リアルタイム・マーケティングの甘い罠

昨年のスーパーボール、34分の停電中にオレオが放った閃きのクリエイティブ・ワーク (関連記事) は、新鮮な驚きとともに数万件をシェアを集め、マーケティング関係者からの賞賛も相次いだ。

昨年のスーパーボール、34分の停電中にオレオが放った閃きのクリエイティブ・ワーク (関連記事) は、新鮮な驚きとともに数万件をシェアを集め、マーケティング関係者からの賞賛も相次いだ。それ以来、ソーシャルメディア界隈では「リアルタイム・マーケティング」への期待感が高まり、バズワードとして広まっている。

この「リアルタイム・マーケティング」という概念は、1990年代に米国のCRM系コンサルタントが提唱されたものと言われているが、コミュニケーション・プラットフォームであるソーシャルメディアの浸透により、その注目度はがぜん高まることとなった。

しかしながら、実際にはオレオのような華々しい成功事例の陰には、数多くの不発事例が存在している。

折しも今年のスーパーボウルにおいて典型的な不発事例が登場したので、それを共有し、貴重な教訓を引き出したい。

オンライン旅行代理店プライスライン・ドットコム社がその主役だが、まずは彼らが制作したパロディ動画の素材となったソーダストリーム社のCMを見てほしい。演じるは、同社のブランド大使に就任して大きな論争を巻き起こした (関連記事) スカーレット・ヨハンセンだ。

"Sorry, Coke and Pepsi" とメッセージする同社のCMは、残念ながら試合直前に放送禁止となった。大スポンサーであるコカ・コーラとペプシから反発を買ったからと推測されている。しかしソーダストリーム社は昨年も両社を煽るCM (YouTube) で放送禁止をくらっており、いわば確信犯なのだ。その戦略はまんまとあたり、YouTube上では公開わずか5日間で900万回を超える大ヒットとなった。

この放映中止が決まったことを自社宣伝のチャンスとみたプライスライン社は、6秒動画共有で花丸上昇中のソーシャルアプリVineにパロディ動画を投稿し、さらにそれをTwitterアカウントで投稿したのだ。

.@sodastreamusa Sorry about the ban. Next time go Express w your commercial to save time & money! #ExpressCommercialhttps://t.co/jQvr4RszIq

-- Priceline.com (@priceline) 2014年1月31日

ソーダストリーム社CMがバイラルしたのを告知機会を捉え、プライスライン社のモットーである "saving money and time" をメッセージに込め、しかも若者メディアとして注目されるTwitterやVine (最新ソーシャルメディア・アプリ勢力図) を利用してショートムービーを投稿する。絵に書いたようなリアルタイム・マーケティングだ。ほんのわずかな投資で、CMが数億円するスーパーボウル・フィーバーに便乗できるかも知れない。そんな期待感を持って担当者は取り組んだのだろう。

しかしながら投稿動画に対する反応は鈍く、むしろ生活者の反感を促進してしまった。投稿に対する彼らの生の声を見てみよう。

これらTwitter上の反応を見ると「どうして私のタイムラインにあるの」「広告ツイートだからだよ」「どんな意味があるというんだ」「釣り、企業の釣りだよ」「両社とも最悪だ」など、興奮どころか、むしろ冷め切った意見が大半を占めてしまった。本来は戸惑うはずのソーダストリーム社アカウントだけが「素晴らしい演出!」と手放しで褒めていることが、逆にこの演出の虚しさを際立たせているようだ。

なぜ、このアプローチはスベってしまったのだろうか。その理由はいくつか考えられるだろう。

・メッセージが心情に訴えない

オレオが受けたのは、停電で戸惑う人々の心に刺さるメッセージがあったからだ。それに対してこの動画のメッセージは生活者の心情にまったく響かない。

・クリエイティブに驚きがない

オレオが受けたのは、瞬時に完成度の高いコピーやデザインを生み出したクリエイティブへの驚きがあったからだ。それに対してこの動画は凡庸で驚きがない。

・製作者の意図が透けて見える

オレオは先駆者だった。しかし今やリアルタイム・マーケティングは珍しくなく、安易なイベントへの同期は逆にあざとさを感じさせてしまう。

リアルタイム・マーケティングは時代をとらえたタイムリーな手法に違いないが、安易なアプローチにはきついしっぺ返しが待っている。コンスタントに笑いを生み出せるリアクション芸人は貴重な存在だ。ソーシャルメディアは、そんな「達人の瞬間芸」が大いに歓迎される世界なのだ。

そしてリアルタイム・マーケティングのもうひとつの難所は、便乗商法ととられない「必然性の創出」だろう。特に、関係づけようとするイベントが予測可能であるほど、その危険性は高い。

昨年7月に、ロイヤルベビー誕生に英国中が湧いたが、それに乗じて多くのブランドが創意工夫を凝らしたツイートを発信した。

しかし、その特集記事 (Oreo, Starbucks Among Brands That Jump On The #RoyalBaby Birth Announcement) を見てもわかる通り、成功しているブランドはそれほど多くない。

その中には大本命オレオも登場し、数百程度のリツイートを集めている。しかし、その注目度は停電ツイートとは比較にならなかった。しかも今回のツイートへは「オレオと関係ないのに宣伝に使うな」といった便乗に対する非難メッセージも含まれている。

スーパーボウル停電という、自社が宣伝で関与し、かつ予測不能なイベント」で成功したオレオだったが、「ロイヤルベビー誕生という、自社と関係ない、予測がある程度可能なイベント」に同じアナのムジナはいなかったのだ。

リアルタイム・マーケティングを実現するためには、いつでも臨戦可能なチーム体制、情報共有や効果測定のためのツール、関連するイベント調査などに目が行きがちだが、それは十分条件でしかない。リアルタイムなクリエイティブはもちろんのこと、千載一隅の機会を捉える機転、ソーシャルメディア上での共感経験、生活者との距離感の把握といった極めてヒューマンな要素こそが成功への近道と言えるのではないだろうか。

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