ドイツ最大の電力会社は、なぜ分割されるのか?

ドイツの電力業界は、いま大揺れに揺れている。

ドイツの電力業界は、いま大揺れに揺れている。

「我が社の現在の体制では、市場の急激な変化に対応できない。だから、根本的な改革を行うことにした」。ドイツ最大手のエネルギー企業エーオンのヨハネス・タイセン社長は、去年12月1日の記者会見で、同社が2016年に原子力、火力発電を新会社に切り離し、本社は風力・太陽光発電などの新エネルギーや、IT技術を駆使した送電網ビジネス「スマート・グリッド」などに特化することを明らかにした。

エーオンは、デュッセルドルフのエネルギー複合企業VEBA(1929年創業)とミュンヘンのエネルギー企業グループVIAG(1923年創業)が、2000年に合併して創設。2001年には、ドイツ最大のガス販売会社ルール・ガス社の株式の半数以上も取得。電力・ガスを一手に扱い、1225億ユーロ(17兆1500億円・1ユーロ=140円換算)の年商を持つ、「エネルギー界の巨人」である。

その巨大企業が、数十年にわたって続けてきた伝統的な発電事業を別会社にスピン・オフし、基幹事業をエコ電力などの新しいビジネスモデルに転換することは、革命的な出来事である。

エーオンの社員数は、約6万人。2016年以降、エコ電力などを担当する本社では4万人が働く。原子力や火力など伝統的な発電事業を担当する別会社の社員数は、半分の2万人。この人員配分だけを見ても、エーオンのめざす針路がはっきりする。タイセン社長は記者会見で「風力や太陽光発電は初期段階にあるが、火力発電などに比べて、今後急速に伸びると確信している」と述べ、同社の未来が新エネルギーにあるという姿勢を明確にした。

エーオンはなぜ大改革に踏み切るのか。その遠因の1つは、2011年に起きた福島第一原子力発電所の炉心溶融事故である。メルケル政権はこの事故をきっかけに、2022年末までに原発の全廃を決定。エーオンは2基の原発の停止を命じられたほか、単独もしくは他社と共同で運営していた7基の原発の稼働年数を短縮されたため、これらの発電所の資産価値が急減。このため同社は2011年に創業以来初の赤字に転落した。

さらに追い打ちをかけたのが、ドイツ政府のエコ電力拡大政策だ。新エネルギーの発電量が潤沢な助成制度によって急増したために、卸売市場の電力価格が急落。石炭、天然ガスなどを使う火力発電所の収益性が悪化した。新しい火力発電所の中には、運転コストをカバーできない物もある。

2005年には1株あたり2.33ユーロだった配当は、2013年には約4分の1に減少。2009年12月には約29ユーロだったエーオンの株価は、今年11月には半分以下の約13ユーロまで下がった。

今後新エネルギーの比率は着実に増えることから、去年以来大手電力会社の役員らは「いつ市場の状況が好転するか見通しがつかない」という悲観的な見通しを株主に伝えていた。エーオンが原子力と火力発電から事実上「撤退」することを決めたのは、このためである。

緑の党や環境団体からは、「エーオンは原発ビジネスを分離することによって、廃炉や高レベル廃棄物の最終処分場選定のコスト負担を免れようとしているのではないか」という批判も出ている。

さらに、自然の力を利用する新エネルギーは不安定なので、火力発電によるバックアップが不可欠。エーオン本社が火力発電事業から手を引くことで、電力の安定供給は確保できるのか。メルケル政権にとっては、難題が増えたと言えそうだ。

週刊ダイヤモンド誌掲載の記事を転載

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