難民急増でドイツが直面する試練

9月5日にメルケル首相が、ハンガリーで足止めされていたシリア難民などの入国と亡命申請を受け入れるという歴史的な発表を行ってから、1カ月半が過ぎた。

9月5日にメルケル首相が、ハンガリーで足止めされていたシリア難民などの入国と亡命申請を受け入れるという歴史的な発表を行ってから、1ヶ月半が過ぎた。この決定については、「欧州の良心」を体現するとして、世界中で多くの人が称賛した。メルケルを「第2のマザー・テレサ」と呼ぶニュース雑誌も現れた。

だが現在ドイツでは、保守勢力を中心として、「多数の難民を受け入れても大丈夫なのか」という懸念の声が高まりつつある。

ドイツ連邦移住難民局(BAMF)によると、今年1月から7月までにこの国で亡命を申請した外国人の数は、約22万人。前年同期の2倍を超える。9月中旬にドイツ政府は、同国で亡命を申請する難民の数が今年末までに100万人~150万人に達するという見方を発表した。去年の数(20万2834人)の約5倍から約7倍だ。第二次世界大戦後、これほど多数の外国人がドイツに流入するのは、初めてのことである。

ミュンヘン中央駅に到着した難民たち(2015年9月7日・筆者撮影)

メルケル政権は、難民対応のための予算を100億ユーロ(1兆4000億円・1ユーロ=140円換算)増額することを決めた。ヨーロッパで、ドイツほど多くの難民を受け入れ、ドイツほど多額の予算を難民のためにつぎ込んでいる国は、一つもない。ドイツ連邦政府は近年の好景気と税収の増加によって、2014年には新規国債の発行が不要になり、財政状況に余裕があるとはいえ、100億ユーロの負担は大きい。

ドイツ国内で最も大きな負担を受けているのは、市町村である。メルケルは、9月5日の難民受け入れ決定を、全国の州政府に事前に連絡せずに発表した。州政府や市町村は受け入れ態勢を整える準備期間を与えられなかった。時には24時間以内に難民の宿泊場所を見つけなくてはならなかった。州政府からは「もはや対応しきれない」という声が連邦政府に寄せられた。

保守勢力からはメルケル批判が高まった。キリスト教社会同盟(CSU)のH・ゼーホーファー党首は、「多数の難民をノーチェックで受け入れるという決定は間違っている。この決定は、ドイツに長年にわたり悪影響を及ぼす」と述べ、メルケルを公に批判した。

バイエルン州の農村部では、州政府から突然多数の難民の受け入れを命じられたことについて、不満や当惑が広がっている。私は、農村部で「難民の中にイスラム国(IS)のテロリストが混ざっているのではないか」とか、「難民による犯罪が増えるのではないか」という不安の声を聞いた。

国内での批判に応えて、メルケル政権は、9月13日にオーストリアから入国する外国人に対する国境検査を始めた。

しかしドイツは難民の受け入れを停止したわけではない。オーストリアからドイツに入って、亡命の意思表示をした外国人は、国境付近で難民として登録され、ミュンヘンには行かずに、宿泊施設に送られる。国境検査は、あくまで難民流入の速度にブレーキをかけ、地方自治体の負担を減らすための措置だ。

メルケルはCSUの批判に対し、「現在は緊急事態だ。困っている人々に援助の手を差し伸べたことについて、私が謝罪しなくてはならないとしたら、ドイツは私の国ではない」と珍しく感情を露にして反論した。メルケルは「私は何度でも言う。ドイツは、多数の難民が入って来ても、十分に対応できる」と強調した。

だがドイツの直面する試練は大きい。亡命申請を審査するのは、連邦移住難民局(BAMF)だが、1人の亡命申請者の審査に約5か月もかかる。このためBAMFに提出されたものの、処理されていない亡命申請の数は、約25万件にのぼる。審査官の数は、550人にすぎない。BAMFは審査官の数を今年末までに1000人に増やすが、焼け石に水という感じがする。

重要なことは、シリアやアフガニスタンなど紛争国から逃げてきた難民以外の、いわゆる「経済難民」を早急に祖国へ帰還させることだ。今年1月から8月までにドイツで亡命を申請した外国人約23万人の内、38.1%はアルバニア、コソボ、セルビアなど、戦争が起きていないバルカン半島の国々の市民だった。これはシリア人の比率(22.9%)を上回る。バルカン半島の国々では景気が悪く失業者が増加しているため、ドイツへの移住を希望する人々が増えている。

スイスでは、紛争国以外の国から来た亡命申請者は、48時間以内に送還される。このためスイスでの亡命申請者はドイツよりもはるかに少ない。

ドイツ政府は、国境に近い地域に「トランジット・ゾーン」を設けて、全ての難民をまずここに収容し、亡命資格がないことが明白な外国人については、短時間の内に強制送還することを検討している。

また、多数の難民に言語を習得させて、一刻も早く社会に溶け込ませ、経済的に自立させるという大きな課題もある。西ドイツは1950年代から60年代に労働力不足を補うために、トルコから多数の労働移民を受け入れた。しかしドイツ語の習得義務を課さなかったために、今日でもドイツ社会に溶け込まず、30年以上この国に住んでいるのにドイツ語を話せないトルコ人は珍しくない。外国人の失業率は、ドイツ人の約2倍。ベルリンなどには、ドイツ人と関わりを持ちたがらないトルコ人の「二重社会」が生まれている。ドイツは、今回入国する難民たちについては、この失敗を避けなくてはならない。

A・ナーレス連邦労働大臣は、「シリア難民の内、直ちにドイツで働ける資格を持つ者は、10%に満たない」と悲観的な見方を打ち出している。行政側は難民たちに原則としてドイツ語を7ヵ月受講させるが、企業などで働くのに必要なドイツ語を身につけるには、不十分だ。難民たちをいかに早く社会に溶け込ませて、自立させるかは、最も重要なポイントである。

9月22日にEU加盟国の内務大臣たちは、12万人の難民を28の加盟国に割り当てることを決定した。割り当ては、各国のGDPや失業率などを勘案した比率(クォータ)に基づいて、行われる。今年8月の時点では、EU全体の亡命申請者の約40%をドイツ一国で受け入れていた。EU内相会議が行った決定は、この偏りを是正するための第一歩である。

だが難民危機の解決にとって最も重要な、シリアでの内戦終結の兆しは見えない。ドイツのU・フォン・デア・ライエン防衛大臣は、「外交手段による解決が不可能な場合、ドイツは軍事貢献も行う」という姿勢を打ち出した。欧米諸国は、泥沼の内戦に終止符を打つために、ISに対する空爆だけでなく、地上部隊の投入にも踏み切るだろうか。中東の安定化なしには、難民危機を根本的に解決することは難しい。

ドイツそしてEUが、今後長年にわたり難民危機と対処しなくてはならないことは、確実だ。

ドイツ・ニュースダイジェスト掲載の記事に加筆の上、転載。

筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de/

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