避難後の放射能いじめ 地道な教育が欠かせない

差別をなくすためには必要なのは、十分な教育体制だ。放射線教育なくして、福島の復興はない。

私が福島県南相馬市で医師として働き出して3年になる。最近、東日本大震災に続く福島第一原発事故を機に福島から他の地域に避難した子供たちが、避難先の横浜や千葉でいじめに遭っていたというニュースを見聞きし、残念な気持ちになった。

というのも私は横浜出身、千葉大学を卒業後、被災地の医療に貢献したいという思いからこの地震、津波、原発災害の被災地にある南相馬市立総合病院で働くことを決めたからだ。

私は、このような差別の背景には放射線に関する教育の不足があると考えている。たとえば被曝と一口にいうが、被曝は外部・内部被曝に分けられる。外部・内部被曝量はそれぞれ空間線量と経口摂取した食物の線量に依って決まる。

つまり、被曝した人が近くにいても、それが伝染することはない。正しい知識があれば「放射能・菌がうつる」といった心無い発言は滑稽に聞こえる。

原発事故当初、南相馬では被曝への恐れから過剰に水道水や食物を避ける、屋外活動を避ける方が多かった。当院の坪倉正治医師は、県内の小学生やその保護者、加えて一般の方々に対して放射線教育を続けている。

既存の研究を反映したその講習内容は、きのこやイノシシ肉などの一部の食物を避ければ水道水や食物から内部被曝は避けられること、外部被曝に関しては多くの時間を過ごす自宅の空間線量に依存し、学校の校庭や屋外の線量は自宅に比べて5分の1程度しか年間被曝線量に影響しないため、屋外に活動をしないことによる運動制限の方が健康に悪影響を与える可能性があることなどだ。

また市内で除染を行う除染作業員の中には、「おれは放射線で死ぬ」と言う人もいた。しかし、作業員の被曝量は低く、2015年は平均0.6mSv/年(頭部CTで被曝する線量のおよそ1/3から1/4)だった。私たちが行なった研究では、入院した作業員の方のうち60%以上の方が生活習慣病を患い、その中で自分が生活習慣病を患っていることを自覚していない方や気づいていながら治療していない方が70-80%程度いた。

現在も研究中ではあるが、作業員の方には生活習慣病のリスクが高いことが示唆された。もちろん放射線に関する正しい知識を持つことは必要であるが、おそらく除染作業員の方々では放射線による健康被害よりも生活習慣病のリスクの方が数十倍から数百倍高いと思われる。

私は2016年から彼らを対象とした生活習慣病に関する健康啓発活動を続けている。もちろん放射線に関する相談を受けることもある。

このような地道な教育が成果を上げている。当院で行なっている内部被爆検診では2012年夏から検出者が10%を下回り、現在では検出者が1人もいない月の方が多い。市の調査によれば、まだまだ食物や水道水に対する忌避行動は見られるものの、放射線を過剰に心配する住民や除染作業員は減少した。

しかし教育は簡単ではない。この文章の元となった短文を東京新聞の発言欄に載せて頂いたことをSNSで発信したところ、知人である中学校の理科教諭から連絡があった。

彼女は「中学校3年生に放射線教育をしなければならないが、教科書にはあっさりとしか触れられていない。良いテキストを探さなければ。」と話していた。彼女のようにモチベーションのある教員に教わることができれば、放射線に対する理解も深まるかもしれない。

しかし、もし教科書しか使わない教師が授業を行えば、昨今のワイドショーなどの偏った情報よりもインパクトがない授業になり、正しい放射線に関する理解が深まらないことは想像に容易い。

放射線災害の大半は風評被害と言われて久しいが、いまだに差別はなくならない。これは、放射線に関する正しい知識が国民の間で共有されていないからだ。子供は大人の行動を写す鏡だ。まずは大人が正しい知識を持たなければならない。差別をなくすためには必要なのは、十分な教育体制だ。放射線教育なくして、福島の復興はない。

(2017年2月13日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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