「安心・安全な場」を作り、「好き嫌い」を表現する事で人間の可能性はまだまだ開花する

「好き・嫌い」がわからない人にオススメすること
上田修二

正解のコモディティ化

今回のイベントで一番心に残った言葉です。

ハフポスト日本版とポーラ美術館共催イベントに行って来ました。

箱根のポーラ美術館で開催されました。ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』の山口周さんを迎え、45分の講演、ポーラ美術館学芸員の今井敬子さんによるワークショップ、そしてハフポスト日本版の竹下編集長を交え3人によるセッションと言うイベントでした。

今回はそのイベントに参加して感じた事を書いていきます。

働く人こそ、本物をみて語り合おう。 箱根のポーラ美術館でアートワークショップ体験ツアー

世の中の正解を積み重ねていくと失敗をする事がある

正解のコモディティ化

今回のイベントで一番心に残った言葉だと書きました。

「たった1つの正解が無い世の中」と僕は表現して居ますが、戦後70年日本復興のために必要だった「たった1つの正解」を是とする世界は、それが飽和した状態となりました。

今回のスピーカーであった山口周さんがあげて下さった例では、携帯電話のコモディティ化。

携帯電話の普及期には、「電話を携帯する」こと自体を皆、欲しがったので売れました。

しかし、携帯電話が一通り行き渡ると、製造側は当時最先端のマーケティングを駆使して、お客様の要望を聞き、それを形にしていきました。

その結果、各社横並び。色は色々あれど、携帯電話は二つ折りになって、開くと上が画面したがキーボードとボタン。ボタンの四隅にファンクションキー。

何処の会社も同じ様な形になり行き詰まりました。

そんな行き詰まった時代にiPhoneが登場しました。今までの携帯電話とは全く違った形。コンセプト。iPhoneは一気に市場を席巻しそして携帯電話のベーシックな形となりました。

そんなiPhone、マーケティングを駆使して作られたわけではありません。スティーブ・ジョブズが「俺はこれがカッコいいと思う!俺はこれが欲しい!」を具現化したのがiPhoneです。

もちろん細かいことを言えば

・徹底的にシンプルにこだわった・徹底的にデザインにこだわった・徹底的にディテールにこだわった

等々あるでしょう。でもいずれにせよ「自分の好き」「自分がカッコイイと思う」この気持ちを具現化していったのです。

そして当時最先端のマーケティングを駆使して「世の中の正解」を求め続けた、携帯電話製造各社はどんどん撤退していきました。

違いを生んだたった1つの違い

では、携帯電話各社とiPhoneを作ったアップルは何が違ったのか?僕が感じた根本の違いは

自分目線か?他人目線か?

です。

製造各社は世の中で「正しい」と言われているマーケティング手法を駆使して、世の中の多くの人が欲する、世の中の人の「正解」を携帯電話と言う形にしていきました。

正解×正解

一見、大正解になりそうな予感がするこの組み合わせは、何処の会社も同じ製品を作る と言う現象を生み出しその正解が結晶化した製品が出来た時点で、製品がコモディティ化し、後は不要な機能の開発と、安売り競争への道へと一気に突き進んだのです。

かたやiPhoneは、スティーブ・ジョブズ たった1人の正解から端を発した製品です。徹底的にジョブズの美学を形にして行きました。そこに他人の意見はありません。もちろん、詳細を見れば通話機能は携帯電話もiPhoneも持っているし、カメラだって持っている。

だけどそれをパッケージする方法が全く違ったのです。そして現在では携帯電話は廃れ、スマホが携帯電話のスタンダードとなりました。

そして今の時代、スマホはコモディティ化してきました。ただしこれにとって変わる製品が出るにはもう少し時間が掛かりそうです。しばらくこの形のデバイスは残っていくでしょう。

今後は、ウォッチなのか?グラス(眼鏡)なのか、それとももっと違うデバイスなのか・・・

自分の好き を言い辛い世の中

ビジネスの世界では、自分の「好き」を表明することは難しい場面が多い。それは論理的な説明をするのが難しいから。

「なんで、そのアイディアが良いんだ?」「カッコいいと思ったからです」

では他の人に中々理解して貰えません。だけど、答えとして

「マーケティングデータを分析し、市場の70%の人が、これを必要としている事がわかりました」

と説明されたら、現在の多くの会社では納得せざるを得ません。それがビジネスの中で自分の「好き」を表明するのが難しい理由です。

実は世の中で「自分の好き嫌い」を表明しやすい場面ってホントに少ないです。

「それはおかしいんじゃないの?」「それは違うと思うよ」

って言われるとその場で、自分の意見や好き嫌いを言うことが凄く難しくなります。攻撃されたら防御する。もしくはそもそも攻撃されない状況を作る。と言うのは一種の本能だからです。

しかし、今の世の中、学校でも、会社でも、家庭でも、自分の意見を安心して言うことが出来ない状況が蔓延しています。そしてそれが今の世の中の停滞感を醸し出しているように思います。

