめぐる議論の中では、倫理という視点がドイツほど重視されていない。常に前面に押し出されるのは、経済性である。日本では、市民の間で倫理性への配慮を求める声が強くても、それは政治家や学者らの議論の中ではほとんど反映されていない。

戦後ドイツ人は、「技術と倫理」という問題を重視してきた。倫理委員会の設置は今回が初めてではなく、これまでも遺伝子操作や体外受精などの生命技術について、倫理委員会が設置されている。

ドイツ人が技術と倫理にこだわる理由は、戦争中の苦い経験だ。ナチス・ドイツは、「医学を進歩させる」という名目で、強制収容所で人体実験を繰り返した。ドイツは世界で初の超音速ミサイル「V2号」を開発し、ロンドンやアントワープを攻撃して多数の死傷者を出した。

V2号の開発に加わった技術者や科学者は、「我々の目的は、宇宙飛行のためのロケットを開発することだった。この夢を実現するためには、V2号がナチスの戦争目的のために使われるということは、二の次だった」と告白している。こうした経験から、今日のドイツの科学・技術界は倫理性を重視するのだ。

*多額のコストを伴うエネルギー転換

ドイツ人たちは、脱原子力という大義のために莫大なコストを支払っている。ドイツの電力消費者が再生可能エネルギー助成のために、2014年に支払った賦課金の総額は236億ユーロ(3兆3040億円・1ユーロ=140円換算)。2000年からの14年間で、26倍増加したことになる。1世帯あたり平均266ユーロ(3万7240円)の賦課金を払ったことになる。

 しかし、2000年に最初の脱原子力政策と再生可能エネルギーの拡大政策を断行したSPDと緑の党の連立政権にとっては、コストの増大は自明の理だった。当時連邦環境省でエネルギー政策を担当していた課長(緑の党の党員)は、「我々がめざしているのは、エネルギーのコストをわざと引き上げることによって、エネルギーの消費量を減らすことだ」と語っていた。つまり彼らの狙いは経済性ではなく、環境への負荷を減らすことだった。緑の党は、エコロジーの精神を、エネルギー政策の中心に据えたのである。

 興味深いことに、ドイツでは2012年夏まで、再生可能エネルギー助成のためのコストが企業や家計に与える影響について、本格的な議論は行われなかった。

日本では再生可能エネルギーによる電力の買取制度(FIT)が始まってから2年目に、電力会社が系統が不安定になることを理由に、受け入れを一時的に停止した。

この時日本のある新聞は、「このままでは日本で再生可能エネルギー助成のためのコストが高騰し、1世帯あたり1万円を超えるかもしれない」と指摘していたが、この記事を書いた記者は、我々ドイツの電力消費者が毎年3万円を超える賦課金を払っていることを知らなかったのだろう。

エネルギー転換が、多大なコストを伴うのは当然である。したがって重要なのは、国民の間に、「莫大な出費をしてもエネルギー供給構造を変えたい」という覚悟があるかどうかだ。日本政府はこの点について国民を巻き込んだ議論を避けてきたし、メディアもこれまで大きく報じてこなかった。

勿論、ドイツでも家計への過重な負担や国際競争力の劣化を防ぐために、コストに関する議論が行われている。ドイツでは2012年秋に、消費者団体や産業界から政府に対し「再生可能エネルギー賦課金の伸びに歯止めをかけるべきだ」という要求が強まった。電力1キロワット時あたりの再生可能エネルギー賦課金が、2013年に前年比で47%も増えることがわかったからだ。

このためメルケル政権は、2013年1月から約1年8ヶ月にわたる議論と準備の末に、2014年夏に再生可能エネルギー促進法を改正。賦課金の伸び率を抑制する措置を取った。だが再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率を2035年までに55~60%に高めるという目標は変えていない。むしろこの数値目標を2014年に法律に明記し、政権への達成義務を強化した。

*最大のエネ企業が原子力・火力から事実上「撤退」

最近日本の保守系メディアの間では、「ドイツの再生可能エネルギー拡大は、コスト高騰のため、失敗に終わった」という記事が見られる。これは、完全な誤りだ。そのことを示す1つの例を挙げよう。

2014年11月30日に、ドイツのエネルギー業界を揺るがすニュースが流れた。この国で最大のエネルギー企業であるエーオン(E・ON)が2016年に原子力・火力発電事業を別会社に切り離し、本社は風力や太陽光など新しいエネルギーによる発電事業や、次世代送電網(スマート・グリッド)関連事業に特化することを発表したのだ。

エーオンは3月12日の記者会見で、2014年度に32億ユーロという創業以来最大の赤字を計上したことを明らかにした。同社は、「エネルギー市場が急激に変わる中、もはや原子力発電と火力発電では収益を得られない」と判断したのだ。

ドイツ・エネルギー業界のトップ企業が、原子力・火力発電から事実上「撤退」し、風力や太陽光発電を基幹事業にするという決定は、「ドイツで再生可能エネルギー拡大が失敗した」という日本での報道に対する反証である。

ドイツのエネルギー転換には、今後も様々な紆余曲折があるだろう。しかしこの国がめざす「原子力と化石燃料への依存から脱する」という究極の目標には、ぶれがないように思われる。

朝日新聞社『ジャーナリズム』掲載の記事に加筆の上、転載

筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de