空気が変わった「働き方改革」、Change or Die! 経営者は覚悟を問われる年に何を語るのか?

年頭から明らかに「長時間労働問題」に対する空気が変わってきた。

「CHANGE Working Styleシンポジウム」朝日新聞社主催より

経営者の引責辞任を招いた長時間労働問題

電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺した。高橋さんの直属の上司の幹部社員の男性1人と、電通が労働基準法違反(長時間労働)の疑いで書類送検された。そして電通の石井直社長は1月の取締役会で引責辞任する意向を表明した。

この報を受けて、年頭から明らかに「長時間労働問題」に対する空気が変わってきた。

年末までは「時間外労働の上限規制」について賛否を明言しなかった経団連榊原会長が、経済三団体の賀詞交換会にて「36協定」に「何らかの歯止めが必要だ」との考えを示したとのことだ。

昨年末まではここまで積極的な発言はなかった。

ネット上でも「社長の引責辞任までいくとは思っていなかった」「今後の経営者にとっては警鐘となる」と驚きの声があがり、また「電通だけの問題ではない」「氷山の一角にすぎない」という声も多数あった。

今働き方が、労働時間が問われている。日本の正社員は「24時間稼働、いつでも転勤可」という「無限定正社員」であることが長らく前提だった。それは「昭和の成功モデル」である。そして、「長く働く人ががんばる人」「仕事が第一でプライベートは会社に持ち込まない」というワークの滅私奉公文化、それを支えるライフの「男女役割分担」意識を土台に、長らく変化を拒んできた。

しかし、今「働き方改革」への大きな風が吹いている。今年の「働き方改革実現会議」では、いよいよ、この会議のメインテーマの最後のひとつ「時間外労働時間の上限設定」が議論の遡上にあがる。3月までの会議で、現在事実上青天井の労働時間に、日本初の上限が設定されるかどうかの正念場となる。

働き方改革実現会議の現場から

「働き方改革実現会議」では長時間労働について、どんな議論がされているのか? この質問をよく記者の方から受けるのだが、実はまだ議論はされていない。9月から始まった会議はテーマが毎回決まっており、長時間労働是正は最後のテーマとなる。これはそれだけ「水面下の調整が困難な課題」に取り組んでいるということだ。

「労働時間の上限」については、すでに「規制改革会議」などで議論はあった。しかし経営層の反発が大きく、議論はあっても決定されずに流れてきた経緯がある。(このあたりは、配偶者控除廃止の経緯と似ている)

しかし今回の会議は、一億総活躍プランで決定された「36協定の時間外労働時間について再検討」を検討するための会議でもある。

労使のトップを集め、安倍総理自らが議長となり、今まで進まなかった「働き方改革」に挑む野心的な会議だ。大きな山が動く可能性はある。

私は一億総活躍国民会議では「時間外労働時間の上限」を「EU並みの制限」とまではいかなくても、まずは入れてほしいと提言してきた。6月2日に閣議決定された一億総活躍プランには「36協定における時間外労働時間の再検討」を「2016年から開始」となっている。その後、働き方改革実現会議が始まり、そちらにも民間議員として参加している。

上限規制については、経営層の反発が強いとされてきた。さらに被雇用者側からも「好きで働いているのだから、労働時間を決められたくない」「残業代が減る」「サービス残業が増えるだけ」という反発もある。

そういった疑問にはセミナー、講演、取材などできるだけの機会を捉えて応えるようにしてきた。

しかし、実は働き方改革は、働き手サイドではなく、「経営者の覚悟」が問われる問題ではないのだろうか? 電通の社長辞任はそのことを示唆しているのではないだろうか?

今電通は22時強制消灯、一斉退社をやっている。私は「働き方改革の本質はマインドセット」だと思っている。生産性向上に向けた業務改善なくして、単に「早く帰れ」の号令だけでは、マインドセットも起きない。「実は持ち帰っている」「近くのクライアントのオフィスに移動して仕事を続けている」などの声もある。つまり「サービス残業、持ち帰り残業」が増えているのだ。

これはマネジメント層の怠慢ではないのか?

今までの仕事のプロセス、ビジネスモデルを再構築する必要がある。電通の社長が語ったような「抜本的改革」、やめる仕事を取捨選択することも含めて業務の効率化、生産性向上の工夫、評価の改革、投資やイノベーション、ビジネスモデルの再構築が求められるのだ。

一方、電通の上限規制では良い話もある。「クライアントとの夜遅いミーティングは、先方の気遣いによってなくなった」という。つまり「上限」があることで、経営者はクライアントの無茶ぶりから社員を守る「言い訳」ができる。この話をしたら、「実はクライアントのほうも、早く打ち合わせが終って嬉しいのでは?」と指摘した人がいた。

長年の労働慣行が産む長時間労働合戦はどこかで「歯止め」が必要なのだ。

今年3月までに決まる働く時間の上限規制

「働き方改革実現会議」は2017年の3月までである。そこで「日本初の労働時間の上限」それも「命を守る上限」ができるか、できないか、できるとしたら何時間なのか? 勤務間インターバル規制も入るのか? それが決まる。

もし「上限規制」が入るとしたら、今年が働き方改革元年となる。そして、経営者はそれに向き合う覚悟を問われることになる。電通のように、長時間労働が前提のビジネスモデルが固まっている場合は、かなりの改革が必要となる。さて、経営者たちはどう働き方改革と向かい合っているのだろうか?

