仕事さえあれば、貧困から抜け出せるのか?~生活困窮者自立支援制度の問題点

2015年4月から生活困窮者自立支援法が施行されます。これにより、全国に約900ヶ所ある福祉事務所設置自治体に、生活困窮者向けの相談窓口が開設されます。

2015年4月から生活困窮者自立支援法が施行されます。これにより、全国に約900ヶ所ある福祉事務所設置自治体に、生活困窮者向けの相談窓口が開設されます。

施行に先立ち、3月9日に厚生労働省の講堂で開催された「社会・援護局関係主管課長会議」で、厚労省はかなりの時間を割いて生活困窮者自立支援制度の説明をおこない、新制度にかける意気込みを示していました。

生活困窮者を支える新たな制度が始まることについて、マスメディアでも期待感を表明する報道が目立ちます。

しかし、私はこれまで様々な場で、この制度の問題点を指摘してきました。

以下の文章は、2013年に出版した拙著『生活保護から考える』(岩波新書)の記述の一部です(制度の名称や統計数字のみ修正)。

いま読んでみても、ここで表明した疑問点、問題点は払拭されていないと考えます。

ぜひ多くの方に、新たに始まる制度の問題点を知っていただき、その運用をチェックしてもらえればと願っています。

生活困窮者支援法は福祉事務所が設置されている地方自治体に「生活困窮者」に対する自立相談支援事業を実施することを求めています。相談窓口は外部に委託することも可能です。

また、2009年度から実施されている住宅手当事業も恒久化することを定めています(「住宅手当」は2013年度は「住宅支援給付」、法律の中では「住宅確保給付」と改称されていますが、ここでは「住宅手当」で統一します)。

他にも、任意事業として地方自治体は就労準備支援事業、一時生活支援事業、家計相談支援事業、学習支援事業などをおこなうことができます。

就労支援の目玉は、就労訓練事業(いわゆる「中間的就労」)です。生活困窮者が一般就労に至るステップとしての中間的就労を実施する事業体を都道府県が認定する仕組みを導入します。

この法律の評価すべき点としては、2010年度より一部の地域で実施されてきたパーソナルサポート事業(生活困窮者に対する寄り添い型支援)を恒久化し、財源の保障をしていること、貧困家庭の子どもたちへの学習支援の財源保障をしていることがあげられます。

しかし一方で、以下のような問題点を指摘できます。

まず、入口の自立相談支援事業では、生活保護を必要としている人に対して、生活保護制度の説明や申請に向けた助言・援助がおこなわれるのかが法律には明記されていません。最悪の場合、新たな相談窓口が生活保護の水際作戦を担う「防波堤」として機能してしまうことも考えられます。窓口業務が外部に委託される場合、受託団体が福祉事務所に遠慮して生活保護申請をためらうという状況は、すでに他の事業で起こっており、受託団体の力量によって地域差が出ることも考えられます。

中間的就労では、一部で最低賃金の適用を除外するプログラムが組まれる予定です。ここに悪質な業者が入り込んで制度を悪用することが懸念されています。生活困窮者が劣悪な労働に従事させられ、労働市場全体の劣化を招く危険性があるのです。

また新制度では、就労による自立を支援することに力点が置かれているため、経済的な給付がほとんどありません。住宅手当は離職者に対してハローワークでの就労支援を受けることを前提に賃貸住宅の家賃を補助する制度ですが、原則3ヶ月間(最長9ヶ月)という期限付きであるため、再就職までの一時的な支援という性格が強いものです。

住宅手当の2009年10月~2014年3月における支給決定件数(延長決定分含む)は15万4493件でした。これは生活保護の手前のセーフティネットとしてはあまりにも貧弱だと言わざるをえません。

この住宅手当制度の問題点をあぶり出したのが、2013年に大きな社会問題となった「脱法ハウス」問題でした。「脱法ハウス」とは、多人数の人々を居住させながらも建築基準法や消防法などの関連法令に違反している物件を意味し、その中には、レンタルオフィスや貸し倉庫などの非居住物件であると偽っているものも含まれています。

「脱法ハウス」は、人が暮らす住居が最低限備えるべき安全性が損なわれており、居住環境も劣悪です。しかし、「脱法ハウス」の入居者は、通常の賃貸アパートの家賃や初期費用がまかなえない、あるいは賃貸契約に必要な連帯保証人を用意できないといった事情を抱えているため、こうした物件に暮らさざるをえない状況にあることがわかっています。入居者のほとんどは仕事があっても収入の低いワーキングプア層が占めており、生活保護基準よりも若干、収入が多いために生活保護を利用することはできません。

住宅手当などの「第2のセーフティネット」は本来、こうした人々が安心して暮らせる住まいを確保できるための支援策として確立されるべきものだと私は考えます。しかし、現行の住宅手当の対象はあくまで離職者であるため、働いていても収入の低いワーキングプア層は支援対象になりません。ここに「再就職支援」としての住宅手当の限界があると私は考えます。

私は住宅手当が2009年に始まって以来、この事業が普遍的な家賃補助制度に発展することを願って、事業の拡充と恒久化を求めてきました。しかし、生活困窮者自立支援法は従来の事業の問題点を改善しないまま、事業を固定化してしまいました。

これは、この制度が「雇用さえ確保されれば、貧困から抜け出せるはずだ」という発想に基づいて設計されているからだと私は考えます。この考え方に立てば、雇用の質や住宅の質が問われることはないため、「脱法ハウス」に暮らしながら働いている人は「自立している」と見なされ、支援対象から外れることになるのです。

近年の貧困の拡大の背景には、雇用や住宅の質が劣化してきたことがあります。その点を踏まえない対策は、「自立支援」の名のもとに貧困を隠ぺいしかねないものだと思います。

(2015年3月17日「稲葉剛公式サイト」より転載)

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