連載第4回 モルディブで出会った女性のロールモデルたち
今回のモルディブ訪問で出会った中で輝いていたのは、何と言っても女性たち、そして女の子たちでした。これまでの連載でも、野田章子国連常駐調整官をはじめ、マーバイドゥ―島で清掃活動に携わる女性たち、リゾートホテル「シックスセンシズ ラーム」のサステナビリティー担当官のメガンさん、マーメンドゥー島の学校で「緑のカーテン」プロジェクトを誇らしげに案内してくれた少女、そしてうつで苦しむ人々へのオンラインでのサポートを提供しようとするシバさんをご紹介しました。しかしながら、社会としてはまだまだこの国の女性たちは多くの制約に直面しています。
訪問を通じて、モルディブには特有の社会の複雑さがあると感じさせられました。一人当たり国民総所得が1万ドルを超えて中進国の仲間入りをし、人口の3倍にのぼる外国人観光客を受け入れ、「一島一リゾート」を基本に一泊1000ドルもする高級リゾートホテルが自己完結型で離島に開発され、しかしながらその隣の島で暮らす現地の人々は飲み水の確保にも苦労しているという現実があります。また、建設工事現場などでの肉体労働については、モルディブ人ではなく、バングラデシュなどからの移住労働者が担っているという二重構造があります。
観光で訪れる女性たちは肌をむき出しにした格好に躊躇がありませんが、モルディブ人は100パーセントがイスラム教徒で、女性は服装はもちろんのこと、社会的な役割に大きな制約があります。
そんな中で今脚光を集めているのが、20年以上の経歴を持つ著名なダイビング・インストラクターで、スキューバ・ダイビングの国際的な教育機関PADIでコース・ディレクターの資格を2017年にモルディブ人女性として初めて取得したズーナ・ナシームさんです。その功績から、今年の国際女性デーに政府から表彰を受けています。
国連開発計画(UNDP)親善大使で俳優のニコライ・コスター=ワルド―さんが昨年10月モルディブを訪問した際にも、ズーナさんの取り組みに触れる機会があり、多くの刺激を受けたと語っています。
(ニコライ・コスター=ワルドーUNDP親善大使とズーナさん。首都マレからフェリーで10分のヴィリンギリ島にあるズーナさんの Moodhu Bulhaaダイビング・センター にて )
現在ズーナさんが力を注いでいるのが、子どもたちに海の豊かさを伝える体験型の出前授業です。海に囲まれていながらサンゴを直接見たことのない子どもたちも多く、その子どもたちに海に入ることを教えて海の豊かさに直接触れてもらう取り組みを、教育省や地元のダイバーたちと連携して行っています。先生たちや親の多くが海に入ることを知らないこともあり、彼らにも一緒に授業を受けてもらいます。
(3月の講習にはBillabong High International Schoolから合計で生徒86人が参加した Billabong High International School 公式Facebookより)
この 体験型出前授業 を通じて、生徒たちは海の素晴らしさに触れると同時に、気候変動の影響を受けて海水温が上昇してサンゴが白化してしまっていることや、プラスチックごみの問題の深刻さに気付かされます。私もズーナさんを案内役に彼女が拠点とするヴィリンギリ島でシュノーケリングをし、色鮮やかな様々な魚をはじめ、まだら模様のエイやマグロを見ることができましたが、サンゴは一様に白くなってしまっていました。
「私たちの講習を受けた子どもたちは『海のアンバサダー』となって、声を上げてくれるでしょう」と体験出前授業に大きな手ごたえを感じているズーナさんから、モルディブのダイビング・インストラクターの世界でプロフェッショナルな女性として生きること、そして海の豊かさを子どもたちに伝えることの大切さなどについてお話をうかがいました。
ズーナさんに出会った3月14日、UNDPモルディブ事務所と民間の携帯通信会社が共同で開いた女子高校生向けの国際女性デー記念ワークショップで、現地の女子高生たちにお話しする機会がありました。野田章子さんやパートナー企業の女性幹部の思いがあってこそ、このようなワークショップの開催が実現しています。