それでは、働き方改革元年を前にした経営者は何を語るのかに注目してみたい。

クリスマスイブの夜NHKスペシャルは「長時間労働」というテーマをとりあげた。なぜクリスマスイブに......と私も取材を受けたときに尋ねたら、NHK の担当者は「高橋まつりさんが亡くなって一年だからです」と。

番組で印象的だったのは、サントリー新浪社長が力強く「この社会問題を解決するにはばさっとやったほうがいい。しっかりと規制して長時間労働はまずいんだと社会問題として捉えた方が良い」と経営者として、「労働時間の上限規制」について、賛意を表明したことだ。

この発言は大きい。

「上限をつけるのは政府の規定路線だろう」「選挙に向けての論点つぶし」と穿った見方をする人もいるが、会議の当事者としては、いざフタをあけてみたら、かなりの抵抗がある。

長時間労働是正は「各社が自主的に取り組むべき」という意見、「一律の規制は反対」という意見。委員も長時間労働是正までは言及しても、「36協定」「法的規制」まで踏み込んだ発言は出ない。経済界との政府との間でかなりの調整が行われているはずだ。経済界も賛否は半々と聞いている。

その中で率先して発言したのが、若手からも人気がある新浪氏というのは印象的だ。

新浪氏をはじめ、今経営者から働き方改革への発信が強まっていると感じる。特に「長時間労働是正」について、発信する経営者が増えている。既に自社で取り組みをしている企業は「上限が入りそうなら、すでに取り組んでいることをアピールしてしたい」という狙いもあるだろう。

また一社だけの取り組みには限界もある。 NPO法人ファザーリングジャパンにイクボス企業同盟等でアンケートをとってもらったところ、100社のうち9割が「「 国(政府)に、労働時間の全体的な抑制・働き方の見直しの旗振りを期待しますか?」にイエスと答えた。自社19時に終っても他社が23時に終るのでは限界がある。(http://fathering.jp/ikuboss/4059/

この論点に対して、反対の意見としては「好きで働いている」「規制緩和が先で、規制を強める動きはとんでもない」という意見がある。また「企業それぞれの事情があるので、独自に取り組むべきだ」という声も大きい。 ちなみに読売新聞のアンケートでは「主要企業の47%が業務への支障を懸念する一方、支障がないと考える企業も45%と意見が拮抗(きっこう)している。」。

働き方改革先進企業6社のトップが語ったこと

働き方改革についてのイベントも年末が相次いだが、その中でも活目すべきは大企業の経営者が一堂に介した「働き方について考えるシンポジウム CHANGE Working Style」(朝日新聞社主催12月12日)。

大手企業6社のトップが、働き方改革を語る、経営者の生の声が聞ける貴重な機会だった。働き方改革先進企業の6社なので、「形だけの企業」は出られない。また思いを持ってやっていないと、トップは自ら、こういったイベントには登壇しない。

経営者の友人が、「経営トップは労働問題に関しては、クリアに発言したがらない。どの会社にも過重労働によるメンタル疾患などを抱えているから」という。特に電通の件があってから、発言が我が身に返ってくる恐れもあるので、沈黙を守る経営者も多い。

そんな中、6社の働き方改革先進企業トップは何を語ったのか?6社の発言の中で『労働時間』に対するものを拾ってみた。

■サントリーホールディングス、新浪剛史社長

「働き方改革をやらないと負ける。競争力強化のためにやっているのだ。本当に今まで通りの仕事のやり方でいいのか?トップから変わらないといけない」と会場に問いかけた。

すでにコストカットのための残業削減の時代は終わり、生産性の向上、勝つための経営戦略が働き方改革だという。さらに踏み込んだ発言として「規制」についても、こう述べた。

「お客様は神様......をどう乗り越えていくのか? 経済界では賛否が分かれているが、長時間労働は社会問題として、規制の導入はあってもいい」と明言した。

■カルビー株式会社 松本晃代表取締役会長兼CEO

「1989年に異常な40年が終わった。高度成長、規格大量生産、成果=時間のすべてが終った。Change or Die。変わらなければ負けるのではなく死ぬしかない。変革とは既得権を奪うことであり、既得権を奪う作業をしている」

つねに「会社なんかくるな」と発信し、リモートワーク、フリーアドレスなどを実現している。

「時間ではなく求めるのは成果。そして部下の時間を奪っているのは上司。社員の時間を奪うから魅力的な社員にならない。魅力的な人間が良い仕事をする」

■東京海上日動火災保険株式会社 北沢利文取締役社長

「『時間にコントロールされた働き方』から『時間をコントロールする働き方』へ。業績が伸び、新しい保険ができて、さらに業務が増える。従来の働き方の限界がある。時間は有限で価値あるものという切り替えがないと、優秀な人材を確保できない」