今、世の中で求められている「安心・安全の場」

今回のイベントでは、ポーラ美術館の学芸員 今井敬子さんとその同僚の方のワークショップがありました。今回は43名の参加者。2チームに分け、映し出された絵について「感じたこと、思ったこと、気付いたこと」などを自由にお話しすると言うワークショップでした。

普段は小学生などの学生さんや、最近はビジネス向けにも行っているワークショップ。その時の状況に応じて、館内の絵を見たり、野外の作品を見たり。と言う形式でやっているそうです。

今回は、イベントに参加すると言う、行動的な人が集まったからか?意見がポンポン出て面白かった。

ここで注目したいのは、場の雰囲気。集まった人の特性、ポーラ美術館と言う場、今井さんと言うファシリテーター。特に今井さんは自分から情報提供することは無く、ご意見・感想ありますか?

なるほどそうなんですね。●●と思ったのですね。こう言う意見面白いですね。暗い印象を持つ人。明るい印象を持つ人。色々な印象を持つ人がいますね。

と、皆が発言をしやすいようにファシリテーションをなさっていました。

最近はコミュニティがとても注目されていますが、そこでよく言われるのがやはり「安心・安全の場」です。どうやって安心・安全を設計するのか?安心・安全の定義って目標、目的、場所、参加する人によっても違います。

私が関わっている「魔法の質問」のワークショップも「答えは全部正解、答えは出なくても正解、答えは『いいね』で受け止める(≠受け入れる)」と言うルールがあります。

いずれも「何を発言しても安心」と言う場の担保があれば、職場・家庭・コミュニティ、多くの場所で色々な問題が解決するのでは?とあらためて感じました。

これからの価値判断基準は「正解・不正解」では無くて「好き嫌い」

今までの価値判断基準は「世の中の正解であるか?」と言う部分が多かった。職場でも「普通はどうするのか?」「相手はどう思うのか?」で判断をしています。こうやったらいいのに!って思っているサラリーマンは沢山いますが、それを発言できる場、雰囲気がありません。

家庭でも「周りの子はどうしてるの?」「正しい子育てって?」ってなって、お母さんは苦しんでいます。さらに、本当はこうしたいと思っても、考え方が違ったり、疲れている家族に相談出来ないでいるのです。

実は、世の中の決断を見て行くと決断の結果が「50%が正解で、50%が失敗」と言うことはほとんどありません。どちらを選んでも大抵は上手く行くことが沢山あります。

ランチに迷っても、カレーを食べたら正解で、牛丼を食べたら失敗なんて事は無いのです。だから大抵のことは「好き・嫌い」で判断したらいい。

すると、自分の中の気持ちが発露しやすくなり、自分の中にくすぶっていた「面白いアイディア」も表出しやすくなります。

実はそんな「面白いアイディア」こそが、今後の世の中を進歩させるきっかけになるのです。

「好き・嫌い」がわからない人にオススメすること

最近よく聴く言葉で「自分の好きな事が見つからない」「自分が好きなことがわからない」と言うのがあります。

この気持ちよくわかります。食べ物も、着る物も、住む所も、決まっていたり、周りに流されたり。さらに学校では「たった1つの正解」を出すための教育が、未だに主流です。

そんな環境に慣れきった人に突然「好きな仕事は?このアイディアどう思う?」なんて聴かれても、自分の心の声を聴く事を塞いできた人に突然聞いてもそれは聞こえてきません。

それはアートの世界に意識を向けること。それは今回のような絵画でもいいし、現代アートでもいいし、音楽でもいいし、写真でもいいし、小説でもいいし、落語でもいい。例えば今回、イベントが開催されたポーラ美術館では、ルドン展が開催されていました。

そもそもルドンと言う人を知らなかったのですが、会場にはルドンと、彼にまつわる沢山の作品が展示されています。その中をボーッと歩いてみる。

するとその中でなんとなく気になる作品があるかも知れない。それが大事なんです。気になる、好き、嫌い。アートには正解がありません。「モナ・リザ」を好きで無ければいけないと言う法律は無いのです。

聞いてて好きな曲、見ていて好きな絵、読んでて心地よい文章、見ていて爽快な映画。そんな物に触れる時間がとても大切。そんな中でも自分の好きとか、嫌いとか、嫌だとか、心地よいとか、そんな自分の心の動きを見てみる。

そんなことをしていると、段々と自分の好き嫌いがわかってきます。そうやっている内にその好き嫌いの自分の感覚が蘇ってきます。

するといつの間にか、仕事でもこっちがいいな。これ面白そうだな。これやったら良いことありそう。これ、何かおかしいよねって感覚が見えてくるのだと思います。

時間がどれくらい掛かるかは人に寄るでしょう。でもそれは確実に呼び戻せる感覚です。それは、身体と心を研ぎ澄ませる作業でもあるように思うのです。

(2018年9月9日noteより転載)

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