世界経済フォーラムが2017年に発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数2017」で、日本は114位、そしてモルディブは106位です。「モルディブのほうが日本よりも少しランクが上で、両国の女性には共通の課題がたくさんあるんですよ」と前置きすると、女の子たちがびっくりした表情をしていました。
自分自身が乗り越えてこなければならなかったハードルや次世代を担う女子たちへの期待についてお話すると、参加者の1人が「私のまわりの大人たちから、女の子はこれをしてはいけない、あれをしてはいけない、とうるさく言われてきました。どうしたら壁を打ち破れるのでしょうか?」と勇気を持って質問してくれました。
「モルディブには、ズーナさんという女性のダイビング・インストラクターとして尊敬を集める存在がいます。UNDPモルディブ事務所では、野田章子さんをはじめ、たくさんの女性たちが責任を持ってプロフェッショナルとして仕事をしています。きょうの会の運営も、女性職員が担っていますね。誰でもいいので、自分自身のロールモデルにできるような人を見つけて、その人の経験から学ぶことができるといいですね」とお話しすると、女の子たちがキラキラした目を会を率先するUNDP女性スタッフたちを向けていました。
そして、ワークショップのハイライトは2つのチームにわかれてのグループ・ワーク。「もし自分が企業の役員で、その会社で女性活躍推進のためのマスコットキャラクターを作るとしたら?テーブルの上のツールを使って表現してください」をお題に、ワイワイがやがや、楽し気な声が響きました。
Empower、encourage、confidence、supportというようなポジティブな言葉が多く飛び交っていたのが印象的です。こうした前向きなものの考え方に楽しみながら触れるグループ・ワークは、日本のチーム・ビルディングの現場でも使えるのではないでしょうか。
モルディブ特有の状況として注目されるのが、モルディブでの離婚率の高さです。一般的にイスラム圏で離婚は少ないのですが、モルディブは離婚率の高さでギネス記録に登録 され、2位のベラルーシ、3位のアメリカに大きく差をつけてのぶっちぎりの1位なのです。UNFPAモルディブ事務所の調査分析によると、15歳から24歳の年齢層の10パーセントがすでに2度から3度結婚を経験し、25歳から29歳では男性の14パーセント、女性の20パーセントが複数回結婚を経験しています。
度重なる離婚は夫婦にも子どもにも大きな心の傷を与えますし、経済的自立が難しい女性は、経済的な理由もあって再婚せざるを得ず、自尊心を傷つけることになるケースもあります。
「婚前交渉が禁じられていることは、家が狭くてプライバシーのないモルディブの人々が早くに結婚することに影響しているでしょう。コンドームなどの避妊具も、未婚者は入手できません。結婚しているという証明書を見せる必要があります。リプロダクティブ・ヘルス/ライツは一種のタブーのように見なされて学校で教えることはなく、何も知らないまま結婚してしまいます」と国連人口基金(UNFPA)モルディブ事務所のリツ・ナッケン代表とシャディヤ・イブラヒム副代表が語ってくれました。
こうした中、UNFPAモルディブ事務所では、マレで唯一若者に対してリプロダクティブ・ヘルス/ライツについて啓発を行っている Society for Health Education(SHE)と連携して、若者を対象に人気のオシャレなカフェでの 啓発イベント を開催しています。
気軽に議論に参加できるよう、SNSを活用して匿名で回答できるリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関するクイズを行い、議論を活性化します。「初めての性交渉だけで妊娠する? Yes or No?」などの質問への回答結果が、スクリーンに棒グラフで映し出されます(この質問には、かなりの数のNoがありました)。こうしたクイズを軸にアニメーターが笑いも交えながら参加者の意見を上手に引き出し、同時に正しい知識を提供していきます。
性がタブー視されてオープンに話し合うことが難しい状況でも、テクノロジーの進歩がこうした啓発活動を可能にしていることに感動を覚えました!