2004年から商品、ビジネスプロセス、システムの業務量の3割の削減をしている。

■三越伊勢丹ホールディングス 大西洋社長

「従業員満足度の向上がお客様の満足度の向上につながる。5年後10年後を担う若手と女性を徹底的に依怙贔屓していく」2009年から国内店舗の営業時間短縮、定休日を導入。初売りは1月3日からとしている。働く人の環境の向上、人事制度改革、ダイバーシティに取り組む。

■株式会社NTTドコモ 吉澤和弘代表取締役社長

「競争の激しい業界なので、人材の知恵と力を最大化することが必要。スライドワークで生産性向上、プライオリティワークで朝型勤務に取り組む。2015年から時間外の短縮が進んでいる」

会議の効率化も工夫して、健康経営をキーワードとしている。

■株式会社資生堂 魚谷雅彦社長

時短の女性にも活躍する道を拓いた資生堂は「年功序列、終身雇用などヒエラルキーをぶち壊すことが重要」と意欲を見せた。労働時間が短いことで、活躍の道を閉ざされるマミートラックを打破することも「労働時間差別」への取り組みである。

このイベントは朝日新聞社主催、資生堂の協力で行われた。長時間労働の温床であるマスコミは今どこも「自分のところはどうなのか?」と問われることを恐れている。その中で新聞社自らが発信することには大きな意味があると思った。

シンポジウムを企画した朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーの浜田敬子さんは言う。

「働き方改革には経営者自らの強い信念とコミットメントが不可欠だと信じてきました。日本を代表する企業の経営者が一堂に会し、働き方について議論し、コミットしていくことを宣言する。その場を作り、ひとりでも多くの人にその熱を体感してもらうこと、そのことが働き方を変えたいと奮闘する多くの方たちの、一歩を踏み出すことにつながればと願っています」

マスコミは「これはおかしいと言ってもいい」という空気を作る存在だと思っている。そのマスコミ自らが「変化」を恐れていては始まらない。社会改革が遅れをとる原因ともなるので、こうした動きを今後も期待したい。

経営者にとって喫緊の課題は「生産性向上」と「人材獲得」

私はずっと「なぜ経営者は働き方改革をするのか?」をテーマにして取材している。その中でも特に興味があるのは「労働時間を自主的に規制し、長時間労働是正に取り組む」経営者だ。なぜかといえば、「労働時間を短縮したら売上げが落ちるのではないか?」「社員が甘えるのでは?」という疑問を誰もが持つ、過酷な課題であるからである。

某大企業の前社長が「残業を減らし生産性の高い働き方にしたほうが、社員も企業にも良いのはわかっているが勇気がなかった」と退任前に言い残したという話を聞いたことがある。経営者にとっては大英断だ。

なぜ、あえてやるのか?

経営者の言葉を聞くと、それぞれの理由がある。しかし共通しているのは、福利厚生ではなく、目先の残業代抑制でもなく「経営戦略」であることだ。喫緊の課題としては少子化の中の「人材獲得」および「生産性向上」で限られた人材の力を最大化することだろう。

一方私がなぜこの問題を「倒すべきセンターピン」と思うかと言えば、「少子化」と「女性活躍」のセンターピンでもあるからだ。

今日は経営者の「働き方改革」に向き合う覚悟がテーマなので、それはまた別の機会に書くつもりだ。

2017年、日本初の働く時間の「上限」が設定されるとしたら、経営者は「無制限に働ける社員の時間」という経営資源を失うことになる。

最初は「サービス残業が増える」などの混乱も起きるだろう。今までのような企業の自主的な取り組みだけでは「サービス残業」は増える。しかし、今回「法的上限」が入ることになれば、「メッセージ制」の強い政策なると思っている。

法的上限規制を機に「社会全体として長時間労働で社員の時間を無制限に使うことは許されない」という空気が醸成されることの意味は大きい。そうなれば、企業サイドも「早く帰れ」だけでなく本気で生産性向上、そのための投資、長時間労働を前提としないビジネスモデルへと向かわざるを得ない。

労働相談を受けるPOSSEの今野晴貴さんに聞いたところ、近年増えているのは「労働時間が長く、辛い。それでも辞められない」という相談だ。また高橋まつりさんの件を担当した川人博弁護士へのヒアリングでも「長時間労働でおかしくなりそうで不安だ」という労働相談が多いそうだ。

今年の働き方改革実現会議では「36協定の時間外労働の上限規制」や「罰則のあり方」なども提言していくつもりだ。POSSEの今野さんも言っていたが「ホワイトな企業に長時間労働是正を推進することも重要だが、ブラック企業には罰則が必要」なのだ。

長時間労働をしてきた人の中には「価値観を否定された」と思う人もいるだろう。しかしそれは否定ではなく「勝ち方が変わった」だけで、一部の経営者はすでに自覚的に動き出している。

働き方改革元年、経営者は働き方改革に覚悟を持って向き合う年になるだろう。「うちの経営者は変わらない」と嘆く人もいるかもしれない。経営者は変わる覚悟を、そして働く側は「変われない経営者を見切る覚悟」を問われる年でもあるのかもしれない。

(2017年1月9日「Yahoo!ニュース個人(白河桃子)」より転載)

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